Ayelet Fishbach氏は、シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネスの教授で、行動科学とマーケティングを専門分野としています。
モチベーション研究学会の元会長でもあり、モチベーション研究に関する自らの洞察を世に伝える著作活動も盛んに行っています。
Fishbach教授は、米Fast Companyに寄稿した以下の原稿で、自身の新著『Get It Done: Surprising Lessons from the Science of Motivation(目標達成術:モチベーションの科学から得られた驚くべき教訓)』の中から、5つの重要なポイントを明かしています。
1. 「目標を達成する手段」ではなく、「目標そのもの」を設定する
レストランで1杯12ドルするカクテルを注文することはためらわないのに、同じ額を駐車サービスに払うのは嫌で、割安な駐車場を求めてあたりをぐるぐる回ったあげく、あきらめてレストランの係員に車を預ける――。そんな人はいませんか?
駐車サービスにお金を払いたくないと感じるのは、これが「手段」だからです。目的は、お目当ての料理が供されるディナーの席につくことであって、車はその料理を出すレストランにたどり着くための手段にすぎません。
同様に、商品の送料やラッピング料金は、友達に完璧な誕生日プレゼントを贈るうえでの手段です。送料を払うのが嫌で、プレゼントをもう少し高いものにして、送料無料ラインを超えるようにしたい、と思う人も多いものです。
一般的に言って人は、「目的そのものに関わるリソース」に投資することを好み、「そこに達するための手段」にお金を使うことを嫌います。
手段に投資することを避けたがるこうした傾向が、意外な結果を招くこともあります。
私たちが経営学修士課程の大学院生たちを対象に行った実験では、「手段にお金を使うこと」を避けたがるあまり、たとえトータルでの費用が高くなっても、喜んでお金を払う傾向があることがわかりました。
この実験で私たちは、ある気鋭のエコノミストのサインが入った著書を、オークションで売りに出しました。この本に対する入札価格の平均は23ドルでした。次に私たちは、トートバッグをオークションに出しました。
このバッグには、1回目と同じ、サイン入りの著書を入れていました。こちらでも、オークションに入札するのは学生たちで、熱心さも最初の出品時と同程度です。
一番高い値段で入札した人は、サイン本とバッグが手に入るわけですから、こちらのほうがお得です。
しかし意外なことに、こちらの平均入札価格はわずか12ドルでした。本だけの場合と比べて、これはかなり低い額です。
経済学の用語でいうと、このトートバッグの価値はマイナス、ということになります。つまり、バッグに本を入れたら、商品の価値が下がったわけです。
こうなった理由は、バッグ(無料の本が中に入っているという機能しかないもの)に多額を払うのは割に合わないように感じられたからです。
ですから、目標を決める時は、達成のために必要なコストではなく、達成した際にもたらされるメリットにフォーカスするようにしましょう。
たとえば、仕事を探している場合なら、「求人案件に応募する」よりも「仕事を見つける」ことを目的にする方がベターです。
「目標を達成すること」からは高揚感が得られますが、「手段でしかないタスクをやり遂げること」は退屈な作業に感じられるのです。
2. 楽しく目標が達成できる道を見つける
目標に至るための、楽しい、あるいは興味が持てるやり方を見つけられれば、目標達成に取り組む間もワクワクしますし、成功する可能性も上がります。
さらに、目標に向かう行動そのものが目的であるかのように感じられます。モチベーション科学の世界では、この行動を「内発的モチベーション(intrinsic motivation)を備えている」と呼びます。
内発的モチベーションがあれば、ほぼすべてのことに熱心に取り組めるようになるのです。さらに、仕事上のタスクや健康的な食生活の実現、運動習慣、新年の誓いなど、さまざまな事柄で目標を達成できる可能性が高まります。
目標に向かう楽しい道を見つけるのはとても大事なことですが、その価値は過小評価されがちです。
ある実験で私たちは、被験者に対して、ビートルズの名曲「ヘイ・ジュード」と、大音量のアラーム音のうち、どちらか好きなほうの音を1分間聞いてもらうことにしました。どちらを選ぶかは言わずもがなに思えますよね?
