「メンタルローテーション(心的回転)」という心理学の用語があります。
聞きなれない言葉ですが、これは頭の中でイメージとして物体を回転させることを意味します。
メンタルローテーションができると何に役立つ?
こう聞いて、昔受けた知能テストを思い出す人もいるでしょう。テストでは、幾何学的な2次元・3次元図形をイメージだけで回転させないと解けない問題がいくつも登場しました。
そんなことをわざわざするのは、知能テストの世界だけだと思うかもしれませんが、実は誰しも日常的にメンタルローテーションを使いこなしているのです。
一例として、下の簡単なイラストを見てください。車は何番の場所に駐車しているでしょうか?

これは、香港の小学校で出されたクイズですが、ほとんどの人は、悩むことなくすぐに「87」と解答できるはずです。
意識はしていなくとも、このクイズを解くときに頭の中で、駐車場の数字を180度回転させています。これも立派なメンタルローテーションです。
メンタルローテーションは、生得的に備わった能力ですが、訓練によって上達させることができ、それに伴い日常生活や仕事の現場に役立つ能力も高まると唱えるのは、東京大学薬学部の池谷裕二教授です。
池谷教授は著書の『メンタルローテーション “回転脳”をつくる』 (扶桑社)のなかで、その点について詳しく解説しています。
以下、具体的にどのような能力が高まるのか、紹介しましょう。
垂直思考と水平思考の能力が向上する
「垂直思考」と「水平思考」についてはご存じの方も多いと思います。
池谷教授の言葉を借りれば、垂直思考とは、1つの考えをステップを踏みながら徹底的に深く掘り下げる思考法。
一方で水平思考とは、論理的に考察を深めていくよりも、同じ現象を様々な角度から眺めたり、別々の問題に共通項を見出したり、どちらかと言えば自由で大胆な発想によって問題解決を図るやり方です。
池谷教授は、どちらの思考法にも「視点の移動」という共通項がある点を指摘します。
垂直思考では、考察を深めることに「奥へ奥へと視点を移動させるプロセス」があります。水平思考では、難問に対して「見方を変えることで再解釈」するアプローチをとります。
この2つの思考法は、どちらもメンタルローテーションから派生した能力であり、メンタルローテーション力のある人は、巧みな垂直思考と水平思考ができる素地がある人と言えそうです。
他者への共感力や自己分析力が向上する
メンタルローテーションは、頭の中で対象を動かすのではなく、対象は固定したままで自分自身が動き回って別の角度から眺める、仮想的な身体運動であることが、実験で確かめられています。
池谷教授は、「対象」は物体である必要はなくて他人でもよいと述べ、能楽論の「離見」を引き合いに次のような解説を加えています。
世阿弥は能楽論『花鏡』の中で、観客の目線で自分の演技を眺める、いわゆる「離見」の大切さを説いています。離見とは、現代風に言い換えれば、メンタルローテーションの応用のことです。
専門用語では、自分の立ち位置から外部を眺める視点を「エゴセントリック」、外部から自分の立ち位置を見る視点を「アロセントリック」といいます。
アロセントリックはメンタルローテーションがあって初めて実現します。
そして、メンタルローテーションの能力から、「相手が物事をどう捉え、どうした行動を取るかを、他人の立場になって相手の心の動きを考える能力を生み出し」、ひいては「気遣い」や「共感」の能力の発展につながるとします。
また、この能力を、自分を対象に使えば、自分の特性を客観的に分析する能力、つまり自己分析力を伸ばすことになるとも。
これには、「私の長所はこれだ」と気づく自己評価力や、「私の短所はこれだ」と反省する自己修復力も含まれます。
メンタルローテーション力をパズルで鍛える
メンタルローテーションは人間が持つ諸能力と相関しますが、メンタルローテーションは後天的に鍛えられ、それらの能力を伸ばすことも期待できるそうです。
実際、過去の研究では、スポーツやテレビゲームなどでメンタルローテーション力がアップすることが確かめられています。
池谷教授は、そうした間接的な方法でなく、もっと直接的にパズルを解くという方法を本書で提示しています。本書に掲載されているパズルは、全128問。
例えば、以下のような設問がありますので、解いてみてください。
ピース合わせ
お手本の図の中央を切り取りました。「?」の場所にぴったり当てはまるピースはどれでしょう?

合体ブロック
枠内のブロックと合体させると3×3×3の大きな立方体ができるブロックは、ア~エのうちどれでしょう?
ブロックの向きは回転させて変えてもかまいません。

上から横から
ブロックが図のような形で積まれています。矢印の方向(真上・真横)から見た図はそれぞれA~Fのどれでしょう?

以上3つの問題の答えはそれぞれ、ア、ウ、E・Aです。
どれも中級の難易度ですが、スムーズに解けたでしょうか?
なかなか正解にたどり着けなくても、気落ちする必要はありません。より易しい超初級・初級の問題からチャレンジしてコツをつかむことから、やってみるとよいでしょう。
メンタルローテーションの能力は、人間だけでなく猿や鳥類などさまざまな動物にもあるそうです。
ですが、進化の途上でこの能力を弾力的に活用し、自己・他者の分析や抽象的な論理的思考力など応用的な使い道を開拓してきたのは人間だけ。
そして、パズルを楽しく解きながら、さらに能力に磨きをかけることができるのです。
通勤時のすき間時間などを生かして、メンタルローテーションの能力アップを目指し、コツコツ解いてみてはいかがでしょうか。
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Image: Shutterstock.com
Source: 『メンタルローテーション“回転脳”をつくる』扶桑社