「SDGs」や「ESG経営」が声高に叫ばれる今、商品やサービスを通じて、顧客と社会のつながりをどう見せていくかがイシューとなっています。
2022年3月に開催されたMASHING UP SUMMIT2022のセッション「共創 × 利他的UX = ソーシャルイノベーション」において、事業をドライブする要素として話題に上がったのは、「時間軸、三角形、グダグダ話」の3つ。はたしてその心とは?
官民学の境を超え、社会によい影響を及ぼすイノベーションに取り組む三者のセッションのエッセンスをご紹介します。
ソーシャルイノベーションに挑む三者が登壇
セッションの登壇者は、イーデザイン損保の桑原茂雄取締役社長、千葉工業大学 先進工学部知能メディア工学科 安藤昌也教授。モデレーターはZアカデミア学長/武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 学部長の伊藤羊一さんです。
セッションのタイトルとなった「利他的UX」とは、消費者が利他的になるUXのデザイン、つまり“誰かを助けたくなるデザイン”のこと。
UX(ユーザエクスペリエンス)研究の第一人者である安藤さんが、2013年から取り組んでいる研究テーマです。
一方「共創」は、イーデザイン損保が2021年11月にローンチしたテレマティクス保険「&e(アンディー)」のミッションのひとつ。テレマティクス保険とは、自動車と通信システムを組み合わせて、リアルタイムに情報を提供することができる保険のこと。
「共創する自動車保険」を謳う「&e」は、テクノロジーを使って“みんなのつながりで事故のない世界そのものを実現する”ことをパーパスとしています。
UXデザイナーに必要な視点は「時間軸」

日本で最初にUX研究で博士号を取り、20年ほどUXの実践・理論・教育に携わってきたという安藤さん。研究室の学生たちは自分たちのことを“UXネイティブ”と自称し、全国規模の学生のUXイベントを主催するなどして活発に活動していると話します。
イーデザイン損保の桑原さんが安藤さんに投げかけたのは、「UXデザイナーに必要な資質って何ですか?」という疑問。実は桑原さん、常々「生まれ変わったらUXデザイナーになりたい」と思っているのだとか。
「たとえば、インテリアデザイナーはインテリアをデザインします。グラフィックデザイナーはグラフィック、ビジュアルをデザインしますね。これはデザイン対象を示しています。
UXデザインは何かというと、ユーザーの時間です。時間を扱う専門職で、ユーザーの心の変化、その時間軸をデザインしていると考えています。
UI(ユーザインタフェース)は瞬間が大切ですが、UXはサービスなので、もっとロングスパンの時間を考える。少なくとも自分の心の変化を、いろんなスパンで説明できる能力が必要ですね」(安藤さん)
安藤さんの言葉に「なるほど、ジャーニーをデザインするということですね」と腑に落ちた様子の桑原さん。
モデレーターの伊藤さんも「時間の経過という概念を入れながら、どう人々が変わってくるかを考える。それがUXデザインのポイントなのかもしれない」と頷きます。
三角形を120度回転させれば「つながり」が見える
ここで安藤さんがスライドで見せてくれたのが、商品と関連する情報の関係を示した三角形です。

従来の形(消費目的達成型モデル:左図)では、たとえ社会によい影響を及ぼす商品やサービスを作っても、消費者からは“自分とのつながり”が見えにくい。見えたとしても、企業からの「こうしてほしい」という依頼情報の方が際立って、一方的な印象になってしまいます。
「しかし三角形を120度回転させる(右図)と、社会とのつながりがあり、商品を支える会社や『中の人』がいて、その商品を買うことで自分もつながりを支えるひとりになれる…と、見え方ががらりと変わるんです」(安藤さん)
ユーザーと社会のつながりをデザインでどう見せていくかというのは、安藤さんの長年の課題。ところが先日「&e」のウェブサイトのトップページを見たところ、「これがもう“まんま”だったんです」と安藤さん。
「&e」のキービジュアルは、自動車が行き交う“ちょっと未来”の街を俯瞰したもの。ひと目で社会とのつながりを感じさせることに驚いたと話します。

イシューを発見する鍵は「グダグダ話」
「&e」のキービジュアルは、「顧客との共創により事故のない世界を実現する」というパーパスを伝えるためにデザインされたものです。
「改めてキービジュアルを拝見すると、完璧に安藤さんがおっしゃった新しい三角形になっている。
『みんなで事故のない世界を創る』というビジョンには、一体どうやって辿り着かれたんですか?」(伊藤さん)

「お客さまの本当のニーズを考えると、事故があったときに安心というよりも、事故そのものをなくすことだと。
保険はサービス内容やイメージが類似しやすく、コンサルタントに助言を求めてもすぐに機能の差別化の話になってしまう。そこから脱却するには、もっと深い、お客さまの深層心理に近いところに行くべきだと、あるとき閃いたんです」(桑原さん)
その閃きが出発点となり、会社のメンバーと「これが保険会社の存在意義ではないか」と言えるところまで、徹底的に話し合ったという桑原さん。
その経緯を聞いた伊藤さんも、「とにかくみんなでフラットに話しまくることが大切だ」と共感します。
「“そもそも”とか“なぜ”といった、Whyのところを議論する時間が必要。私が学部長をしている武蔵野大学のアントレプレナーシップ学部は1年間、寮で生活するのが決まりで、私も寮に住んでいます。
そこでの使命は、授業ではないところで“話す場所”を提供すること。授業だとインタラクティブとはいえ一方通行になるけれど、寮だと、とにかくグダグダ話せる。それが学生の成長につながっているところがありますね」(伊藤さん)
「寮で学生と一緒に住むなんて、青山学院大学陸上競技部の原監督か僕ぐらいかなと」と笑いつつ、会社でも学校でも「実務ではないところでグダグダ話す」ことで、新しい可能性が生まれてくると語りました。
時間軸、三角形、グダグダ話がイノベーションの原動力に

セッションを振り返り「単純にテクノロジーでイノベーションが起きるのではなく、社会構造そのものが変わるのがソーシャルイノベーション。今日はその原動力となる、いくつかのポイントを提示できた」と伊藤さん。
「まずは時間軸。そしてプロダクトではなく“社会とのつながり”を見せる三角形に基づいてデザインしていくこと。最後に、Whyを問い続けるためにも、みんなでグダグダ話すこと。この3つは、かなり仕事で使える考え方だと思います」(伊藤さん)
ソーシャルイノベーションというと大きなイメージがあるけれど、「最初はひとりの勇気から始まる」と安藤さん。
桑原さんも「まずは自分が今やっている仕事を、一回引いた目で問い直すことが大切。ぜひやってみてほしい」と、参加者にエールを送りました。
Source: &e / Photo: 中山実華