日本のテレビの父とよばれる高柳健次郎氏は、浜松市出身。1926年、世界で初めてブラウン管にカタカナの「イ」を映すなど、テレビの基礎となる研究を行った人物です。

その教え子の1人である堀内平八郎氏らは、1953年に浜松テレビ株式会社を創業。その後、「光技術」のさらなる探究を目指して浜松ホトニクス株式会社に社名変更し、今や世界の光技術をリードする大企業にまで成長しました。

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提供: 光産業創成大学院大学

そして、そのバトンを受け継ぐ新世代の起業家を生み出すため、2005年に浜松ホトニクスが中心となって立ち上げたのが光産業創成大学院大学光に関する研究を行いながら、在学中の「起業」を前提としたカリキュラムを組んでいる、世界的にも珍しい大学です。

近年は同大学から光を活用した事業を展開する企業が数多く生まれ、いわゆる大学発ベンチャーの育成機関として注目を集めています。

今回は、光産業創成大学院大学の画期的な取り組みについて、瀧口義浩副学長にお話を伺うとともに、修了生であるパイフォト二クス株式会社池田貴裕社長にも、光の魅力や可能性についてインタビューを行いました。

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ブラウン管に映し出された「イ」の字

大学発ベンチャーを生む光産業創成大学院大学とは?

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Photo: 廣田達也

瀧口義浩(たきぐち・よしひろ)

光産業創成大学院大学副学長、株式会社TAKシステムイニシアティブ代表取締役 。1982年、浜松テレビ株式会社(現・浜松ホトニクス)入社。光産業創成大学院大学の設置構想段階から関わり、自身も株式会社TAKシステムイニシアティブを創業。平成30年4月1日より、同大学院大学の学長に就任予定。

── 浜松ホトニクスは世界でも有数の光関連企業ですが、なぜ大学院大学を創立したのでしょうか。

目的の1つは、浜松ホトニクスや名誉会長の晝馬輝夫(ひるま・てるお)が培ってきた経験や知見を、社員や今の若いビジネスパーソンに伝えることです。浜松ホトニクスは約3,300人の従業員がいる企業ですが、元々は現・静岡大学のOBが創業したベンチャー企業でした。創業からさまざまな苦難を乗り越え培ってきたものを、社会に還元したいという想いがあります。

また、本学の特徴は、在学中の起業を推奨していることです。一般的に社会人が博士課程に進む場合、座学で学びながら自分が経験してきたことを論文にまとめて、博士号を取ります。しかし、光産業創成大学院大学の学生は、自ら事業を興した上で、事業に必要な技術開発や経営に関する新たな知見を学術誌に論文として公表し、これに事業活動の成果を併せて学位論文にまとめます。ここまで実践的なカリキュラムは、世界中の大学を見渡しても珍しいと思います。

── 実践中心のカリキュラムということですね。

もちろん、実践だけではなく座学が大切なことも理解しています。たとえば、財務管理やマーケティングなどは、経営の基礎として学んでおく必要があります。加えて、我々は光に特化した大学ですので、光の知識も学んでもらわなければなりません。座学は実践に必要な知識の習得と位置づけています。

実践に重きをおきながらも、理解すべきことは理解してからビジネスをしましょうということです。

── 3年間のカリキュラムはどのような内容ですか?

最初の1年で光技術と経営を学び、残りの2年で事業を立ち上げる。これが基本です。2年間でプロダクトやサービスを作り、学会に参加し、ネットワークを作り、最終的にはそれらを論文にまとめます。

しかし、事業を立ち上げ、3年で軌道に載せるのは簡単なことではないため、本学には最長6年まで在学期間を延長できる制度があります。創立から約10年間で、90人あまりの学生が入学しており、現在そのうち30人が在学しながら研究開発を行っています。

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研究室にある機材は、数千万円単位のものが多数
Photo: 廣田達也

── 学生は浜松ホトニクスの社員が多いのでしょうか?

