今のビジネスパーソンはみな多忙です。特にこの時期、年末は仕事で自分を追い込み、正月は普段と違う生活リズムや食生活で逆に疲れてしまうというのもよく聞く話です。
「睡眠負債」という言葉がありますが、もっと広い意味でいえば、「疲れ」そのものが自分の体の負債といえるのではないでしょうか。
ためればためるほど利息がついて体の状態はより悪化し、栄養ドリンクでごまかして自転車操業。気づけばどうしようもないほど悪化してしまって手のほどこしようがなくなってしまっている…。
そんなことにならないよう、本特集では、疲労という負債をためこまないマネジメント術についてご紹介します。
第4回は、呼吸法の指導で大学スポーツの選手を数多くベストパフォーマンスに導いた、アメリカ・スタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクターの山田知生先生に、疲れにくく回復しやすい呼吸法について話を聞きました。
後編は、具体的な「腹圧呼吸」のやり方やコツ、呼吸以外に日常に加えてほしい習慣などについてご紹介します。
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山田知生(やまだ・ともお)

スタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクター、同大学アスレチックトレーナー。1966年東京都に生まれ、24歳までプロスキーヤーとして活躍。26歳でアメリカマサチューセッツ州ブリッジウォーター州立大学に留学、卒業後にサンノゼ州立大学大学院にてスポーツ医学とスポーツマネジメントの修士号を取得。サンタクララ大学でのアスレチックトレーナーを経て2002年よりスタンフォード大学のアスレチックトレーナーに就任。2007年より現職。著書に『スタンフォード式 疲れない体』(サンマーク出版)など。
腹圧呼吸の基本は「息を吐ききる」こと
前編では、緊張すると交感神経がONになって呼吸が早く浅くなるため、体や感情をコントロールして疲れを回復するには意識して呼吸を行ない、副交感神経をONにすることが大切という話でした。
では、どのような呼吸をすればいいのでしょうか。
山田先生が勧める「腹圧呼吸」の基本は、腹圧をかけたまま「息をしっかり吐ききる」ことです。
しっかり息を吐ききることで、副交感神経がONになり、心身ともに落ち着きます。一般的な「腹式呼吸」では、おなかをへこませながら息を吐いていきますが、それでは息を吐ききることができません。
スタンフォード大学で指導している「腹圧呼吸」では、息を吸ったらおなかをへこまさず、腹圧をかけたまま少しずつ息を吐いていきます。
いわゆる「腹式呼吸」の場合、息を吐くにつれておなかがへこんでいきますが、「腹圧呼吸」は意識的におなかに力を入れて、へこまないようにすることがポイントになります。
息を吸う時は鼻から吸いましょう。そして、副交感神経を優位にするためには息を吸う長さよりも息を吐く長さを長くすることが重要です。
息を吐くときは口から吐いても問題ありませんが、「鼻から吐くほうが速度をコントロールしやすいのでおすすめ」と山田先生は話します。
しっかり息を吐ききるため、腹圧呼吸を行なう際には以下の3つのポイントに注意してください。
腹圧呼吸を行なうときの3つのポイント
1. 姿勢
腰が反っていると、息を吸うことはできますが、息を吐ききることができません。腰が反っている場合は肋骨が前に出ているので、修正します。
2. 体幹=コア・マッスルを安定させる
体の中心である体幹を安定させないと、腰痛が起きたり、内臓機能の低下につながります。
3. 横隔膜をしっかり動かす
息を吸った時は横隔膜が下がり、肺が広がります。このとき、肋骨は上がり、開いた状態になります。腹圧をかけたまま少しずつ息を吐いていくにしたがって、肋骨がおなかの内側に向かって締まっていき、横隔膜も上がっていきます。このとき、体が落ちていくような感じがします。
腹圧呼吸を続けていくと、自然と姿勢が改善され、体幹を安定させることができます。それによって血行がよくなり、内臓機能がアップするなどの効果が期待でき、疲労の予防や回復につながっていきます。
1日5分程度、仕事の合間や寝る前にやるだけ
腹圧呼吸には、椅子に座る方法と床面に仰向けになる方法の2つがあります。
山田先生のおすすめの時間帯は、仕事の合間と夜寝る前とのこと。シチュエーションに合わせて使い分けるといいでしょう。
時間は長ければ長いほど効果がありますが、1日5分ほどを目安に毎日行なうのが基本です。
日中は、会議やプレゼンテーションなどがひと段落したあとに、1人でできる時間を作って行なうのがおすすめです。睡眠や食事と違って即効性があるので、不安や焦りなどで引き起こされる感情のブレがリセットされて、次の仕事に前向きに取り組むことができるでしょう。
オフィスのデスクでちょっと仮眠するときや、リモートワーク時に昼寝をするときの前に行なうのも、その後のパフォーマンスを上げるのに効果的です。
また、就寝前に行なうと、深く健やかな眠りに入ることができ、成長ホルモンが分泌されて疲労がリカバリーされます。
<椅子に座って行なう方法>

