ビジネスシーンで顧客や上司を説得するとき、「論理的であることが何よりも重要」というスタンスで話をしていませんか?
確かに、話す内容が理路整然としていることは大事でしょう。でも、それだけでは説得に成功するのは難しいことが多いのです。
こう述べるのは、話し方教室の株式会社KEE’Sの代表取締役社長、野村絵理奈さんです。
野村さんは、説得には聞き手の「共感」を引き出すことが重要だと著書の『THE SPEECH 人を動かすリーダーの話し方』(ポプラ社)で説いています。
まずは“ツカミ”で聞き手の関心を喚起
ここで言う「共感」とは、話し手の話す中身に(話し手が意図する方向へ)聞き手の心が動くこと。
たとえば、新規事業立ち上げに際するスピーチなら、参加メンバーに新規事業への期待感を抱かせ、モチベーションを上げるように話すことです。
また、有名な実例として、野村さんはスティーブ・ジョブズの初代iPhoneの発表を挙げます。
この時、ジョブズは挨拶抜きで「2年半、この日を待ち続けていました」と切り出します。
これだけで、「聴衆のワクワク感や期待感は一気に高まり」「彼が意図した共感を観衆に抱かせることに成功」したと、野村さんは指摘します。
これは、冒頭で聞き手を一気に惹き付ける“ツカミ”と呼ばれるテクニックだそうです。
このテクニックは、何もジョブズのようなプレゼンの天才だけに可能なものでなく、コツをつかめば誰でも使いこなせると野村さんは本書の中で説いています。
そのコツとは、「今の心境(本音)を言う」と「問いかけを使う」の2つ。
前者は例えば、
「今、ここに立って、実は足が震えるくらい緊張しています」
「まさか自分が、このような賞をいただけるなんて、夢を見ているようです」
というような率直な気持ち。
聞き手は、自身も抱いたことのある感情とオーバーラップさせ、自然と共感が生まれるのだそうです。
特に「緊張している」という感情は、聞き手とシェアすることで気持ちがラクになり、温かい気持ちで聞いてもらえるという効果も期待できて、一石二鳥。スピーチで緊張しがちなタイプなら、このテクニックはおすすめでしょう。
もう1つの「問いかけを使う」は、「ただ聞くだけ」という受け身の姿勢から、主体的に考えさせるという効果を聞き手にもたらすそうです。
聞き手は、考えて答えを出すことで、「そこから先のメッセージも、自分で望んで受け取る情報である」と感じ、両者にある種の双方向コミュニケーションが生まれる点を野村さんは指摘します。
ちなみに、野村さん自身は、リーダースピーチをテーマにした講演では、
「“私には話す使命がある。なぜなら…”。その後にどんな言葉を続けますか?」
といった問いかけをするそうです。
これで、聞き手は「なぜ話し方を学ぶのかという目的をイメージでき」、主体的に講演に参加するようになります。
聞き手のモチベーションを上げる2つのポイント
新規見込み客へのプレゼンや結婚式での祝辞などより、リーダーに機会が多いのは「部下のモチベーションを上げるようなスピーチ」でしょう。
これにもコツがありますが、まずNGな話し方の例を野村さんは挙げています。
「このプロジェクトは社運をかけた重要なプロジェクトです。各自気を引き締めて全力を尽くしましょう」
どこの企業でも、朝礼の場などで聞かれる内容と思いますが、問題なのは「~しましょう」という呼びかけになっている点。
これでは、リーダーの願望を語っているにすぎず、聞き手のモチベーションを上げることもなければ、自主的に動くことも期待できないそうです。
野村さんは、どんな話をするか以前に、リーダーは「部下が今言ってもらいたい言葉とは何なのか。もし、自分が部下の立場であれば、どんな言葉によって心がラクになったり前向きに頑張ろうと思えるのか」という点を、きちんと考えるようアドバイスします。
そのためには、日頃から部下の性格・状況を客観的に分析する観察力や洞察力を磨くことも必要。そのスキルを身につけるハードルを乗り越えた先に、部下の心を動かす言葉は自ずと見えてくるそうです。
ここまで来れば、部下はあなたの言葉に感謝し、喜んで仕事に邁進するようになります。
さらに、もう1つのテクニックとして野村さんがすすめるのが、歴史上の偉人の言葉の引用。
- 聞き手が今必要としているのはどのような言葉か?
- その言葉を聞いて聞き手にどうなってほしいのか?
これら2点をふまえ、適切なフレーズを選びます。借り物の言葉などと躊躇する必要はないそうです。
その言葉を選択したということも、話し手の価値観・信条の反映であり、聞き手に伝えたい事柄がその中に含まれていると判断したなら、「それを伝えることが、リーダーとしてのあなたの使命」だと野村さんは述べます。
一緒に笑えるユーモアを盛り込む
もう1つ、聞き手の共感を得るために不可欠なものはユーモアだそうです。
野村さんは、ユーモアの効用として次の2点を挙げています。
- スピーチする人の物の考え方や行動、価値観、そして人間としての面白みや余裕を一瞬にして伝えることができる。
- 聞き手の心をほぐす。
ユーモアといってもお笑い芸人のように笑いを取りにいくのではなく、「つい表情がほころび、クスッと笑えるようなエピソードを披露」するのがポイント。
ジョークを使うのであれば、相手への影響や節度を考慮し、ネガティブな反応を引き起こさないものとします。
理想的には、「聞き手と一緒に笑えるような話題を共有すること」だそうです。
共感を得るという視点なら、一方的に笑わせる内容よりもベターというわけです。そういう意味では、モチベーションを上げる話し方と共通するものがあります。
『THE SPEECH 人を動かすリーダーの話し方』で解説されているのは、上で取り上げた「共感」だけではありません。
野村さんは、人を動かすスピーチには方程式があって、「共感」にくわえて「語り手の人徳」と「話の論理」、これら3要素を掛け合わせることで成功がもたらされると説きます。
そうした点についてもガイドがなされているので、聞き手の心を動かすスピーチをマスターしたい方なら本書は一読の価値があるでしょう。
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Image: Matej Kastelic/Shutterstock.com
Source: ポプラ社