ここ数年、ビジネスシーンで「ESG経営」や「パーパス」という言葉を目にする機会が増えました。どちらも企業の持続的な成長には欠かせないとされる一方で、働く個人にとってはピンとこない面もあるでしょう。

そこで参考にしたいのが、日本のトップ経営者たちの「パーパス観」です。2021年11月に開催されたMASHING UP カンファレンス vol.5のセッション「今私が考えていること。ESG経営と新しいリーダーシップ」から、大企業がどのようにパーパスを確立し、社員への“パーパスの自分ごと化”を促しているのか、そのエッセンスを紹介します。

企業がなぜ存在するのかを言語化したものがパーパス

セッションの登壇者は、アメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc. 日本の吉本浩之社長、イーデザイン損害保険の桑原茂雄取締役社長、パナソニックの樋口泰行代表取締役専務執行役員(樋口さんは動画での出演/「樋」はしんにょうの点が1つ)、一橋大学大学院経営管理研究科の江川雅子特任教授。モデレーターを務めたのはエールの篠田真貴子取締役です。

セッションのタイトルにある「ESG経営」とは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(管理体制)を考慮した経営のこと。

ESG経営を実現するという文脈のもと、企業は何をもって社会に存在するのか、あるいは企業が大切にする価値観は何なのか。それを言語化したものがパーパスであると、エール取締役の篠田真貴子さんは話します。

「でも、パーパスって働いている私たちからすると“いいことだけど距離が遠い”感じがします。パーパスによって今日の私がどう変わるのかわからない、そんな距離感があるのではないでしょうか。今日は皆さんと一緒に、パーパスと働く人をつなげることを試みたいと思っています」(篠田さん)

エールの篠田真貴子取締役
エールの篠田真貴子取締役

ESG経営の時代には、パーパスが企業評価の指標になる

篠田さんが最初に問いかけたのは、登壇者が自社のパーパスを定めたときの意図でした。プロ経営者として知られ、複数の大企業の舵取りを担ってきたパナソニックの樋口泰行さんは、パーパスは「社会から求められ、尊敬される存在になるための基盤」だと話しました。

「時代が変化した今、メーカーもモノではなく、ESGの観点で社会に貢献していくことが必要。社会がこれだけ物質的に豊かになると、モノ以外の社会課題、格差や環境問題に対しても、企業がESG経営に組み込んで対応することが求められる。お金さえ儲かればいいという会社は、社会からリスペクトされず、今後は生き残れない」(樋口さん)

大前提として、会社を運営するためには、社員の気持ちや方向性を合わせることが欠かせません。パナソニックが会社としてスケールしたのも、創業者である松下幸之助のビジョンが高く、そこに皆が共鳴したからだと樋口さん。

どんなに高いレベルの目的やパーパスが定められても、それを尊敬して共鳴する人が集まらなければ、会社は大きくならないと語りました。

CXを起点とし、顧客と共にパーパスを創造する

イーデザイン損害保険の桑原茂雄取締役社長
イーデザイン損害保険の桑原茂雄取締役社長

「パーパスを顧客と共創する」という視点を提示したのは、保険のDX化で「事故のない世界」を目指す新自動車保険「&e(アンディー)」をスタートさせた、イーデザイン損害保険の桑原茂雄さんです。

「イーデザイン損保のミッション・ビジョンはCX(顧客体験)を突き詰めるなかで自然に導き出されました。CXを起点としてMX、DX、BXを推進する。特にCXからBX(ビジネストランスフォーメーション)を考えると、お客様が本当に求めているのは、悲しい事故をなくすことだろうと。そのためには車が進化するだけではなく、われわれ保険会社もやることがあるし、お客様にもやっていただくことがある」(桑原さん)

事故のない世界の実現をパーパスとした桑原さんは、社員に「今は、売上は捨てていい。それよりもお客様の体験を追求しよう」と呼びかけ、営業方針を一新。従来の保険の基幹システムを改善する、部門の縦割りをやめてプロジェクト単位で人を動かすといった改革も、パーパス・ドリブンの姿勢で推進してきたと語りました。

社内の“人”を大事にすることが、最高の顧客サービスへとつながる

アメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc. 日本の吉本浩之社長
アメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc. 日本の吉本浩之社長

吉本浩之さんが2021年6月に日本社長に就任したアメリカン・エキスプレスのビジョンは、「日々世界最高の顧客体験を提供すること」。そのために「ブルーボックスバリュー」と呼ぶ理念を掲げ、全世界のグループで共有しています。

「ブルーボックスバリューの第一は、顧客を応援すること。そのために弊社では、顧客の支えとなる“人”を育てるために、社員も社長もお互いをコリーグ(colleague=同僚、同志)と呼び合い尊重しています。

世界的に賃金格差の完全是正に取り組み、女性の産休・育休からの復帰率も非常に高い。LGBTQA+への取り組みに関するPRIDE指標では、2019年から3年連続でゴールドを受賞しました。

多様性があり、誰もが平等に受け入れられる社内文化を育むことが、お客様へのサービスの一番の根幹となるという考えからです」(吉本さん)

一人ひとりのコリーグがプライドを持ち、モチベーション高く働ける場を作る。そうしたマネジメントの方向性も、「顧客に最高のサービスを提供する」というパーパスからきたものだと吉本さんは話します。

どうすれば社員に“パーパスを自分ごと化”してもらえるか?

