敏腕クリエイターやビジネスパーソンに仕事術を学ぶ「HOW I WORK」シリーズ。
今回は、株式会社ジンズ(以下、ジンズ)で働く井上一鷹(いのうえ・かずたか)さんの仕事術です。
井上さんは、ジンズでメガネ型ウェアラブルデバイス「JINS MEME(ジンズミーム)」の開発に携わる傍ら、会員制ワークスペース「Think Lab(シンクラボ)」のプロジェクトリーダーを兼任しています。
身につけた人の目の動きや体の傾きなどを計測し、集中状態を「見える化」したJINS MEME。
そして、JINS MEMEから得た情報をもとに「世界一集中できる場所」を目指した場所としてつくられたのがThink Labです。光・音・植物・家具などさまざまな「集中しやすい」要素が施されています。
そんな「集中」を追求する井上さんの仕事術はもちろん、ビジネスパーソンが今日から実践できる集中力を高める方法などについても話を聞きました。
アイデアは出せてもイノベーションを起こせなかった過去

――まず、略歴と現在の仕事に至るまでの経緯を教えていただけますか?
慶応義塾大学理工学部を卒業後、戦略コンサルティングファームの「アーサー・D・リトル」に入社して、事業戦略や技術経営戦略、人事組織戦略などの立案をしていました。
だけど、コンサルティングができるのはアイデアを出すところまで。イノベーションを起こすためには、内部の人が周りを巻き込んで「実行」しないといけません。次第に、外から革新を起こすのは難しいのではないかという思いが強くなりました。
また、以前から「手に持てる・実体のある商品を作ってみたい」という思いもあり、縁があって2012年にジンズに入社しました。現在は、JINS MEMEから得た情報を活用して、集中力を高める空間づくりをするThink Labの事業に携わっている時間がほとんどです。
効率よく働くポイントは「昼食をとらないこと」
――仕事の1日の流れについて教えてください
コンサルティング業界は夜型で、私もかつては完全に昼夜逆転のスタイルでした。朝4時ごろまで仕事をしてタクシーで帰宅、午前11時に出社といった生活。
ですが、実は自分は「朝型」の人間だと判明したんです。というのも、JINS MEMEで計測したところ、私が一番集中している時間帯は朝7時〜9時の間。つまり、今までとても効率の悪い働き方をしていたというわけです。
日本人は遺伝子的に約97%の人が「朝型」だと言われています。実際に遺伝子検査を受けたところ、こちらでも私は「朝型」だと診断されました。
自分が最も集中できる時間帯に働いた方が効率よく仕事を進められるので、現在は朝型の生活に変えて、18時までには仕事を終えるように調整を心がけています。

食事に関して言うと、基本的に昼食はとりません。
オフィス街のメニューは、効率よくカロリーを摂取できるように炭水化物メインのものばかり。でも、それでは血糖値が大きく上がってしまい、眠気を引き起こすんです。私の場合14時〜16時のパフォーマンスが落ちていました。
どうしても何か口にしないといけないときは、低GI食品(食後血糖値の上昇度がゆるやかな食品)にするよう心がけています。サラダから食べる、高タンパクのものから食べるなど、食べ方に気をつけるだけでも血糖値の急上昇を抑えることができます。
とはいえ、私は朝も食べないので、1日1食という状態ですね。効率と健康どちらも両立させるのは難しそうですね(笑)。
「集中する時間」は会議と同じくらい重要。スケジュールにきちんと組み込むべき
――お気に入りの時間節約術やライフハックは何ですか?
JINS MEMEを通じた研究で、集中力を高める方法は25種類あることがわかっています。ここでは私が行なっている簡単なものを紹介します。
▼スマートフォンを裏返す
仕事もSNSもゲームも、スマホ1台あればなんでもできます。このマルチ化が集中を妨げる原因の1つ。だから、つい手にとってしまわないように、裏返して置いておく。通知をすべてオフにしておくというのも効果的です。
そして、世の中の習慣にしたいのが「スマホを裏返している人は集中しているから話しかけない」というルール。チームのみんなにも言っていますが、誰も実践してくれないですね(笑)。
▼スケジュールに「集中」の時間を組み込む
スケジュールが会議や打ち合わせから埋まっていくのは仕方ないことです。
でも、打ち合わせなどの用事が入っていない場所を指して人は「空いている」って言うんですよ。これが、本当によくない。
まとまった時間が取れたら「集中」とカレンダーに入れて、チームや同僚と共有するんです。そして、お互いが話しかけない時間を確保する。
仕事にイノベーションを起こすには「コミュニケーション」と「集中」の両方が大切なのに、オフィスでは「集中」が軽視されがちです。
▼作業によって場所を変える
アクティビティ・ベースド・ワーキングが最近有名ですが、場所を変えることって結構大事で、集中の切り替えがスムーズにできるんです。
また、「企画書をつくるとき」「資料づくりをするとき」など、仕事内容によって適切な場所というのがあるのも事実。
たとえば、アイデア出しなどのクリエイティブな作業のときは視野を広くしたほうがいいので、視線が上を向く姿勢になるのがいい手法です。私の場合、ビル内にあるカフェに低いソファー席があるので、何かを考えるときはたいていそこにいます。
「緊張」と「緩和」が集中状態を生み出す