ところが、私たちの実験では、大半の被験者がアラーム音を選びました。こちらのほうが支払われる報酬が高かったからです。
けれども、この不快な雑音を聞かされた人は、報酬は安いけれども「ヘイ・ジュード」を聞いた人と比べて、自分の判断を後悔する割合が高くなりました。
被験者は、音を聞く前には、音よりもお金のほうが自分には価値があると見積もったのですが、最終的には、お金よりも音のほうが自分にとって大事だとの結論に至ったわけです。
楽しい道を見つけるといっても、その具体的なやり方はさまざまです。
テレビを見ながら運動をするという人もいれば、やっていて楽しい運動を選ぶという人もいるでしょう。
あるいは、1人さびしくフィットネスバイクを漕ぐのではなく、友達とフリスビーを楽しむというやり方もあります。体を動かす行為そのものから得られる楽しみに意識を向けることもできるでしょう。
3. 幅広い意思決定の枠組み
人をダメにする誘惑を察知するのは、そう簡単ではありません。というのも、たいていの誘惑は、節度を守って楽しみさえすれば、深刻な問題をもたらすことはないからです。
ビールを1杯飲んだだけでアルコール依存症になることはありません。
また、濡れたタオルをたった1度、バスルームの床に置きっ放しにしただけで、パートナーとの関係が終わりを迎えることはないでしょう。
問題が生じるのは、こうしたちょっとしたことが積み重なった時です。
実は、誘惑が忍び込んでいることに気付きやすくなる意思決定のやり方があります。単一場面ではなく、複数の場面に関わる意思決定を行うのです。私たちはこうした決め方を、「幅広い意思決定の枠組み(broad decision frame)」と呼んでいます。
たとえば、今月ランチに食べるメニューをすべて前もって決めておくと、その日その日で食べるものを決めるよりも、健康的なメニューを選ぶ可能性が高くなるはずです。
30日分のランチの予定を一覧すれば、1日分のみを見るよりも流れがわかりやすいので、誘惑に負けそうになっている部分があれば、それに気付きやすくなります。
また、ホテルの宿泊料や誕生日のプレゼントなど、特別なもの、あるいはめったに買わないものについては、つい財布の紐を緩めてしまいがちです。
それは、こうしたものを買う時は、その一回しか検討しないことがほとんどだからです。ある研究では、こうした出費を、「特別な出費」という大きなカテゴリーの一部として考えるよう促しました。すると、浪費する確率が下がったのです。
別の研究で、私たちは企業の従業員に対し、仕事に関する問題行動を自分が行う可能性はどのくらいあるか、尋ねました。
たとえば、有給を減らしたくないので仮病を使って病気休暇を取るとか、職場の備品を私用で使うといったことです。
この研究では、「仮病で病気休暇を取るのは1回だけだ」と考えた人は、仮病を使うつもりがある、と答える可能性も上がりました。つまり、「1回だけ」と考えると、自分の倫理観に背く決断をするハードルが下がるということです。
4. 待つ決断は、早く行う
「6カ月以内に120ドルをもらう」か、「今すぐ100ドルをもらう」という2つの選択肢を示されたとしましょう。あなたならどちらを選びますか?
それでは、「1年半以内に120ドル」と「1年以内に100ドル」だったら、どうでしょうか?
