正月休みに古い友人が集まる機会があって、とりとめもない子育て談議にふけるうち、「子どもたちがスマホゲームばかりやって本も読まない」というありふれた話題に流れ着いた。
集まった友人のなかにゲーム開発者のAがいたから、たまたまこの話になったのかもしれない。
でも、実際にスマホゲームは流行りすぎとみんなが感じていて、その片棒を担いでいる彼を少し腐してやりたい気持ちが出てきた、というのが本当のところだろう。
とにかく、この話題はやけに盛り上がった。
ずっと黙って聞いていたAだが、一通りみんなが話し終わったところでおもむろに、「それなら、お子さんたち集めてよ。ゲームが嫌になる話をしてあげるから」と言い出した。
そんなわけで、ここから先はAの話になる。
「ゲームが嫌になる話」は、翌月に子どもたちを集めて本当に実現したのである。
Business Insider Japan編集部にこのエピソードを伝えたところ、ぜひ記事にしてほしいとのことだったので、まるごと伝聞するつもりでご紹介する。
また、Aも業界内での立場などあるだろうから、匿名とすることをご理解いただきたい。
ゲームはちゃんと課金してやってるかな?

みんなスマホゲームは好き? どんなゲームやっているの?
(集まった子どもたちが口ごもる。ゲーム開発者のAに興味津々だが、後ろに親が控えているので、すらすら答えるのはマズいと感じているのだろう。かろうじて一人が「『荒野行動』(=中国発の人気ゲーム)とか……」と答えた)
僕は学生時代から25年間ゲームづくりに没頭してきたから、君らのお父さんと違って、ゲーム好きは上等なことだと思っている。
ゲームを通じてたくさんのことを学べる。僕の場合、結婚だってゲームがきっかけだ。
ただ、親ってなかなかゲームの良さは理解してくれないものだ。
でね、今日みんなに話したいのは、「ゲームは課金してやってほしい」ということなんだ。ちゃんと課金してやってるかな?
(子どもたちの表情が一気に曇る。なんだ課金しろって話か、という顔。小・中学生たちのほとんどは当然ながら無課金でプレイしているから、当然だ)
マリオとクリボーの関係を考えてみよう
スーパーマリオブラザーズはやったことある?
始めるとすぐにクリボーっていうザコキャラが出てくるんだ。茶色いキノコの形で、ゆっくり歩いてくる。
なんで「ザコキャラ」なのかと言うと、いつも動きがワンパターンだから。
ゲームの開発者って、この数十年間、クリボーみたいなキャラにワンパターンではない奇想天外な動きをさせて、ゲームを面白くしようと考えてきたんだ。
クリボーの動きをマンネリ化させないアプローチは二つある。
一つは、僕のような日本のパッケージソフト開発者らしいやり方なのだけど、乱数を使って、動きが毎回変わるようプログラミングする方法。
もう一つは全然違うアプローチで、クリボーを誰か現実の人間に操作してもらう方法。対戦ゲームはまさにこれだ。
クリボーみたいな弱いキャラでも、実際に僕が操作して、マリオの行く道を本気で邪魔しようとすれば、ゲームはすごく楽しくなる。
ちゃんと対処しないとやられるけど、武器も何も持っていないから、落ち着いて上から踏みつければ確実に倒せる。
クリボーの裏には負かされた現実の人間もいるので、勝利の喜びもひとしおだ。毎回プレイの内容が変わるから、ゲームに飽きが来ない。
無課金プレーヤーは「ザコキャラ操作マン」

だけど、このやり方にはどう考えても欠点があるよね。
プレイするたびに、誰かにクリボーを操作してもらわなくちゃいけないってことだ。それもたくさんの人に。
マリオ1人に対して、4、5人はザコキャラ操作マンを集める必要がある。
でも、みんなもわかると思うけど、できればザコはやりたくない。マリオをやりたい。そこそこ強い敵キャラを使って主人公と戦うゲームならまだいいけどね。
明らかに力の違いがあるザコキャラを演じるなら、お給料くれよって話になるかもしれない。
ところが、この操作をただでやってくれる人をたくさん集める方法を誰かが思いついた。これがスマホゲームという発明。
ザコキャラの操作を無料で担当することを「無課金プレイヤー」と言うんだ。
課金プレイヤーから見れば、自分はマリオ、無課金プレイヤーはクリボー操作担当ってことになる。
例えば、バトルロイヤルゲーム「荒野行動」に出てくるザコキャラを操作して殺される役目があるとしたら、それはある意味仕事だ。
もし(エアガンなどを使う)リアルのサバイバルゲームだったら、よっぽど仲のいい友達でもない限り、お給料を払わないと集まらないよね。

それなのにスマホゲームだと、課金プレイヤーに負けたり殺されたりする運命のザコキャラ(無課金プレイヤー)を操作しているのに、なぜか楽しめてしまう…不思議な話だと思わない?
もったいないよね。仕事するなら、ちゃんとお金もらった方がいいと思うんだ。
課金プレイヤーがスコアランキングの上位に表示されるよう、下位のランキングを埋める役割とか、300円のアイテム一つ獲得するのに5時間反復作業するとか、むやみに安く働くのもよくないよね。
みんなは「(課金すればいくらでも強くなれるから)課金したら負け」って思っているかもしれない。
だけど、自分の時間はただじゃないんだ。
そう言う大人にも、サービス残業とか過剰サービスっていう無料の仕事をする悪いクセがあって、いまみんなでやめようと頑張っている。
修行、下積みという名のもとに、ただ働きする悪いクセもある。
だから、みんな気をつけてほしい。世界のいろんなところに、ただで働いてしまう、働かされてしまう仕掛けがあるんだってことに。
そして、子どもたちはゲームをやめた

以上がAの話である。無課金イコール無償労働、と断定するのはやや極論に過ぎるし、Aにとって本意でもないだろう。
筆者も無課金プレイが一概に人をだますような行為だとまでは思わない。
また、大人の課金プレイヤーたちが無制限にお金を注ぎ込み、それが世界各地で深刻なスマホ依存症を生み出しているのも知っているので、課金ならOKとも思わない。
しかし結果として、友人たちが願った通り、Aの話を聞いた多くの子どもたちが(ついでに親たちも)スマホゲーム依存から離れる結果となった。
Aが指摘するとおり、スマホゲームに限らず、社会にはさまざまな無償労働とも言えるものがあふれている。
労働って何だろう、遊びって何だろう。
いずれにしても、仕事であれ遊びであれ、貴重な時間を何に使っているか、何かに浪費させられていないかをしっかり見つめて生きていこうというAのメッセージは重要だ。
同時に、仕事と生活、受益者と生産者、営利と非営利、あらゆる境界線があいまい化している現代社会の生き方を考える奥深い見方を提供してくれるという意味でも、Aの話は示唆に富むものではないだろうか。
まあ、そこまで深く考えずとも、スマホゲーム中毒のお子さんにぜひ聞かせてあげたい話であることに、変わりはないのだが。
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秋山輝之(あきやま・てるゆき):株式会社ベクトル取締役副社長。1973年東京都生まれ。東京大学卒業後、1996年ダイエー入社。人事部門で人事戦略の構築、要員人件費管理、人事制度の構築を担当後、2004年からベクトル。組織・人事コンサルタントとして、のべ150社の組織人事戦略構築・人事制度設計を支援。元経団連(現日本経団連)年金改革部会委員。著書に『実践人事制度改革』『退職金の教科書』。
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BUSINESS INSIDER JAPANより転載(2019.03.15)