2017年10月16日(日本時間)、その瞬間がついに訪れました。
レッドブル・エアレース・パイロットの室屋義秀(むろや・よしひで)さんが、『レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ2017』最終戦のインディアナポリス大会で優勝。念願の年間総合チャンピオンに輝きました。
ライフハッカーでは2年前から、レッドブル・エアレースはもとより、究極の世界で戦う室屋さんに、メンタル・マネジメントやリーダーシップなど、ビジネスパーソンにも通じるテーマで取材を続けてきました。
そして今回、優勝直後に独占インタビューの機会をいただけたので、これまでの連載記事の通り、ビジネス目線でのテーマを設定。「プレッシャーとの向き合い方」について、今シーズンの8戦の戦いを振り返りながらお話を聞きました。
室屋義秀(MUROYA YOSHIHIDE) /レッドブル・エアレース・パイロット

1973年生まれ、福島市在住。アニメ『ガンダム』に憧れ20歳で渡米し飛行機のライセンスを取得。24歳のときに本格的なエアロバティックス(曲技飛行)を学ぶために再び渡米し訓練を積む。その後、曲技飛行世界選手権では日本代表に選ばれ、日本のエアショーでも活躍。2009年、36歳で『レッドブル・エアレース』に初参戦。2015年は年間総合6位。2016年の千葉大会では念願の初優勝を果たし年間総合6位。そして、2017年では、8戦中4回の優勝を飾り、年間総合優勝を成し遂げた。現在、福島県とともに、子どもスカイスポーツ教室を行なうなど、スカイスポーツの振興や地元福島の復興支援活動にも積極的に参画している。
すべてを出し切る、悔しさも出し切る、あとは前に進むだけ

—— 昨年は、年間総合で表彰台(3位以内)を目標に掲げていましたが、結果は年間総合6位。2017年の戦いをどのような目標、気持ちで迎えましたか?
室屋さん:昨年の千葉大会での初優勝以降、チームとしての能力が揃ってきたので、これを熟成させ、最後の砦であるパイロットの私が、どのように安定させていくか、この点をオフシーズンに取り組んできました。目標はもちろん、年間総合優勝です。
—— しかし、初戦のアブダビ大会では、オーバーG(飛行時の重力加速度が10G/10Gの状態で0.6秒を超えると)で失格となりノーポイント。出鼻をくじかれましたが、結果に対する心の持ち方はどのように対処しましたか?
室屋さん:総合優勝を目指しても、8戦全勝できるわけではありません。1年間のレースで2戦ぐらいは、急な天候の変化や予想できない機体のトラブルでノーポイントに終わることもあります。
そのことはチーム全員で理解しているので、「いきなり1つ使っちゃったね」という話をしました。もちろん、負けたことについては、チームの誰もが悔しいわけで、冷静ではいられません。勝つことにコミットしていますからね。
ただ、悔しい気持ちを出し切ったら、結果を踏まえた情報を整理して、目標である年間総合優勝を目指して前に進むしかありません。
プレッシャーは、自分の心の中にあるエゴから生まれる

—— 第2戦、第3戦と連続優勝。その後、ノーポイントのレースもありましたが、第7戦で優勝を果たし、最終戦を前に、室屋さんを含めた総合ポイント上位4名によるチャンピオン争いとなりました。
『レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ』は、最高時速370kmで大空を駆け抜けながらも、わずか1分程度で勝敗を決するシビアな戦い。念願の年間総合優勝への期待が膨らむなか、どのようなプレッシャーと戦っていたんですか?
室屋さん:すべてのレースで、押しつぶされそうな、日常生活では味わえない凄まじいプレッシャーを感じます。しかし、レースの前、レース中のメンタルの調整は、いつも通りで何も変わりません。
プレッシャーはどこから来るのかを考えてみてください。見えないものですが、紐解いていくと、自分自身の心の中から生まれています。失敗して傷ついたり、格好悪い姿を見せてしまったなど、さまざまな経験から、「あのときみたいなことが起こるかもしれない」「期待に応えられなかったらどうしよう」という気持ちが自分の中でプレッシャーをつくり出すわけです。
こうしたプレッシャーを生み出す根源は、心の中にあるエゴだと思っています。だとすれば、エゴを少しでもなくす作業を常にしておく必要があります。
もちろん、レースの状況次第ではプレッシャーが出てきます。たとえば、第3戦の千葉大会には、10万人規模の観客が集まり、皆さんが私を応援してくれます。メディアの取材もいつも以上にあります。
そのなかで、「みんなが優勝して欲しいと期待している、もし、負けたらどうしよう」と思うとプレッシャーになる。でも、応援だと思えば、自分の中のエゴは消えます。負ければ応援してくれた皆さんをガッカリさせてしまうし、いろいろな記事を書かれるかもしれません。でも、負けたとしたら自分が悪いわけで誰のせいでもありません。
プレッシャーがカタチとして表れてくる緊張感を、制御不能にならないようにコントロールして、エゴが消えるように、心の中を整理して、カラダをリラックスさせながら頭は集中している状態に持っていくようにしています。
プレッシャーを取り除けば、本来の力を発揮して戦うことができる

—— 心の中の整理とは、発想の転換みたいなものですか?
室屋さん:いえ、それだけは追いつきません。簡単にできることではないので、日ごろからのトレーニングで、プレッシャーや緊張感が出てこないように、出てきたとしても制御不能にならないようにすることが必要です。今では、継続が力となり、レースの現場であっても、30秒〜1分でプレッシャーや緊張を取り除き、すぐに集中できる状態に自分をコントロールできるようになりました。
—— 具体的なトレーニング方法は?
室屋さん:以前、呼吸法の話をしたと思いますが、毎朝起きると、心とカラダをつなげる「気」を最適化するために、関節を動かしたり、ヨガのような呼吸法を、瞑想や座禅を組むスタイルで行なっています。
そして、頭の中で自分の目標や優勝するために今日は何をすべきか整理しています。そんなことを毎朝やっていると、やらないときより2〜3倍も効率の良い1日を過ごすことができますしね。
レースではギリギリの状態になりながらも、心技体とチームの思いを乗せた機体を操りゴールを目指します。毎日のトレーニングで身についた、心のあり方が、プレッシャーや緊張感と向き合う方法だと思っています。

—— では最後に、見方を少し変えて、チームリーダーとして、スタッフが抱えるプレッシャーには、どのように対応されていますか?
室屋さん:目標の設定や自分たちが向かう行き先と道筋を提示して、旗を振り続けるのがリーダーの役割だと思っています。事前に、プレッシャーに弱いと判断した人がいたとしたら、耐えられるか、耐えられないかも能力なので、まず、適正な役割が担える配置をするようにしています。そうしないと、その人は自分の力を発揮できませんからね。
その後で、もしメンタル面を含めてオーバーしてしまったら、別の場所に配置することになります。そこでも、その人の力はチームにとって必要ですから。
ただ、基本的にそれぞれの部署には、プロフェッショナルな専門家、仲間が揃っているので、信頼してまかせるようにしています。
私たちのチームスタッフは多国籍なので人種も文化も習慣も違います。そうした多様性を受け入れ、寛容な考え方を持って、チームとしての強さを発揮させたいと常に思っています。
▲年間総合優勝が決まった最終戦インディアナポリス大会の室屋さんの勇姿をご覧ください
image: Joerg Mitter - Red Bull Content Pool