- 正しい姿勢で椅子に座る。
- 鼻から息を吸い、風船のようにおなかをふくらませる。息を吸う時間の目安は4秒間。
- 腹圧をかけたまま、鼻から息を吐いていく。吐いている途中で多少おなかがへこんできて、息を吸ったときに開いた肋骨がおなかの内側に向かって閉じていく。息を吐く時間の目安は6秒間。無理なくゆっくりと吐いていく。
- 2と3をくり返す。
<仰向けで行なう方法>

- 頭を壁に向けて仰向けになる。
- 両手を上げて壁につき、ひじの角度がほぼ直角になるように体の位置を調整する。
- 鼻から息を吸い、風船のようにおなかをふくらませる。4秒間息を吸う。
- 腹圧をかけたまま、両手で壁を軽く押すようにしながら、鼻から息を吐いていく。6秒かけてゆっくりと鼻から息を吐いていく。
- 一度両手をゆるめ、2、3をくり返す。
うまく息が吸えているか、腹圧をかけたまま息を吐けているかがわかりにくい場合は、おなかの両側に指をあててみるといいそうです。息を吸ったときに指がはじかれるような感覚があれば、きちんと息を吸えている証拠。
息を吸った状態ではおなかが硬くなるので、その硬さをできるだけ保ったまま息を吐くようにします。力を入れず、リラックスして行なうことが大事です。
さらに、瞬時に気持ちを立て直したいときには、「別の呼吸リズムが効果的」と、山田先生は続けます。スタンフォード大の水泳選手に、試合前に緊張しているときにこの方法を試してもらったところ、効果があるとの声が聴かれたそうです。
「すーー、すー、はーー」と、1回目は長く息を吸い、2回目は少し短めに吸って、1回で息を吐ききるという方法です。これを3~4セット行なうだけです。
プレゼンやスピーチの前で気持ちが落ち着かないときや、不安で何も手につかないようなときにこの呼吸をすると、すぐに感情が静まり、落ち着きを取り戻すことができるでしょう。
朝日を浴びて生活リズムを一定にすることが疲労回復の根本
疲れを回復するうえで、呼吸法以外に大切なことは「基本ですが、生活のリズムを一定にして崩さないこと」と山田先生は話します。
平日は仕事で疲れ切っているので、休日はゆっくり寝ていたいというビジネスパーソンは多いと思います。ところが、これが疲れを回復させる妨げになっているのです。
疲れを回復させるためには、できるだけ体内時計のリズムを一定にして、ホルモンの分泌が乱れないようにすることが必要。つまり、平日と休日の生活の時差をなくすようにすることが大切なのです。
体内時計を整えるのにもっとも有効な方法は、朝、太陽の光を浴びることだといいます。
太陽の光を浴びることで、自律神経を整えたり、幸福感を高めるセロトニンが分泌されたりします。日中のストレスに対処するホルモンであるコルチゾールの分泌も高まり、交感神経と副交感神経のON、OFFの切り替えがスムーズになって、ダメージを最小限に抑えることができるのです。
たとえば、平日は朝6時半に起きて朝食や身支度をし、7時半に出勤する人であれば、休日は朝7時半に起きて、まず外に出て散歩をし、太陽の光を浴びてから朝食や着替えをするといいのだとか。
実際に、山田先生が指導したスタンフォード大学の水泳選手にも、その効果が現れたといいます。
その選手は精神的に不安定なところがあり(ADHDの傾向)、感情の起伏が激しく、高校時代から医師の勧めでセロトニンを服用していました。
朝の練習が始まるギリギリまで寝る生活だったそうですが、山田先生が10分早く起きて朝練習の前に太陽の光を浴びるよう指導。さらに月水金土は朝の練習、火木は午後の練習だったところを月曜から土曜まで毎日朝練習に切り替えるようにコーチに進言したそうです。
生活のリズムを安定させ、それを続けた結果、次第にコーチや親などから「言動が落ち着き、自己肯定感が上がった」と評されるようになりました。定期検査の結果も良くなり、医師からセロトニンの服用を減らしてもいいと言われたのだとか。
睡眠や食事など、疲労をマネジメントする方法はいろいろありますが、寝ているときも起きている時も、生きている限りし続ける「呼吸」と、毎日巡ってくる「朝」を少し意識することで疲れをリセットできるなら、取り入れない手はありません。
呼吸法というツールと朝日を浴びる習慣を身につけてストレスをコントロールし、疲れを回復させて、よりよいパフォーマンスにつなげましょう。
疲れをためない呼吸法まとめ
●疲労とは、脳と体のバランスが崩れたときに感じるもの。原因はひとつではない。
●「やらされ仕事」がさらに疲労をためこませる。仕事の目的とゴールを意識しよう
●交感神経と副交感神経を自分でコントロールする、その手段が「呼吸」
●腹圧をかけたまま息をしっかり吐ききる「腹圧呼吸」を日常の中に取り入れよう
●呼吸以外には、一日の最初に太陽の光を浴びて、生活リズムを一定に保つことが疲労マネジメントの基本
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