米人気テレビ番組「Saturday Night Live」(SNL)は、新しく採用したコメディアンのShane Gillis氏を、採用発表からわずか5日でクビにしました。
性差別的、同性愛嫌悪的、人種差別的な発言(人種的中傷と中国語アクセントへの嘲りを含んだコメントもありました)をしたことが、ソーシャルメディアで取り沙汰されたことを受けての対応でした。
Gillis氏は最初の声明で、謝罪らしきものを試みました。
彼はTwitterに、「私は、きわどいネタで勝負するコメディアンです」と書き込みました。
「時には失敗もあります…私は、決して誰かを傷つけようと思っているのではなく、私がなりうる最高のコメディアンであろうとしたのであって、それは時にリスクを伴うのです」
そうしてさらなる批判を浴び、最終的にクビを言い渡されると、Gillis氏は謝らない姿勢をさらに強めました。
「コメディアンが公式見解を出すのは馬鹿げていると思いますが、そうなってしまいました。私は、SNLに出たほどのユーモアを持つコメディアンです。それを奪い去ることはできません」
Gillis氏Twitter投稿より引用翻訳
台湾系移民二世の民主党大統領候補であるAndrew Yang氏ら一部の人たちは、Gillis氏の声明を受け入れました。
けれども、下手な謝罪は、時に修正を余儀なくされることがあります。
もしあなたが誰かからひどい謝罪を受けた場合、それがささいなアクシデントに対してであろうと、「コメディー」として正当化された不適切な言葉に対してであろうと、大切なのは、自分の主張を明確にすることです。
そして、誰もが許されるわけではないと理解することです。
謝罪の不備について、指摘する
あなたが謝罪を受けた直後に、まだ自分の気持ちが伝わっていない、または汲んでもらえていないと思うなら、なぜ自分の気持ちが晴れないのかを正確に相手に伝えましょう。
もしかしたらあなたは、相手の謝罪が限定的であるような気がしたか(謝罪の言葉のあとに「でも…」が付いていたケース)、その謝罪がほとんど偽善的だと感じたのかもしれません(「そう受け取られたとしたならすみませんでした」という、よくある言い方)。
こうした言い方や、自らの振る舞いに対する見え透いた言い訳(「私は、きわどいネタで勝負するコメディアンです」など)を耳にしたら、どうして謝罪が不十分だと感じるのか、その理由を冷静に挙げて、自分の主張を繰り返しましょう。
誠実な謝罪は、率直に感じられると同時に、その人の行動に対する責任と、「誤った言動を二度と繰り返さない」という誓いが表明されていなければなりません(「私は大きな間違いを犯しました」は良い切り口です)。
責任逃れではない説明には、しっかりと耳を傾けましょう。
最近のRedditのスレッド上で、あるユーザーはこう書き込んでいます。
「私は謝る時に、いつも説明します。それ以外にどうやって、自分の謝罪を真摯なものにすればいいのでしょうか?」
「私がなぜそうしたのか、何が私をそうさせたのか、そして、なぜ/どのようにして自分が間違っていたことに気付いたのかをわかって欲しいのです。間違いに関しては、その意図が重要なのです」
Redditより引用翻訳
謝罪とは、謝罪を行う人が真摯で誠実であるかについて、どんな疑念もわかないようなものでなければなりません。
謝罪中のトーンから、誠意が感じられなければなりません。
もし機械的な印象を受けたなら、それはおそらく、あなたが求めている謝罪ではないでしょう。
自責の念が感じられ、後悔の気持ちが表れているのであれば、それは誠実な謝罪かもしれません。
それを判断できるのはあなただけです。
改めて謝罪する機会を与える
もしかしたら、あなたに謝らなければならない人は、あなたをどれだけ傷つけ、不快にしたのかを認識していなかったのかもしれません。
あるいは、あなたが伝えたことのすべてを聞いていなかったのかもしれません。
あなたの主張を繰り返し言い聞かせたら、彼らには、ちゃんとした謝罪をする(そして、あなたがまだ解決していないとなぜ思っているのか、その理由や経緯をしっかり理解する)チャンスを与えなければいけません。
もちろん、(人種差別的ジョークなどの)ある種の間違いは、理解が難しいものではないはずですが、本当に、自分が犯した間違いについてよく理解していない人もいるかもしれません。
あなたが寛大な気持ちでいる場合は、彼らには間違いを学ぶチャンスを与えてあげましょう。
その一方で、覚えておいてほしいのは、あなた自身にも、彼らを許す判断をするための時間が与えられてしかるべきだということです。
一晩や1本の電話で解決するようなことばかりではありません。ですから、すぐに摩擦を解消しようとする相手のプレッシャーに屈してはいけません。
相手を許さなければならないわけではない
ひとつ、心に留めておいて欲しいことがあります。
不適切な謝罪であれ、心からの真摯な謝罪であれ、あなたには、すべての人を許さなければならない義務などありません。
もちろん、知らない人がぶつかってきて、あなたのコーヒーがこぼれてしまったようなささいなアクシデントであれば、即座に誠実な謝罪があればそれで十分なはずです。
Redditユーザーのu/elaphrosさんは、「誰かがトラブルを起こして本当に心からの謝罪をしたのなら、それにいつまでもこだわって、絶対にその人を許さないようなことはやめましょう」と書いています。
「腹を立てるのは良いのです。恨みを持ち続けるのがダメなのです」。
こうした場合の許しはすぐに表明されるべきですが、相手が本当に嫌なやつだった場合は、中指を立てるのも効果的でしょう。
その一方で、例えば人種的中傷や発音の揶揄で笑いを取るジョークのような、倫理的に大きく逸脱したものについては、その相手の謝罪を受け入れる必要はありません。
一線を越えた迷惑行為を受けた時、特に相手の謝罪が正真正銘の後悔には至っていないと感じた場合(または、その相手の前歴から、今後同じ過ちを犯さないという十分な確証が得られない場合)は、あなたが判断を下して良いのです。
これはつまり、そうした人は社会から永遠にさげすまれるべきだということでしょうか?
たぶん、そうではないでしょう。
けれど、許しは努力によって得られるものであるべきです。
そして、いつ許しを与えるかは、あなたが判断することなのです。
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Image: Getty Images
Source: DAILY BEAST, Twitter, NY Times, Reddit
Josh Ocampo - Lifehacker US[原文:How to Respond to a Bullshit Apology]