前編の「若手メンバーの育て方」に引き続き、後編は、「人を自立・成長させる方法」について。子供向けや大人向けに、渋さ知らズのコピーをするワークショップを通じて、人を成長させる方法が見えてきました。
渋さ知らズのコピーを通じ、ゲーム感覚で"遊び"を発見するワークショップ
── 不破さんは子供たち向けに渋さ知らズを構築してきたノウハウを教えるワークショップもされているんですよね。
不破:子供たちに演奏やダンスを駆使して、"ミニ・渋さ知らズ"を創ってもらう試みです。始めはコピーですが、最終的な目標は、彼らの自立です。段階を踏んで、彼ら自身で曲順を決めたり、オリジナル曲を作ったうえで演奏やダンスの演出をするなど、すべてのことを自分たちで創っていくワークショップです。 譜面に書いてあることをゲームや遊びの設計図と捉えて、それをどんどん壊していって遊び方を教えます。子供たちがすごいのは、どんどん基本を壊して、おもしろい遊びを発見していくところですね。たとえば、演奏中にいろんなサインを決めてジャンプするなど、基本をベースにあらゆる遊びやゲームを発見していくんですよ。
自主性を育てるには、遊びながら学ぶこと
── 同様の大人向けのワークショップは?
不破:東京・池袋、福島・いわきではもう4、5年やっています。方々で教えていますが、ひとつとして同じものができないのがまたおもしろいところなんです。彼らのやりたいことがあるうえで、僕らはあくまで、こういうやり方もあるよというヒントを提示するだけです。彼らはヒントを得ると、やり方をどんどん改良して、オリジナルの新しいものを創っていくようになるんですよ。── 各グループのなかに"プチ不破さん"ならぬ"ダンドリスト"が誕生したりするんですか?
不破:ワークショップで知り合ったメンバーが個別に新しくバンドをつくったりしていて、そのなかではやはり仕切り役やリーダーが浮上していますね。ワークショップに参加している人は、医者もいれば、印刷会社の社長やデザイナー、公認会計士、公務員、保母さん、土木作業員、主婦などさまざまですね。踊ったことはないけど、これを機に踊ってみたいという初心者もいます。
ひとつだけ自慢なのは、以前は掃除の手伝いを嫌がっていた子供たちが、渋さ知らズのワークショップに参加するようになってから進んでやってくれるようになったと、父兄の方から報告があったことです。僕としてもそれは嬉しかったですね。遊びながら学ぶと、何をやっても楽しくなって、理屈で説明するよりも会得しやすいのかもしれません。遊びの理屈がわかると、すべての通りがよくなってすべておもしろくなってしまうということでしょうか。

人を育てると、できる人ができない人を引き上げる現象が起こる
── バンド活動の枠を超えて、社会貢献もされているんですね。ワークショップを通じて一番伝えたいと思っていることはなんですか?
不破:参加者の中には、音大に入れるようなレベルの子がいたり、近い将来、いいジャズマンになれそうな才能の子がいたりするわけです。そういう子たちが、自然とできない子に自発的に教え始めたんですよ。始まった当初は、明らかにできる子はできない子を疎ましく思う感じもありまして。なんですけど、次第にみんなでやる楽しさを覚えて、「ここはこうすればできる」などと助言し始めたんです。つまり、ワークショップ内ワークショップが発生したんですね。本来の意味で同じ船に乗り始めるという現象です。僕はそれに感動しましたし、できる人たちの精神がより透明というか瑞々しくなっていくのを感じ、嬉しく思いました。逆にこちらの方が教わることが多かったですね。 その先にあったのは、「楽しさ」です。それを共有するために、子供たちがお互いに成長していったんだと思うんです。渋さ知らずの根底にあるものもまた、「楽しさ」なのですが、実は、今から10年以上前にドイツやイギリス、イタリアなどでツアーに出て、観衆受けする雛形のようなものができ上がったんですよ。そのとき、うちの舞台監督の阿部田保彦(あべだやすひこ)が、もう渋さ知らズをやめようと言い出したんです。時を同じくして、フジロックにも出演を果たし、何万人ものお客さんが喜んでくれて、バンドマン冥利に尽きる思いだったのですが、阿部田くんがもう渋さ知らズは完成したからやめようと。今後やれることは、パターンを変えてそれを続けていくことぐらいしかできないからやめようと言うんです。僕もまったくその通りだと思いました。この先はないなと思いましたね。
できあがった雛形をあえて壊して、新しいものを生み出す
── 絶頂期に、そんなことを感じていたとは、意外です。
不破:以来、曲順を決めて、ダンサーの立ち位置からソロ演奏のタイミングまで、事前に設計するのをやめて、ライブごとにその場で決定することにしたんです。── 全体のディレクションをするとき、不破さんはメンバーにどんなふうに指示したり、声をかけたりするんですか?