毎年6〜10人ほどが入学しますが、創立当初は浜松ホトニクスの社員が半数程度でした。しかし、年々その割合は減り、今年度は浜松ホトニクスの社員は1人もいません

学生は、企業からの派遣、経営者、個人の方で構成されます。インターネットで講義を受けられる遠隔授業にも取り組んでおり、全国各地にいながら学ぶことができます。目的は一人ひとり異なり、2代目として親の会社を引き継ぎ、新しい事業に取り組みたいという方もいれば、光について一から学び新たな事業につなげたいという目的で来る方もいます。

変化の激しい時代の中で、今までの事業だけをやっていては生き残れないと感じている方が、増えてきているのでしょう。特にグローバルな競争に直面している企業は、新しいものを積極的に取り入れなければ勝ち残っていけません。そこで、自社の技術に、「光」を取り入れて新しい事業を創出しようと考える企業が増えているようです。

── 光を使って事業の幅を広げようという動きがあるのですね。

その通りです。光応用産業と言われるように、光はさまざまな産業と相性がいい。たとえば農業。農作物の成長に欠かせない太陽光の代わりに、人工的な光を当てたら農作物にどのような影響が生じるのか。光センサーの技術を使うことで、生産効率を上げることができるなど、研究を行いながら新しい事業の可能性を模索しています。

── 光関係の事業を浜松で興すメリットはどこにありますか?

浜松には、日本のテレビの父と言われる高柳健次郎先生がいました。世界で初めて、ブラウン管を用いて電子映像表示に成功した方です。また、静岡大学の浜松キャンパスには電子工学研究所があり、光の研究をしやすい環境があったことも重要です。

このように、浜松は昔から光との関係が深い土地です。浜松ホトニクスを始め、本学からも全国で活躍する企業が多数出てきており、浜松の光応用産業は今盛り上がりを見せてきています。ほかの地域と比べて光に関わる人が多いので、事業で困った時にも誰かに相談できる環境が整っています。

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大学の壁に掲示された、光産業創成大学院大学から生まれた企業たち
Photo: 廣田達也

光一筋20年、パイフォトニクス代表・池田貴裕さん

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Photo: 廣田達也

池田貴裕(いけだ・たかひろ)

パイフォトニクス株式会社代表取締役。徳島大学大学院光応用工学専攻修了後、浜松ホトニクス中央研究所 研究員及びマサチューセッツ工科大学 スペクトロスコピー研究所 客員研究員として、ホログラフィーと呼ばれる光技術を用いた3次元情報の表示・測定・処理に関する研究開発に関わる。その後、光産業創成大学院大学在学中にパイフォトニクス株式会社を起業。主力商品の光パターン形成LED照明「ホロライト」の開発・製造・販売を行っている。

── 池田さんは大学から一貫して光に関わる研究をされていますが、そもそも光に興味を持ったきっかけはなんでしょうか?

高校生の頃、ラジオ放送をカセットテープに録音して、そこから曲を切り出して編集していました。それがある時、ソニーからミニディスク(MD)が発売されたことで、デジタル加工ができるようになり、編集がすごく楽になりました。

デジタル化により、光ファイバーケーブル1本で曲のコピーが可能になったんです。それは当時の僕にとってすごく画期的なことでした。雑誌にも、「これからは光の時代だ」と書かれていました。自分は新しいもの好きだったこともあり、そこから光の魅力に引き込まれていきました。

── 徳島大学大学院修了後に浜松ホトニクスに入社し、その後、光産業創成大学院大学に入学するわけですが、なぜ入学を決めたのでしょうか?

入学したのは、浜松ホトニクスからMIT(マサチューセッツ工科大学)に派遣されて、日本に戻ってきた直後でした。ちょうどその時に大学の募集を見て、これは新しいチャレンジの機会と捉え、入学することにしました。

当時は起業したいという気持ちが強かったわけでも、明確な夢があったわけでもありません。ただ技術者らしく、新しいことに挑戦してみたかったんです。

── パイフォトニクスは「ホロライト」という製品を開発・製造・販売していますが、そもそもホロライトとはなんでしょうか?

