外していたマスクを探そうとポケットを探り、どんぐりを見つける遠山正道氏。それは、本人が数日前に北軽井沢で拾ってポケットに入れていたものだ。
遠山氏のビジネスのヒントは、そんな遊びのような「子どものまなざし」から見つかる。遠山氏にとって、アートやビジネスの共通点は「こんなものがあったらいいな」という気持ち。それは、子どものまなざしに通じるものだ。
今回はリコーデジタル戦略部 基盤開発統括センター所長の小林一則氏と遠山氏が対談。常々、エンジニアリングにはアートやクリエイティビティが必要だと考えているリコーの小林氏と、新しいビジネスの種を見つけるための共通項を語り合った。
「ビジネス中心」から「ライフ中心」の生き方へ

——コロナ禍はビジネスや生活に大きな影響を与えました。今後はどのように変化していくと思いますか。
遠山正道(以下、遠山): コロナの前までは、ビジネスに生活がくっついているようなイメージでした。1日のスタートからしてそうです。始業時間と通勤時間から目覚めの時間を逆算する。たとえば家庭のある人がいくら「家族が大事」といっても、仕事が終わった夜以降しか時間が取れませんでしたよね。
ところが、ステイホームになって、「自分たちの生活」が中心になりました。ライフという大きな流れの一部として会社やビジネスがある。仕事は部分でしかない、と気付いたタイミングだったと思います。
小林: それまでの「ワークライフバランス」は言葉だけで、ワークに寄りすぎていたと思いますね。でもこれからはライフに向かうしかない流れを感じています。
リコーは、コピー機やプリンターという“モノ”をずっと売ってきて、2000年ごろから「横ばいになる」と言われてきました。そのあとに「コト=オフィス向けのソリューションを売ろう」と意気込んできましたが、近年は「モノやコトを売ること」ではなく、もう一度「働く人」に着目しています。「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」という三愛精神はリコーの創業者の言葉なのですが、原点に立ち返ろうとしているんです。
遠山: リコーさんの従業員はいま、何人ぐらいいらっしゃるんですか。人数が多いといろいろなご苦労もあるでしょう。
小林: 約8万人ですね。それぞれ全員にワークやライフがあって、自由な環境を提供したくても、セキュリティやガバナンスも大事。バランスは悩みどころです。
遠山: そうですよね。経営者の視点に立ってみると、8万人もの従業員を背負う規模のビジネスというと、どうしてもインフラのような大規模なものを考えてしまう。でも、その考え方が領域を狭めることもあるでしょうね。
本田宗一郎さんが、奥さんの買い物が大変そうだからと自転車にエンジンを付けて「カブ」ができたように、小さな困りごとや、子どもみたいな夢など、組織から離れたところに大きな可能性があると思うんです。
アートとビジネスには共通項がある

——大規模な組織から離れ、ふとした着想を得られるものに「アート」があります。アートをどのように活用されていますか。
遠山: ここのところ、群馬県の北軽井沢によく通っています。建築家・篠原一男により1974年に建てられた『Tanikawa House』を取得したからなのですが、自分がこんな風に孤独と不便を楽しむようになるとは思ってもいませんでした(笑)。
たとえば、明かりもつけずにお風呂に入ると、窓からの光で水面がキラキラしている。周囲が暗いので、そこだけにピントが合う感じです
小林: その言葉だけで、まるでリゾートホテルのプロモーションビデオを見ているようですね。
遠山: 心地良いんですよね。ただ、東京での生活もあるからバランスが取れるんだと思います。両方あるから重なりがわかるんです。
小林: 分かれるんじゃなくて、「ないまぜ」になっている感覚ですよね。僕もお風呂でボーっとしているときに「これだ」と仕事のアイデアが湧くことがよくあります。

遠山: それはアートも同じなんですよね。先日、このギャラリーで約25年ぶりに個人としての作品を展示させてもらいましたが、僕のビジネスのきっかけは1996年に開いた自分の作品の個展でした。そこからSoup Stock Tokyoができた。自分で着想して、自分でつくって、直接渡して評価を得ることの醍醐味を知り、それはビジネスでもできると思ったんです。
そのうち、絵を描くよりも広がりのあるビジネスのほうが楽しくなっていった。とっかかりは、「こんなものがあったらいいな」という着想。それはアートとビジネスの共通点なんですよね。