おそらく、最初のケースでは「今すぐ100ドル」を選ぶけれども、2番目の場合は「1年半以内に120ドル」を選ぶ人が多いのではないでしょうか。
どちらのケースでも、6カ月待てば20ドル余計にもらえることに変わりはありません。でも人は、時期が近い時は、額が小さくてもすぐにもらえる方を選び、先の話の場合は、もらえるのが遅くなるけれども額が多いほうを選びがちです。
いま挙げた例は、忍耐力を養うための、ある戦略を示しています。つまり、「待つ」という決断を、早く行う、ということです。
この「早めの決断テクニック」に照らし合わせると、「早くもらえるが額が少ない」ものと「もらえるのは遅いが、額は多い」ものの間で選択する場合、早い時点で決断を下すほうが、忍耐力が発揮されやすくなります。どちらも先の話に感じられるからです。
1カ月間待てば、より良い製品が発売されたり、価格がお得になったりするとしましょう。こうした「待つ時間」については、今すぐ起こるより、1年後に起こるほうが、待つことを受け入れやすくなります。
人の時間の感覚は直線的ではなく、「今と来月の間の時間」は、「1年後と1年1カ月後の時間」よりも長く感じられるのです。
実は、これは人に限った話ではありません。
ハトも、早めに決めておくことのメリットを知っています。
ハトを対象にしたある研究では、少ないけれどもすぐもらえる報酬(あるキーをつつくと、すぐに2秒間だけエサが食べられる)と、量が多いが待たされる報酬(別のキーをつつくと、4秒間の間があったのちに、4秒間エサを食べられる)という2つの選択肢を与えました。
すると、ハトは4秒間が待てず、今すぐもらえる報酬を選びました。
ところが、両方の選択肢について、エサを食べられるまでの時間をそれぞれ10秒ずつ延ばしたところ(つまり、片方は10秒、もう一方は14秒待つことになったわけです)、「待たされるが、たくさんの報酬が得られるキー」のほうをより多く押すようになったそうです。
つまり、ハトは「より多くのエサがもらえるのと引き換えに、さらに4秒待ちますか?」という問いへの答えを、ノーからイエスに変えたわけです。
人も、この原則を使って、忍耐力を高めることができます。
やるべきことは簡単です。「量は少ないけれどもすぐに報酬を手にできる選択肢」が生じる前に、より有利な選択肢を待てるよう、時間を長く設定するようにすれば良いのです。
5. 他の人と一緒に取り組む
マリーとピエールのキュリー夫妻は、ポロニウムとラジウムという、周期表上の新たな元素2つを発見しました。1903年には、夫妻でノーベル物理学賞を受賞しています。その時に、マリーの名前も受賞者に加えるよう、強く要請したのはビエールでした。
それから8年後、マリーは単独で、自身2つ目となるノーベル賞(この時は化学賞でした)を受賞しました。
キュリー夫妻がこれほど驚くべき発見をすることができたのは、2人が共同で研究を行っていたことも一因でしょう。夫妻の逸話は、2人で支え合うことが、いかにそれぞれのモチベーションアップにつながるかを教えてくれます。
人は、同じような目標を持つ人と心を通じ合わせます。マリーとピエールは、最初に出会った時から、科学への興味関心を共通点に、すぐさま意気投合しました。
また、ピエールがマリーをノーベル賞受賞者に加えるよう強く主張することでマリーを支えたように、人はお互いの目標を達成するために助け合うことができます。助け合いは、人と人とのつながりにおいて不可欠な要素です。
毎晩の食卓にパートナーと一緒に座り、今日1日の出来事を尋ね、同僚に対して仕事を代わってもらえないかと丁寧に頼む方法などを一緒にあれこれと考えているなら、あなたは、パートナーが仕事上の目標を達成する上で重要な存在になっています。
また、私たちが共通の目標を追求することもあります。
一緒に努力しなければならない目標に取り組むことで、人は結びつきを強めるものです。マリーとピエールは、ポロニウムとラジウムを抽出しようとして、来る日も来る日も休みなく作業に取り組みました。
あなたもパートナーと共に、家の購入資金を貯めたり、ペットの世話をしたり、旅行の計画を立てたりしているはずです。目標が何であれ、達成のためにはお互いが必要なのです。
そして最後に、私たちは、他の人のための目標を達成しようと努力を重ね、他の人も私たちのためにそうした努力をするという場合があります。マリーとピエール夫妻は娘2人に、学校で良い成績を取ってほしいと期待をかけました。
夫妻が最も力を入れたのはおそらく、科学に関する科目だったのでしょう。
というのも、長女のイレーヌは1935年にノーベル化学賞を受賞しているからです。おまけにイレーヌも、一緒に研究していた夫との共同受賞でした。
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