ホログラムを照らすために生まれたライトが、ホロライトです。ホログラムとは、いわゆる写真フィルムのような、レーザーを使って撮影された立体画像のことです。ホログラムに平行な光が当たると、2次元の画像が立体的に見えるようになります。ちなみに、「ビックリマン」のおまけのシールにもホログラムが使われていました。

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パイフォトニクスが製造する、もっともスタンダードなタイプのホロライト
Photo: 廣田達也
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実際にホロライトでホログラムを照らしてもらった
Photo: 廣田達也

ホロライトを開発しようと思ったのは、2007年にホログラフィック・ディスプレイ研究会に参加したことがきっかけです。その時"ホロラー"というホログラム愛好家の女性に、「最近LEDが発達してきたので、ホログラムを照らすライトを作れない?」と言われたんです。

それから、当時在学していた光産業創成大学院大学の工作室で1週間かけて、LEDを光源にしたライトを作りました。それが、ホロライトの0号機です。実際点灯してみると、思ったよりも光が伸びて衝撃を受けました。その時、「これは絶対何かに応用できる」と確信しました。

── LEDを使った照明装置は他にもあると思いますが、ホロライトは何が違うのでしょうか?

ホロライトは光源から出た光をレンズで集めるという技術で、特許をとっています。

光源からの光は一般的に放射状に広がりますが、太陽からの光は平行光と呼ばれ、指向性が高い(光の波の強さが一方向に集中する)ことで知られています。 ホロライトは、太陽光に近い擬似平行光を生み出せるLED照明装置です。

つまり、従来の照明というのは、距離が遠くなれば遠くなるほど光が放射状に広がって明るさを失ってしまいますが、ホロライトは光がまっすぐに伸びるので、遠い場所に対しても必要な量の光を届けることができるんです。

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ホロライトで縁を照らされた建物
提供: パイフォトニクス

当初は、何に使えるのか自分でもわからなかった

── ホロライトは具体的にどんな分野で利用されているのでしょうか?

実は、ホロライトを開発した当初、何に使えるのか私自身もわかりませんでした(笑)。 これまでホロライトの使い道は手探りで、展示会で製品を見たお客様に「こんな使い方をしたらいいのでは?」とお話をいただきながら、ニーズを探っていました。

たまたまある人が「これ表面検査(ガラスや金属表面の微小な傷をチェックする検査)に使えるよ」と教えてくれました。それがきっかけで、まず検査業界で売れはじめました。

光はさまざまな分野に使われています。たとえば、私の母校である徳島大学の光応用工学科は、機械、電気、化学、情報など複数の分野から教授が集まっています。光は単体で何かするというよりも、さまざまな専門分野に関係しているため、さまざまなどんな分野へも応用が可能です。

だからホロライトも、アイデア次第でいろいろな利用法が生まれる可能性があります。

── 検査業界以外だと、現在どんな分野で使われていますか?

たとえば、2014年に開発した虹色に光るホロライト・レインボウは、工場などで使ってもらっています。工場の中で使うフォークリフトによる人身事故が問題となっていた時に、白羽の矢がたったのがこの製品です。フォークリフトの後方を照らすことで、まわりの人に対して注意喚起ができます。

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提供: パイフォトニクス

ほかにも、工場の天井にあるホイスト(クレーンのようにものを釣り上げる装置)にも採用されています。ホイストは人の上を移動するため、仕事に集中していると頭の上にあっても気が付きにくい。そこで、ホイストにホロライトをつけて床にライトを照射することで、注意喚起できるというわけです。

エンターテインメント業界では、2010年にある放送局からお声をかけていただきました。ビームライトという直線に光が伸びる製品を共同開発し、今では音楽番組などで、アーティストのパフォーマンスの際の演出に使ってもらっています。テレビを観た「照明」の関係者から、「あの光はなんだ?」と注目されたほど、ビーム状に光が伸びることが特徴です。サイズもコンパクトなので、何個も並べて使うことができます。

── 観光業界でも使われているそうですね。

浜松市西区にある「緑の谷のごちそうテラス CoCoChi」というレストランで、150mある駐車場横の竹やぶにホロライトを当てるという試みを行いました。たった10台のライトで、700点ほどの光のドットを作れるというところがポイントで、これを観光スポットなどで活用すれば、地方創生につながるのではないかと思っています。

