既存の商品やサービスの提供にとどまらず、社会をより良く変えるような新しい取り組みをしていきたい。

そう願うビジネスパーソンにとって、ひとつの障壁となるのがハレーションを恐れる社内や業界内の反発です。ここでは、2021年11月開催の「MASHING UPカンファレンス vol.5」にて行われたセッション「常識をくつがえせ。よりよい社会をつくるイノベーション」から、前例のない取り組みを社内で通すコツをピックアップします。

老舗企業に新しい風を吹き込んだ3人の体験談が、イノベーションを興すヒントをくれました。

「交通事故のない世界」を自動車保険でつくる

セッションに登壇したのは、イーデザイン損害保険の友澤大輔CMO、貝印の齊藤淳一次長、ZENB JAPANの濱名誠久代表取締役社長。1879年に創業された東京海上グループの傘下にあるイーデザイン損害保険、1908年創業の貝印、1804年創業のミツカングループの子会社であるZENB JAPANと、歴史ある老舗企業のキーパーソンが集まりました。

イーデザイン損害保険の友澤大輔CMO
イーデザイン損害保険の友澤大輔CMO

「我々3社の共通点は、企業としてどうあるべきか、社会とどう向き合っていくのか、どのように他企業や自治体、生活者と共創していくのかを常に考え続けていることではないか」と話したのは、セッションのモデレーターをつとめたイーデザイン損保 CMOの友澤さん。

2021年11月にローンチされたイーデザイン損保の自動車保険「&e(アンディー)」は、「交通事故のない世界」という同社のパーパスを実現するために、さまざまなテクノロジーと保険を組み合わせた「インシュアテック」と呼ばれるサービスが追求されています。

「&e(アンディー)」の契約者は、無償で提供される手のひらサイズのIoTセンサーを車に設置し、「&e(アンディー)」のスマートフォンアプリと連携して使用します。事故の際はIoTセンサーが自動で衝撃を検知し、スマホから1タップで事故の連絡をアシスト。

事故状況はセンサーやGPSのデータをもとに動画で再現されるため、保障などの対応の迅速化が可能となりました。

「自動車保険は中身が見えにくい商品なので、契約者から選ばれるためには価格と認知の競争が熾烈になる。それがすべて保険の料金や内容に反映される現状をなんとか変えたいというのが、新商品『&e(アンディー)』開発のきっかけでした」(友澤さん)

従来の保険の“すべて”を変えていきたいと、友澤さんは言葉に力を込めました。

脇毛は剃るもの? お客さまの声が教えてくれたこと

貝印の齊藤淳一次長
貝印の齊藤淳一次長

グローバル刃物メーカーの貝印で広報宣伝部次長を務める齊藤さんは、20世紀FOX映画(現20世紀スタジオ)にてインターネット黎明期のマーケティングを担当後、スウェーデン発のクリエイティブエージェンシーGREAT WORKS上海支社COOを経て貝印に入社。

2020年8月、斎藤さんが手がけた巨大広告が「MAGNET by SHIBUYA109」に設置されると、そのインパクトが多くの人の目を捉えました。

CGで作られたバーチャルヒューマン「MEME(メメ)」が自然に生やした脇毛を見せるという鮮烈なビジュアルと、「ムダかどうかは、自分で決める。」というキャッチコピー。カミソリを販売する側の貝印が、「毛の剃り方はもっと自由でいい」と体毛処理の多様性を発信する──。

意外なメッセージの背後には、貝印の「野鍛冶の精神」があったと齊藤さん。

「使う人の用途や癖までを理解し、ものづくりに活かす『野鍛冶の精神』が、岐阜県関市の刃物ならではの特長としてあり、貝印は、そうしたお客さま一人ひとりの求めに柔軟に対応する姿勢を受け継いできました。

日本には“女性は体毛をツルツルに剃り、男性は残す”というある種の固定観念があります。しかし2019年ごろからSNSなどで違和感を訴える声を目にするようになり、弊社でアンケート調査をしたところ、9割以上が『ファッションや髪型のように、剃る・剃らないを自由に決めたい』と考えていることが判明したのです。

