乗用車など機械製造業が盛んな国、ドイツ。
同じモノ作り大国として、ドイツ人に親近感をおぼえる日本人は多いでしょう。
ところが、働き方においてドイツ人と日本人は、ほぼ正反対であることはご存知でしょうか。
ドイツ人と日本人の年間労働時間の差は、354時間
分かりやすいのが、年間の労働時間。OECDの2017年の調査では、ドイツ人の年間労働時間は1356時間で、OECD加盟国中もっとも短いです。対して日本人は1710時間で、その差は354時間。有給休暇をみても、ドイツ人はほぼ100%の消化率で、日本人と対照的です。
両国民のそうした相違点を、『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか 』(青春出版社)で論じたのが、ドイツに在住しているフリージャーナリストの熊谷徹さんです。
本書では、労働時間に大きな差が生まれる理由をいくつか挙げていますが、その1つが法律。
ドイツ人の労働時間が短い理由
1日の労働時間は原則8時間まで。延ばせても10時間で、しかも残業した分だけ、後日早めに切り上げて相殺することが求められます。
経営者がこれを守らない場合、罰金もしくは(悪質なケースでは)禁固刑という厳しいペナルティが課せられます。
また閉店法という法律があって、キオスクなどの例外を除き、店舗は平日・土曜の午後8時~午前6時は営業禁止、日曜・祝日は終日営業できません。
仕事は生活の糧を得る手段に過ぎない
もう1つの理由として、大半のドイツ人は、「仕事はあくまでも生活の糧を得るための手段に過ぎない。個人の生活を犠牲にはしない」という職業観を持っている点を、熊谷さんは指摘しています。
仕事で自己実現を目指すとか、過労レベルまで仕事に打ち込むのは、一部の野心家を除いて稀だそうです。
夏季に2~3週間の長期休暇をとるのも当たり前で、年が明けるや夏季休暇の計画を練り始めるとか。
では、日本人より労働時間がずっと少ないから、その分経済力が低いかと言えば、さにあらず。
日本人1人あたりのGDPは約3.8万ドルに対し、ドイツ人は約4.3万ドル。労働生産性に至っては、約1.5倍もドイツ人が優っている事実を挙げています。
なぜ、このような差が生まれるのでしょうか。それについて、熊谷さんは以下のように論じています。
ドイツ人は、効率性を非常に重視する
熊谷さんは、「ドイツ人の行動パターンを理解する上で最も重要なキーワードは効率性」だと述べています。
仕事にかける手間暇は最小限に抑えつつ、最大の効果を上げることを優先する働き方が、結果として高い生産性につながっているとしています。
ドイツ人は仕事をする際に慌てて取りかからない。仕事を始める前に、注ぎ込む労力や費用、時間を、仕事から得られる成果や見返りと比較する。
仕事から得られる成果が、手順や費用に比べて少ないと見られる場合には、初めからその仕事はやらない。
もし日本ならば、仕事を発注する側の顧客が、担当企業から「見返りに比べて費用がかかりすぎるので、うちではできない」と言われたら、顧客は激怒するだろう。
顧客はその会社に二度と発注しないかもしれない。だが、ドイツではこういう説明を受けても激怒せずに納得する発注者が多い。
発注者自身も常に費用対効果のバランスを考えながら仕事をしているからだ
『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』 P.80より引用
効率化と関連して、自宅のパソコンから企業のサーバーにログインして仕事をする「ホーム・オフィス」制度も急速に普及しているそうです。
業種的に毎日は無理でも「毎週金曜日は、ホーム・オフィス」というふうに、フレキシブルに採り入れている社員も多く、通勤時間をなくして効率化を図ろうとする気持ちは、大半の日本人よりも大きいです。
職場にも浸透している個人主義
ドイツ人の気質の特徴として、強い個人主義があります。
これが職場にも浸透しているため、同僚に気兼ねして定時で帰れないとか、有給休暇が取りにくいという雰囲気がないことも指摘されています。
集団の調和を重視する日本の教育システムは、「他の人が額に汗して働いている時に、自分だけが遊んではいけない」という罪悪感を植え付ける。
他の人が苦労している時には、自分も苦労することによって、集団との一体感と安心感を得る。
だが、ドイツ人の間では、こうした罪悪感はゼロに等しい。
ドイツ人は、次の日から2~3週間休む同僚に対して「休暇を思う存分楽しんできてね」とか「仕事を忘れて、ゆっくり身体を休めてね」という言葉をかける。