――そのほかにビジネスパーソンが今すぐ実践できる集中力の高め方はありますか?
集中力を高めるには、まず環境と体調を整えて、取り組み方を変えること。
マインドフルネスや瞑想という方法もありますが、慣れないと集中力を高めることはできません。ここからは私が実践しているわけではないですが、効果のある集中方法についてお伝えします。
▼ポモドーロ・テクニック
25分は集中して仕事を進めて、5分休む。この集中と休憩の繰り返しをポモドーロ・テクニックと言います。これでインターバル練習のように緩急をつけることができます。
App Storeなどで検索するとタイマー機能のついたアプリがたくさんありますよ。
▼アクティブレスト(パワーナップ)
昼食後の20分程度は仮眠をとったほうがいいでしょう。睡眠は脳を活性化させ、記憶力や集中力を向上させてくれます。私も取り入れたいと思ってはいるものの、なかなか難しいです。
友人は、本気で集中したいときは1日に3回くらい昼寝の時間をとるそうです。その友人にとっては起床後3時間がもっともパフォーマンスが高く、思い切って休んだ方が集中しやすいという例だと思います。
▼深呼吸で「緊張」と「緩和」をつくる
集中を生み出すのに重要なのが、「緊張」と「緩和」だと言われています。息を吸うのが「緊張」で、吐くのは「緩和」。これを意識的にやることで集中しやすくなります。
以前アスリートが実践する「ルーティン」が流行りましたが、深呼吸をするのもそれと同じことです。
実は、この「緊張」と「緩和」の2つが共存しているのが寺社仏閣なのですが、Think Labのエントランスはその寺社仏閣をイメージしています。
初めに暗い参道を通ってもらうことで緊張状態をつくり出し、その後ひらけた明るいオフィスにでると緊張が緩和され、「集中」に入ることができるという仕組み。
そうして、交感神経と副交感神経の両方を同時に活性化させた状態が「集中」です。この「集中」に入るのに、深呼吸は一番簡単な方法だと思います。

受動的に仕事はしない。だから定期券は買わない
――パフォーマンスを上げるための方法にはどんなものがありますか?
寝る前のスマホをやめてデジタルデトックスをするとか、コーヒーや紅茶を飲んで頭を切り替えるとか…。人によって合った方法というのはさまざまです。
ただ、1日に人が集中できるのは4時間ほどだと言われています。だから、仕事ができる人・パフォーマンスの高い人は、人に仕事を任せることが上手な人とも考えています。
1日に自分ができることは限られているわけですから、余剰分や自分の苦手な分野の仕事は得意な人に任せて、ほかのタスクに注力する方が効率よく成果を上げられると思います。