一橋大学大学院経営管理研究科の江川雅子特任教授
一橋大学大学院経営管理研究科の江川雅子特任教授

経営層にとって、いかにパーパスを会社に浸透させ、社員に“自分ごと化”してもらうかは悩みの種。その背景を“お経”という言葉で説明してくれたのは、コーポレート・ガバナンス(企業統治)や企業財務を専門領域とする一橋大学の江川雅子さんです。

「“お経”、つまり基本原則や規範のような“いいこと”を、多くの人は基本的に読まない。一般にとっては遠いものなので、それをどれだけ自分ごとにし、社員に実践してもらうのかは、経営者にとって非常に難しい課題です」(江川さん)

パナソニックの樋口さんは、「まずはミッション、パーパス的なものに対して、それが重要だと経営者が心の底から思っているかが肝要」と指摘。

「なぜそれを、どんなプロセスでパーパスと定めたのかを含めて、強く訴えかけないと社員には響かない。パーパスはロングジャーニーで、しかも経営レベルの話。それをそのまま社員の日々の行動と結びつけるというよりは、パーパスを達成するための行動規範を、デイリーに社員の行動に反映させたほうがいい」(樋口さん)

イーデザイン損保の桑原さんは、社内文化のひとつとして「マジキラ」(真面目な話を気楽にする)を紹介。1回につき10人くらいのグループで全社員と「マジキラ」をして、ミッションの意図や背景をしっかり語るようにしているとのこと。

「社員がミッションやビジョンを自分ごと化するためには、それが自分の成長につながることを意識するプロセスが必要です。マジキラで必ず聞くのは、一人ひとりの価値観。お金、他人が喜ぶこと、チームワークなど色々あるが、我々は何も否定しない。一人ひとりの個性を解放してほしいと伝えます」(桑原さん)

価値観を組織に浸透させるためには、ハードとソフト、トップダウンとボトムアップの両面が大事だと語るのは、アメリカン・エキスプレスの吉本さん。

「例えばボトムアップでは、女性のメンタリング制度を実践するチームや、トランスジェンダーのガイドラインを経営層に提言してくれたチームなど、コリーグの自主的な活動を会社として評価・奨励しています。

一人ひとりがリーダーシップを持ち、もっと良い会社にしていくという社員になってほしい。それがひいては、お客様や社会に良いものを提供できる会社へとつながっていくのではないでしょうか」(吉本さん)

ミッション、ビジョン、バリューといった言葉のなかで、なぜ最近「パーパス」という言葉が注目されるのか。その背景を、江川さんはこう読み解きます。

「パーパスはGoogleの検索で1999年には30万回だったのが、20年後の2019年には3億6000万回と1200倍になっています。

なぜこれほど皆が気にするようになったかを考えると、ミッション、バリュー、ビジョンはある意味で企業が自分で宣言すればできますが、パーパスは社会にどう認められるか、社会にどんな貢献をしているかという“相手がある話”。そこが重視されているのではないでしょうか」(江川さん)

その背景は3つある、と江川さんは続けます。

「1つはZ世代を中心とした若い世代が、自分の仕事の社会的意義を強く意識するようになったこと。

2つ目は組織、あるいは会社と個人の関係性の変化。一人ひとりを大切にしたいという会社の意識が現れてきている。

3つ目は、組織の枠を超えたコラボレーションやオープンイノベーションがやりやすくなってきたこと。会社としては『この指止まれ』と発信して優秀な人材やパートナーを惹き付けたい。そのためにもパーパスが不可欠になっている」(江川さん)

もはやESG経営を重視しない会社には、社員も顧客もついてこない。企業の競争力に直結する課題となったと、江川さんは語りました。

「対話」が人とパーパスをつなぐ

社外人材によるオンライン1on1サービス「YeLL(エール)」を展開している篠田さんは、パーパスを社員に“自分ごと化”してもらうためのポイントとして、3人の登壇者が「社内対話」の機会をたくさん設けていることに注目しました。

話せるということは、聞いてくれる人がいて、聞いてくれると信じられるから。人にじっくりと話を聞いてもらうことで、自分が大切にする価値観が言葉になり、会社のパーパスと接続されていく…と篠田さん。

「組織で働いている人も、フリーランスの人も、ご自身の仕事のパーパスをもう一度問い直して、自立的なキャリアを築いていただきたい。リーダーの方はぜひ、パーパスを指し示すと共に、それを皆で話し合うことによって、メンバーが“自分ごと化”して一丸となって取り組める、そんな包容力のあるリーダーシップを築いていただきたいなと思います」(篠田さん)

会社のパーパスと社員をつなぐのは、心理的安全性の高い環境での「社内対話」。この発見は経営者だけでなく、チームの士気を高めたいプロジェクトリーダーにとっても、取り入れる価値があるものではないでしょうか。

Source: &e, YeLL/Photo: 中山実華