不破:たとえば美術担当が根詰めて何かをつくっていたら、ベストじゃなくてもいいからベターを目指しなさいとアドバイスしたり。結局、号令をかけても、みんな一丸のペースになんてなれないんですよ。逆にそうなったとしたら気持ち悪いですよね。だから、僕のコピーのようなバンドメンバーだったら、全員クビにします(笑)。僕の考えを尊宅して、忠実に応えてくるヤツがこのバンドに1人もいないことは、僕はとても素敵なことだと思っていますね。
僕の思いを忠実に再現してもらうだけなら、別に彼らじゃなくて楽器ができたり、ものがつくれる人がいればいいんですよ。僕の意見を再現してくれるだけの人間だったらいらないんです。だけど、メンバー同士がどんどんキャッチボールして、ときにはデッドボールとか剛速球が飛んでくるなかで仕事したり、ものをつくっていく作業が楽しいんですよ。

「お金」よりも「楽しさ」というブレないプライオリティがあるから若手も集まる
── ライブのオファーはますます増えていますよね。
不破:近年、多い年だと年間200本ぐらいありましたね。ただ、最近は少し減らす方向にあります。もちろん、仕事はしたいんですけど、いいライブをするには、限度があるんです。ある程度バンドの"型"ができて先がないなと思ったという話にも通じるのですが、ただ求められることをするだけでは、観衆に新しいものを提供できないし、僕らも成長できないと思うんです。それに単純にライブの数を増やしても、僕ら自身が楽しめないなら意味がないんです。ライブでお金を稼ぎたいという考えは、僕を含め、メンバー全員、基本的に持っていないんですよ。いかに楽しめるか、楽しませられるかということが目的なんです。とはいえ、もちろんお金も大事なのですが、それよりも上位にあるのが、楽しめるか否かなんです。
── それは音楽をやっている最大の理由にもつながりますよね?
不破:はい、僕が音楽をやっている理由は、18歳ぐらいの頃に先輩ミュージシャンのフルート奏者とフリーセッションをやったんですが、当然未成年なので酒も飲まず、あらゆるドラッグもやらない状態で、肉体と精神がイッてしまったことがあったんです。その気持ち良さをもう一回味わいたいというのが、僕の音楽をやる原動力なんです。その快楽に叶うものがいまだにないぐらいです。いい映画を見たり、いい絵をみたときに総毛立つということがありますよね?それに近い感覚です。それに近い感覚は、奏者に限らず、うちでは美術担当でも持ち合わせていて、みんなを驚かせるのを楽しみにワクワクしながら制作してたりするんですよ。
── 根底にある「楽しみたい、楽しませたい」という思いが、つながってるんですね。
不破:そのブレのない軸をつくり、体現して見せているのが、僕の役割なのかもしれません。でも、実は今一番邪魔なのは、「渋さ知らズ」というバンド名なんです。渋さ知らズは、会社組織のように利益を目的にしているわけではなく、あくまでコミュニティです。個人の気持ちよさや感動を体験することを利益としているわけです。システムの象徴のようにバンド名があると、実は根底がブレやすいんですよ。── バンドをつくってきた不破さん自らそのシステムを否定するのは意外ですね。
不破:メンバーに対して、バンド名を背負ってほしいという傲慢さはあまりなくて、それぞれが単純に大勢の中の個人であって、一緒にものを作ったり、時には間違えたり、それを後押ししたりしているというだけなんですよね。大所帯化して、仕事の幅が増えてきましたが、渋さ知らズはいまだ途中経過で、完成形じゃないんですよ。僕が今いるのは、まだまだ途中で、今後、僕自身も変わっていくだろうし、新しいことを取り入れていくんだと思います。(直近の渋さ知らズのライブスケジュール)
6/22 下北沢アポロ/立花秀輝duo不破大輔ゲスト加藤一平
6/24 入谷なってるハウス/山口コーイチduo磯部潤ゲスト不破大輔
(写真提供/山下恭弘、ライター/庄司真美)