弱者の戦術 会社存亡の危機を乗り越えるために組織のリーダーは何をしたか』(山野智久 著、ダイヤモンド社)の著者は、遊びの予約サイト「アソビュー!」を運営するアソビュー株式会社の代表取締役CEO。

大学在学中にフリーペーパーを創刊し、新卒で入社したリクルートで営業や事業開発を経験したのち、2011年に創業したそう。以来、業績は毎年のように「過去最高」を更新していたといいますが、2020年4月にはどん底に叩き落とされることに。いうまでもなく、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けてしまったわけです。

「アソビュー!」の取り扱い対象となっているのは、スキューバダイビングやラフティングといったアウトドア、また、遊園地や動物園や水族館などのレジャー施設が中心。つまりコロナ禍による「お出かけ自粛」で大打撃を受けた業界のひとつです。

2020年4月7日に発出された緊急事態宣言の影響で、同年4月と5月の売上は昨年対比「マイナス95パーセント」まで落ち込みました。週によっては実質売上ゼロ。「観光・レジャー産業に未来なし」として投資家からも軒並み見放されました。

創業以来、事業の拡大とともに少しずつ増えてきた従業員数は当時130人。重くのしかかる人件費。溶けていく預金残高。でも、僕は誰ひとり解雇したくなかった……。(「まえがき」より)

まさに出口なしの状況に追い詰められたわけですが、結果的に著者はそんな状況下にあっても、ひとりも社員をクビにすることなくV字回復を果たしてみせました。本書では、そこに至るプロセスを明らかにしているのです。

潤沢な余剰資金のないベンチャー企業が、コロナ禍が引き起こした未曾有の危機にどう立ち向かったのか。

また俗に言う「トップ大学」出身でもMBAホルダーでもなく、ましてやメンタルが決して強くはない僕が、組織のリーダーとしてこの危機にどういう行動をとったのか。

そして、最終的にはどのようにして絶望の淵から会社を存続させ、雇用を守ったのか。本書はその戦いを克明に記録した、いわば実力ドキュメンタリーです。(「まえがき」より)

この記述からもわかる通り、本書は著者の視点からみたドキュメンタリータッチの構成。ここでは第7章「平時が有事を左右する。危機のリーダーシップ」のなかから、「コロナ危機を脱することために意味を持った4つのポイント」を抜き出してみたいと思います。

有事では合議制よりトップダウンが強い

まずひとつ目は、トップダウン体制への一時的なシフト

先行きが予想しやすく事業が成長トレンドにあるとき理にかなっているのは、合議制で正解を見つけていく進め方。事実、平時のアソビューも合議制で意思決定していたそうです。

しかし先行きの見えない状況下、すなわち「未曾有の有事」においては、合議制は必ずしも良い方向には働かない可能性があります。合議に参加するメンバーの誰もが有事の際の経営を経験したことがなく、経験則が役に立たないばかりか、デイスカッションに時間をかけていては、状況がどんどん変化(悪化)していく恐れがあるからです。(204ページより)

したがってそうした場合は、意思決定権を持ったリーダーが迅速に決断し、トップダウンで実行させたほうがうまくいく確率が上がるはずだということ。

もちろん個々人の思考の自由や意思表明の機会は失われますが、それほどの有事においてものをいうのは、1秒でも早くやることを決め、有無をいわさず実行できる体制。そういう組織こそ、生き残ることができるというのです。(204ページより)

絶対に必要なこと以外は「やらない」

有事の際には時間的にも人的リソース的にも、やれることが限られます。それを極限までそぎ落とし、最低限のやるべきことだけを残すのが「やらない意思決定」です。(204ページより)

流通額や売上、限界利益、貢献利益に営業利益など、著者は平時の際、多くの数字を見ているといいます。経営者として、日ごろから目を光らせるべき指標は山ほどあるわけです。

しかし有事の際にもっとも気にしなければならなかったのは会社の預金通帳残高、すなわちシンプルにキャッシュ(現金)。

そして、現金残高を確保するために必要なのは利益とコスト。「利益率の高い売上をどう獲得するか」と「コストをどう極限まで下げるか」だったため、そこに全リソースを投入したのだそうです。

すなわち、「絶対に必要なものはなにか」を見出し、それ以外のことはやらないと決めたからこそ生き残ることができたというわけです。(207ページより)

メンタルのセルフケアはきわめて重要

心が折れそうだった時期、著者はランニング、Netflixのドラマ、料理でなんとか持ち堪えたそうです。そして、そんな経験があるからこそ、リーダーの心が折れることが組織にとっていちばんのリスクであり、それを回避することが重要だと断言しています。

経営者というのは、机に向かった瞬間に放っておいても会社経営や事業について100個くらいの懸念事項がバッと脳に浮かんでしまうような人間です。

これを4つか5つに減らす方法が筋トレ、瞑想、サウナといったもの。それだけでメンタルが被る負荷はだいぶ変わるものです。(210ページより)

そもそも日本人は自己犠牲に走りがち。しかし自分を愛せない経営者が、会社の従業員を愛せるはずもありません。だからこそ経営者がセルフケアするのは組織存続のために重要で、それは従業員を大切にすることと同義なのだといいます。(208ページより)

平時に無駄だといわれていることが有事に生きる

平時の際に無駄だといわれることは、有事の際に決して無駄にはならないそう。

もしかしたら、災害で社会が壊滅状態になった時、普段から生活のすべてをデスクワークに費やして高収入をあげている人より、年収は生活できるギリギリだけど趣味の釣りで山や川を歩いている人のほうが、生き残れる確率は高いかもしれません。

(中略)極端な例ですが、でもそういうことです。(204ページより)

正解がなく、なにが起こるかわからない時代だからこそ、その時々に心が動かされることを精一杯やるべき。「無駄だ」といわれるかもしれないけれど、いつかそれが必ず役に立つときが訪れる。自身の経験から、著者はそう断言しています。(211ページより)

新型コロナの勢いが一向に収まらないなか、経営者であるか否かに関わらず、いまやすべてのビジネスパーソンが窮地に立たされているといっても過言ではありません。だからこそ、苦難を乗り越えてきた著者の体験談はなんらかのかたちで役に立つはずです。

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Source: /Photo: 印南敦史