そこから、従来の固定観念を見直してみようというコミュニケーションが生まれました」(齊藤さん)

組織も流通経路も刷新し「新しい未来」を描く

ZENB JAPANの濱名誠久代表取締役社長
ZENB JAPANの濱名誠久代表取締役社長

ZENB JAPAN 代表取締役社長の濱名さんは、ミツカンの営業本部、MD企画部、戦略企画部などを歴任後、株式会社MizkanのCOOに就任。「お酢のチカラ」キャンペーンを主導し、酢の需要を大きく拡大した立役者でもあります。

「かれこれ4~5年前にオーナーから『ちょっと新しいことをやってこい』と言われて始めたプロジェクトがZENBです。ZENBではふだん食べずに捨てている野菜の皮や芯まで、可能な限りまるごと使う。そうするとトウモロコシなどは1.5倍くらい原料が増えます。

やはり今の時代、人の健康と同じように地球の健康も考えていきたい。実はミツカン自体も、捨てられていた酒粕からお酢を作り始めたのがルーツです。

この歴史を未来にどうつなげていこうかということも考えながら、ZENBというブランドを立ち上げました」(濱名さん)

ミツカンでは副社長をしていた濱名さんですが、ZENBはミツカン内の事業にはせず、あえて別の組織に。店舗販売ではなく、自社のECから直接販売するDtoCのビジネスモデルを選んだことも大きな挑戦だったと振り返ります。

「ミツカンは当然マスマーケティングなので、違うやり方をやってみようじゃないかと。新しい組織、新しい人、新しいやり方。別の組織にすることで、全く新しい未来をつくっていくんだという考え方がありました」(濱名さん)

「一人の声」が社内の反発を乗り越える力をくれる

ベネッセコーポレーション、ニフティ、リクルート、楽天、ヤフーなどを経て、イーデザイン損保に参画した友澤さんは、これまで多くの企業の「変革のタイミング」に関わってきた人物です。

「“このワードがよく出る会社は大企業病に陥っている”と私が思うのが、ハレーション(他への悪影響)という言葉です。長い歴史を持つ企業では、新しい取り組みをすると反発も大きい。貝印さんやミツカンさんも老舗ですから、社内でチャレンジングな取り組みを通すのは大変だったのでは?」(友澤さん)

この問いかけに対し、貝印の齊藤さんは「SNSの声」を取り上げていたと語りました。

「貝印の場合はお客様の声を第一とする『野鍛冶の精神』があったので、社内で提案するときはそこを大事にしていましたね。定量的なデータよりも、SNSで見かけた1人の強い声が、社内で稟議を通すときのインパクトになりました。

また、うちにはTwitterのような社内SNSがあって、そこでの意見もよく取り上げています」(齊藤さん)

ZENBの濱名さんは、「オンライン特有の悩み」に困らされたそうです。

「オンラインだけで始まったZENBの悩みは、『オンラインだから当然売れるだろう』といった声でした。そんなに簡単には立ち上がらないので、『いつまで経っても売れないね』みたいな話になってしまうのがつらかったですね。

そこで何をしたかというと、組織をすごくフラットにすることと、現場というかお客様の声を大切にすること。貝印さんと重なりますが、やはり生の声に勝るものはないと思います」(濱名さん)

友澤さんも、こう続けました。

「データドリブンと言われるが、社内では真逆のエピソードトークの方がけっこう大事。1人のお客様がこんなことを言っている、ここを変えなくてはいけない——そういった話のほうが、皆のモチベーションが上がって自発的に動く流れができたりしますよね」(友澤さん)

成功を積み重ねてきた企業であるほど、社内の常識を覆すことは難しいもの。そんなときに組織を動かす大きな力となったのは、一人ひとりの生の声だった──という3人の共通体験は、大きな示唆を与えてくれます。

ブランドパーパスやミッションも大切だけれど、最初の一歩につながる「一人の声」を聞き逃してはいけない。そこからたくさんの人や企業へと横のつながりをつくっていくことが、組織にあってイノベーションを興す近道になるのかもしれません。

Source: &e(アンディー)/Photo: 俵和彦