『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』 P.94より引用
このように個人主義が徹底しているドイツでは、同僚・上司に対する日本人的な忖度がいらないわけです。
そのため、無用の長時間労働が避けられ、生産性の向上に結びついているのでしょう。
過剰なサービスとは無縁
熊谷さんは、日本の自動車産業の労働生産性は「ドイツよりもはるかに高い」ものの、サービス業のそれは「ドイツよりも大幅に低い」という特徴に言及しています。
つまり、サービス業が、全体の労働生産性の足を引っ張っているかたちになるわけですが、これは日本特有の「過剰サービス」に素因があるとしています。
サービス業に限らず、例えばパン屋の包装1つとっても、「パンを1個ずつ透明なビニール袋に包んだ上、全てのパンを大きなビニール袋に入れてくれる」と、お客さん目線ではありがたいものの、そこまでやるのはどうかと疑問を投げかけます。
一方で、ドイツは「サービス砂漠」。
食品の包装はもちろん、レストランでウェイターが注文を取りに来ない、郵便物の再配達制度がない、ホテルスタッフは細かいニーズに応じないなど、いかにドイツのサービスレベルが低いかが説かれます。
ただ、ドイツ人は「なんでも自分でやる」精神が息づいていることもあって、自国のサービスが良くないこととは折り合いをつけており、とやかく言わないそうです。
逆に「おもてなし大国」の日本には、生産性や労働条件を押し下げてしまう要因が多々あるのではないかと述べています。
日本のおもてなしは客にとっては素晴らしいことだが、サービスを提供する側にとっては、過重な負担になっているのではないか。
日本の店員や郵便局員の労働条件は、サービスの手抜きをしているドイツ人よりも、悪くなっているのではないか
『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』 P.56より引用
ドイツ人のワークスタイルから日本人が学ぶべきこと
休日も積極的にとらず、長時間労働に励んでいるのに、生産性でドイツ人に劣るわれわれ日本人は、ドイツ人から何を学びとるべきでしょうか。
熊谷さんは、終章でいくつかの提言をしています。その中から、個人・組織レベルで実行できそうなものをピックアップしてみましょう。
1. サービスへの期待値を下げる
パン屋でパンを1個ずつ小袋に入れて、さらに大きな袋に入れるといった「過剰サービス」を当然と思うのではなく、「客の側がサービス期待度を下げる」方向へ意識を変えるのが重要だとしています。
個々人の意識が変わると、お店の側も過剰サービスを見直し、スタッフの負担が軽くなり、商品価格が下がり、無用な社会的コストが減っていきます。
2. 仕事の属人性を薄める
熊谷さんは、長期休暇の取得は、ワークライフバランスの維持や心の健康管理という点で「非常に重要」だと言います。その障害になるのが、仕事の属人性。
「私が電話をかけたら必ず自分の担当者に対応してもらわねばだめだ」というふうに、仕事に属人性があると、いつまで経っても長期休暇を取ることはできません。
そこで、社内だけでなく社外の人も巻き込んで、属人性を薄める取り組みがすすめられています。
3. 金銭では測れない価値を意識する
1人あたりのGDPは日本より高いですが、多くのドイツ人は一生懸命働いてお金を稼ぐことにそれほど重きを置いていないそうです。
特に若い層には、「非金銭的な充実感を得るためには、収入が減ることもあえて受け入れる」人が増えており、これから主流となるライフスタイルとして、日本人は見習うべき点があるとしています。
本書の書名『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか 』が示唆するように、熊谷さんは、日本人がドイツ人並みの効率性を持って仕事に邁進することよりもむしろ、「金銭では測れない価値」に目を向けることに力点を置いています。
それは趣味であったり、自然と触れることであったり、人によって様々でしょう。
そうしたものがないと、残業を減らして早く帰宅したところで、「やることがない」という結果を招いてしまいます。
ワークライフバランスの本当の意味を考える材料としても、本書は一読する価値はあるでしょう。
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Image: Shutterstock.com
Source: OECD,『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』