いまの時代、生きづらさや不安感を抱えている人が多いというのは誰もが知るところ。『心が強い人はみな、「支える言葉」をもっている』(齋藤 孝 著、アスコム)の著者もまた、大学や企業研修、メディア出演の場を通じ、そのことを実感しているといいます。

しかも問題は、濃い人間関係がつくりにくく孤独感が強まる一方、SNS上のことばに心を傷つけられ、立ちなおれなくなってしまう人も少なくないという事実。

そうなると、どうにもできなくなってしまう可能性すらあります。では、どうしたらいいのでしょうか?

簡単には折れない心を保つには、支えるものが必要です。私はそれを言葉だと考えています。心を支える言葉をもっていると、いざというときに自分を助けてくれます。

悩みや不安でがんじがらめの状態から抜け出し、前へ進むことができます。(「はじめにーー言葉の力が心を強くしてくれる」より)

そのため著者は本書で、30種の「心を支え、強くするのに役立つ言葉」を選んでいるわけです。

まずはこの30個を心に刻んでほしい、と厳選した言葉たちです。一日ひとつ、言葉を身につけるレッスンのかたちにしています。ひとつのレッスンを読み終えるのに、大体5分です。ぜひ取り組んで、自分のものとしていただければと思います。(「はじめにーー言葉の力が心を強くしてくれる」より)

さて、どんなことばが登場するのでしょうか? きょうは第5章「道に迷ったとき」のなかから、中原中也に関する記述をご紹介したいと思います。

まわりの意見に流されそうになったとき

自分自身でおありなさい。    中原中也

中原中也は、30年という短い生涯の間に、有名な「汚れちまつた悲しみに」に代表される繊細な詩を350編以上も残した詩人。美しく独自性の強いことばとリズムが特徴で、抒情的な作品の数々はいまも絶大な人気を誇っています。

中也は小学生のころから短歌や文学に傾倒し、中学生で友人と歌集『末黒野(すぐろの)』を敢行した早熟の詩人でもあります。ところが詩にのめり込むほど成績は落ち、中学3年生で落第。京都の中学校に編入するため、故郷の山口から離れて下宿生活を始めます。

年上の女性、長谷川泰子と出会って恋に落ちたのはそのころのこと。女優を目指していた彼女は、新しい芸術や表現に強い関心を持っており、中也の詩にも興味を示したことから意気投合。翌年からふたりは同棲を始めます。

1925年に大学予科受験のため泰子と上京した中也は、のちに批評家となる小林秀雄と知り合いますが、泰子は小林のもとへ去ってしまいます。当然のことながら中也は三角関係と別離に悩まされますが、このときの苦悩そして葛藤が、中也を真の詩人にしたともいわれています。(227ページより)

自分自身でいることが、表現の出発点

先に示した「自分自身でおありなさい」は、別れから4年後に、中也が泰子(一時、佐規子と改名していたため、手紙の宛名は小林佐規子)に送ったことば。

表現をしたいと思っている泰子に対し、自分を見失わず、周囲に流されることなく、自分自身でいることこそが重要なのだと伝えているわけです。

自分自身でおありなさい。弱気のために喋舌(しゃべ)つたり動いたりすることを断じておやめなさい。断じてやめようと願ひなさい。そしてそれをほんの一時間でもつづけて御覧なさい。すればそのうちきつと何か自分のためのアプリオリといふか何かが動きだして、歌ふことが出来ます。(「中原中也全集 第五巻 日記・書簡」角川書店)

中也の芸術論にもなっているこの手紙につけられたタイトルは、「芸術の動機」。つまり中也の表現は、自分自身であること、そして、それを受け入れることから出発しているわけです。

テクニックや流行、周囲の評判が先にくることはないということ。それは、SNSで自分を発信する際、「いいね!」やフォロワーの数を増やすために写真を撮って載せたりすることなどとは正反対の姿勢だと著者は指摘しています。

もちろん結果として「いいね!」がたくさん集まるのはいいわけですが、「いいね!」を狙うとなると、周りがいいと言うものに自分を合わせていることになります。自分を見失っている状態です。(229ページより)

「人がいいというからやっている」という発想から離れようということ。「自分でおありなさい」は、SNS時代を見越した中也からのアドバイスだと受け止めるべきだということです。(228ページより)

迷いの多い表現者への励まし

しかも、思いのある元恋人へ誠実に書き綴ったことばなのですから、この文章からは深いやさしさが感じられます。そしてそれは、「なんらかの表現をしたい」と思いながら迷っている人に対する、最高の励ましだとも解釈できます。

中也は、詩の通りに繊細で誠実だったのだろうと思います。波乱の多い人生を、身を切られるような思いで生き、言葉にした、真の詩人だったのです。

中也のような繊細さは、なかなかマネできません。こんなに一つひとつ悲しみ、傷ついていては身が持たないなと思ってしまいます。

ですが、中也のように自分自身であろうとすれば表現も変わってくるのではないでしょうか。(230ページより)

SNS全盛の現代は、誰もが表現者である時代。そう考えれば、すべての人に通じることばでもあるということです。(230ページより)

2019年に刊行された『1000年後まで残したい 日本人のすごい名言』に加筆・修正し、再編集したもの。30のことばに触れ、レッスンを終えたころには、30人の屈強な精神力の持ち主が味方になってくれているだろうと著者は述べています。ストレスの多い時代を生き抜くためにも、手にとってみてはいかがでしょうか?

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Source: アスコム