――仕事をするうえでのこだわりなどがあれば教えてください
「能動的に」仕事に取り組む個人的な方法として「定期券を買わない」というルールがあります。「自分の意志で会社に行っている」という意識を持ちたいんですよね。
定期券を持つと「使わないと損をする」とか「半年後も変わらず同じ会社で働くのか?」という考えに取りつかれてしまうような気がするんです。
また、打ち合わせ先から直帰することが多いので、金額的にも変わらないし。だったら「定期券は買わなくていいや」と。
スマホと同僚が邪魔をする。コミュニケーションツールは最小限に
── 「これがないと生きられない」というアプリ・ソフト・ツールは?
普通のコクヨのノートと、ノートパソコン。あと、ふとしたときに沸いてきたアイデアもすぐ残せるよう、スマホの「メモ帳」アプリを使っています。メモした知識を蓄積しておいて、それらを知恵に変えるときにノートへ書き出す。PCはそれをまとめる役割です。

また、これは同僚がやっていた方法ですが、仕事のジャンルによってPCを分けるというのも良いと思います。デバイスを分けることで脳のスイッチを切り替えるイメージです。
アイデア出しなどの「クリエイティブな仕事用PC」は画面の光量を上げて自分を覚醒させる。いっぽう資料作成などの「単純作業用PC」では、ブルーライトを落としておく、といった具合。
先ほども話しましたが、視野を広くしたほうがものを考えるのには向いているので、アイデア出しをするときにはホワイトボードを使うことも多いです。
それと、基本的に私は電話にでません。連絡手段は「メッセンジャー」アプリに限定しています。コミニュケーションツールをなるべく最小限に抑えるようにしているんです。あまりにもSNSなどが乱立していて、すべてに対応していると自身の注意力が分散してしまう。手に負えないです。
集中を邪魔するのは、スマホと同僚。電話にでないのもビジネスチャットを確認しないのも、最初はハードルが高いかもしれない。けど、周りに分かってもらえれば「見てない人」扱いで接してもらえますから。
内部から革新を起こすイントレプレナーが注目されたっていい
――おすすめの本はありますか?
「人生に影響を与えた本」という観点だと2つあります。
1つは『ロジカルプレゼンテーションー自分の考えを効果的に伝える戦略コンサルタントの「提案の技術」』(高田 貴久 著、英治出版)。コンサルティング時代の先輩が書いた本です。
もう1つは『修身教授録』(森 信三 著、致知出版社)。指針になる一冊ですね。ぜひ読んでみていただきたいです。
ほかには、最近読んだ中だと、アートをロジカルに語る『シュルレアリスムとは何か』(巖谷 國士 著、筑摩書房)もおもしろかったです。

ビジネス書などは仕事で必要になったら必ず読むことになるので、普段は小説を好んで読んでいます。話の前提を理解するのがラクなので、ジャンルは歴史小説が多いですね。特に佐藤賢一さんが書かれているものが好きです。
また、ビジネス書などはKindleで読むことが多いですが、趣味で読む小説は紙で読んでいます。
――これまでにもらったアドバイスや言葉で印象深いものを教えてください
ジンズ代表の田中仁にフィードバックの面談で言われた、「お前は幸せだ」という言葉。
サラリーマンのおもしろさって、会社のお金を使って、いろんな挑戦ができるところだと思います。それを私は実際にやらせてもらえていますからね。
世間ではアントレプレナーがかっこいいともてはやされています。確かに自分の資金で、背水の陣でやっている姿はすごい。だけど、もっとイントレプレナーが注目されてもいいんじゃないかって。
「企業の資金を使って新しいものをつくれ」と言われていて、その言葉は私の行動指針になっています。
あと、自分で悶々と考え込む前に「遠い人に自分の仕事について話せ」とも言われます。
たとえば、62歳になる母親にかつてJINS MEMEのことを話したことがありました。すると「全然わかんない」「私がわかんないってことは売れないよ」とかって言われちゃって(笑)。
だけど、本当にそうで。仕事をしていると、似た考えを持つ人が周りに集まってくる。そうすると、どんどん自分が正しいような気になっちゃう。
遠いところにいる人に話さないと考えが凝り固まってしまうんです。それをニュートラル化するために必要なことなんですよね。
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Photo: Yutaro Yamaguchi