小林: 遠山さんとは、生まれやお育ち、経験されてきたこともまるで逆だと思っていたのですが、アートやクリエイティビティからビジネスやエンジニアリングができるという考え方は似ていると思いました。
世の中にないソフトやサービスを考えるには「こんなものがあったらいいな」「こんなことができるんじゃないか」という妄想からなんですよね。経営陣からはまったく売れなくて怒られたこともありますが(笑)。
遠山: でも、子どものまなざしで考えた最初の発想がうまく軌道に乗れば、エンジニアを含めた8万人の仲間がいるんでしょう。うらやましい。最高ですよね。
小林: 以前、「いいネタあるんだけど」と、赴任時代の仲間を通じて海外のお客様に提案したら「すぐにデモしてほしい」と1週間単位でプロジェクトが進んだことがありました。
大きな会社ならではの制約はありますが、その分、日本だけでなくグローバルでもプロジェクトを動かせる醍醐味がありますね。
「ゆるい場所」から面白い試みが見つかる
——スマイルズでは意思決定に「やりたいこと」「必然性」「意義」「なかったという価値」が問われるとのこと。おふたりは「まだない価値」をどのように見つけようとしていますか。
遠山: 最近、ノーミッションで、楽しいこと、豊かなことを探りながら活動していこうと「幸せの拡充再分配」というコンセプトで、「新種のimmigrations」というオンラインコミュニティをはじめたんです。
これはサブスク型のコミュニティで「賢き朗らかでユニークな住民」同士のブレストからの新たなプロジェクトの創出を応援し、かつ新しい経済のカタチをつくる試みです。
小林: 価値と新しいものが生まれるのは、ゆるいところからですよね。僕たちで言うと、お客様のことを素直に見たり聞いたり、また体験をともにするなかで、「もしかしてこういうことかな?」と感じる瞬間があります。
遠山: 「わからないからやってみる」が大事ですよね。わかってから動いたら、いつまでもわからない。コミュニティのことはわからないながらもスタートして、「ノーミッションがよかった」とあとから気が付いたりするのが面白い。
コミュニティでは「いいね」のほか、コメントやブログを書いたらポイントがたまる制度があり、意識せずともそれらが川の流れのように循環していく感覚があります。
小林: 僕たちも、「使っていることを意識させない」は大切にしています。技術者なので、裏側の膨大な仕組みを考えていくわけですが、お客様が使っている理由は「心地良いから」だったりする。お客様が意識しなくても、価値がぐるぐると回っていくという世界が具現化しつつあると思います。

遠山: それで思い出したのですが、映画の『スタートレック』の設定は、戦争や貧困のない世界。ベーシックインカムのもっと先、お金すらない世界で、レプリケーターという装置がリクエストしたものを何でも出してくれるんです。
そんな環境であれば、自由な発想ができるんじゃないかな。ただ、主人公のピカード艦長はホットのアールグレイしか頼まないんですよ。自由すぎても使いづらいのかもしれません(笑)。
小林: 満ち足りた環境をある程度保証すれば、何かできるんじゃないかと、僕たちも似たような考えで、働き方に関して「ウェルビーイング」というコンセプトを掲げています。「お客様のためになんとかしなきゃ」と硬く考えず、「自由な発想していいよ」と、社内からトライしています。そこで、アールグレイしか頼まない人ばかりだと困りますが(笑)。
——遠い場所、かつ満ち足りた環境から価値が見つかるのですね。これからの試みや、アイデアがあれば教えてください。
遠山: もうすぐ還暦なので、中身は未定で「新種の老人」という肩書きをつくりました。僕が第1期生になるつもり。22歳から社会人になって100歳まで生きると考えると、78年間あり、60歳ってまだ半分もいっていない。「新種の老人」という箱で発想して、何かを仕掛けていく試みがしたいんです。
小林: 今は、変革の時だと考えています。新しい価値を生み出せる土壌や文化をつくっていきたいですね。これまではかっちりとしたものづくりに寄せてしまっていたので、もっとゆるい環境づくりをしたいです。
セーフティネットも含めた大きな枠組みの中で「これがいい」という、さまざまなカタチの思い込みを生み出し、それをつないでいく——そんな仕組みをつくっていきたい。それにより数年以内にスマッシュヒットを3~4本出して、リコーがお客様に必要とされる一助になれたらと思います。
Source: Ricoh