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提供: パイフォトニクス

また、逗子海岸でのNIGHT WAVEという企画でも使われています。これは波に光を当てて、幻想的な雰囲気を作り出すプロジェクトです。今年で3年目になりますが、1万5000人以上が参加するイベントにまで成長しました。これはまだビジネスにはなっていませんが、光の可能性をとても感じた一例です。

今後もロボットや農業への応用など、さらに可能性が広がるのではないかと思っています。

異なる価値観の人々を、光を使ってつなげたい

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2017年に開設した新社屋「ホロライトビル」
Photo: 廣田達也

── 創業のきっかけとなった光産業創成大学院大学に入学して、1番よかったと思うことはなんでしょうか?

「光」という手段を使って何かしたいという想いは、常にありました。でも大きな夢はなかった。それを、光産業創成大学院大学で見つけられたと思います。

まだ在学中だった2009年、「浜名湖パルパル」という遊園地から、500m向かいにある大草山をライトアップするというプロジェクトのご依頼をいただきました。しかし、プロジェクトに必要なライトは2000台。用意された予算では到底できるものではありませんでした。

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提供: パイフォトニクス

でも、赤字ギリギリでなんとか300台のライトを製造しました。ライトの当て方を工夫したことで、300台でも予想以上に明るく照らすことができ、結果として大反響でした。見物した人たち皆が感動して、「すごいね」と声をかけてくれました。

その時に私は気がつきました。同じ場所に立って、同じものを見て、同じように感動することで共通の価値観が生まれ、人はつながるのだと。私はさまざまな業界の人とビジネスをしていますが、業界によってしきたりや価値観は違うものです。だからこそ、「違う価値観の人を、光を使って自分がハブになってつなげていきたい」と思っています。これは大学に入って起業していなかったら、気づくことはなかったことかもしれません。

大学に入った当初は夢がぼんやりとしていましたが、今は事業を通してやりたいことがはっきりと見えています。

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Photo: 廣田達也

── 現在、浜松のベンチャー企業界隈が活発化してきています。池田さんが中心メンバーの1人でもある、浜松のベンチャー起業家のコミュニティ「Hamamatsu Venture Tribe」について教えてください。

Hamamatsu Venture Tribeは元々、浜松のベンチャー企業である(株)NOKIOOの小川社長と(株)こころの渡邉社長との、「ベンチャーを盛り上げるために何かしたいよね」という会話がきっかけではじまりました。リンクウィズ(株)(株)SPLYZAにも声かけして現在は5社で運営しています。

1社だけで孤独に頑張っているベンチャー企業が多く、それではもったいないと思います。せっかく同じ地域でがんばっているのであれば、連携したほうがメリットは多いはずです。そこに市長や大企業、金融機関にも入っていただくことで、シナジーを高めていきたいと思っています。

まだ始まったばかりではありますが、浜松のベンチャー界隈を盛り上げていきたいです。

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12月6日開催された「Hamamatsu Venture Tribe」のイベント
Photo: 廣田達也




池田氏へのインタビュー後、パイフォトニクスの新社屋・ホロライトビルにて、Hamamatsu Venture Tribeによる2回目のイベントが開催されました。総勢50人以上の起業家やビジネスパーソンが集まり、会場は熱気の渦に。市外からの参加者も多く、中には東京から参加している人もいました。

こうした起業家コミュニティや、光産業創成大学院大学という起業に特化した大学の存在は、浜松で起業の波が生まれかけていることを感じさせます。

「何かを始めたい」とウズウズしている人は、この流れに乗ってみてはいかがでしょうか。

【東京都内で無料イベント実施!】

地方進出を検討している企業の方や、地方での起業に興味がある方へ向け、浜松市主催のイベントが開催されます。

日時:2/7(水)18:00〜20:30

場所:東京都新宿区西新宿8-17-1 住友不動産新宿グランドタワー12F

この記事で浜松に興味を持った方は、ぜひご参加ください。お申し込みはこちらのページからどうぞ!

Source: 浜松市光産業創成大学院大学パイフォトニクス

Photo: 廣田達也