働き方の選択肢のひとつとして、近年若い世代にも広まりつつある「起業」。最年少で出世したり、役員になったりする人の中には、学生時代に起業経験があるケースも多いようです。

今回お話を伺ったのは、学生対象の起業プログラム「WILLFU(ウィルフ)」を運営する黒石健太郎さん。黒石さんが学生のための“起業先生”となった経緯と目的は?

黒石健太郎 /1984年岡山県生まれ。東京大学法学部卒業。学生時代は政治家を輩出するための 学生団体「東大政経会」を立ち上げる。卒業後はリクルートに入社。採用・育成・社内活性コンサルティングなどの営業、新規事業の戦略企画、立ち上げに従事。 2013年WILLFU(ウィルフ)を設立、代表取締役社長に就任。サイバーエージェントのアントレプレナーイノベーションキャンプ優勝。著書に「渋谷で教える起業先生」(毎日新聞出版)がある。

価値ある「企画」と「場」を作れれば、起業できる!

── ご自身も学生時代に起業経験があるとのことですが、そのときに学んだのはどんなことですか?

黒石: 起業経験というと大袈裟ですが、そもそも「起業」とは何か考えてみると、お客様と解決できない課題があって、それを解決するサービスを提供してお金を頂けたら、その時点で「起業」なんですよね。そう考えると、いろんな小さな起業をやっていました。

学生時代、政治家を輩出するための学生団体「東大政経会」というのを立ち上げ、東大OBの政治家の先生たちを招いて勉強会を開催したり、各大学の政治家志望の学生50人ぐらいを集めてパーティを開いたりしていました。

僕自身、政治に興味があったからこそ始めたのですが、パーティやイベントの規模が大きくなって、最終的にビジネスになっていったかたちです。きっかけは、当時入社が内定していたリクルート人事部から依頼された仕事。いろんなイベントを開いて優秀な就活生を集め、リクルートの採用に繋げることがゴールでした。参加者にとっていかに価値ある「企画」や「場」を作れるか?が成功の鍵でした。

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Photo: 菅井淳子

あらゆる企画を考えて立ち上げ続けた結果、各回ともに盛況で、100人以上学生が集まったことも。でも、当時はビジネス感覚はまるでありませんでした。だって、学生団体で開催していたパーティの延長線上で、イベントを企画して実施していただけですから。

ただ、参加費を頂いても大学周辺のお店なので箱代はさほどかからないし、食事が目当ての会ではないので料理は少量しか用意しません。結果的に利益率が高かったのです。ビジネス感覚というより、「あれ?すごく収益が増えてしまった」といった感覚(笑)。

でも、それが僕にとって初めての起業の成功体験となりました。その後も、いろんな目的やテーマに沿ったイベントを企画し続けた結果、次第に「人に魅力を感じてもらえる価値ある会を企画し続ければ、1人ぐらいなら食べて行ける」というビジネス目線に変わっていきました。 このように小さな事業から始めて、大きな事業のプランニングに繋げることを、WILLFUでも起業体験のワークショップでやっています。

人より抜きん出るには?リクルート営業マン時代の工夫

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Photo: 菅井淳子

── リクルート入社1年目はリクナビネクストの新規開拓の営業部に配属されて、たちまちトップセールスマンとなった黒石さん。自分なりにどんな努力や工夫をしたのですか?

黒石:求人広告の営業はどの企業も営業対象です。だから何百件も電話をかけて、オフィスビルを下から上までまわり、ひたすら飛び込み営業する日々でした。僕はあえて自己紹介チラシに、「東大出身 政治家志望 黒石健太郎」と自分でキャッチを入れました。同エリアで同じ商品を扱う競合の営業が多数いる中で、商品やサービスを売る前に、個人で差別化するべきだと考えたからです。

すると営業しなくても自己紹介チラシをポスティングしただけで、驚異的な数の企業から電話が来るようになりました。ポスティングだけで営業できたということで、翌年の新人研修では、僕の自己紹介チラシが営業ツールの好例として配られていたと、後に後輩から聞きました(笑)。

「企業」も「起業」も、成長する楽しさを味わうためのツール

── それは確かにインパクトがありますね。その後、起業するまでの経緯は?

黒石:その頃リーマンショックがあって、これが結果的に今WILLFUでやっている起業プログラムのベースを作る大きな転機となりました。自動車部品メーカーの採用をサポートしていたのですが、突然工場がストップしたんですよ。派遣切りが多発するなど、多くの人が職にあぶれる事態となり、ホームレスになった人までいたほどです。

あらためてまわりを見ると、企業年金制度はどこも崩壊し、国の年金も右肩下がり。かといって、老後が不安だから若いうちに貯金できるかといえば、平均賃金も右肩下がりだからそれも難しい。今の働く世代が、本当に未来に希望が持てないと痛感したのです。この課題を解決するには社会全体の改革が必要ですが、それを変えるのは難易度が高い。そこで、どんな社会環境下でも自立して生き抜くためのプログラムを、週末起業で立ち上げ始めました。

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Photo: 菅井淳子

実際に起業してみて、会社員と自営では、お金の捉え方が大きく違うことを実感しました。会社では、事業で億単位のお金を扱い、その使い方を本気で考えていたつもりでした。一方で、自分で興した事業ではポケットマネーの50万円を投資するので、それはもう必死です。だって身銭を切って失敗すれば、痛いのは自分ですから(笑)。

初めての「週末起業」で得られる成長実感

── 週末起業は成功しましたか?

黒石:結果的にうまくいきませんでしたが、非常にいい勉強になりました。やってみてよかったことが2つ。ひとつ目は、それまでは仮説に過ぎなかったものが、ユーザーの生の声が聞けたことで、思考が深くなったこと。2つ目は、かかったコスト程度の売上はあって、持ち出し金はなかったことでした。気づいたのは、これほど荒削りな事業でも赤字にはならず、しかもこれだけ成長実感が大きいならば、こんなに楽しいことはないなということ。自分で事業を立ち上げる楽しさを知った瞬間でしたね。

── 週末起業はその後どのように発展していきましたか?

黒石:そんな矢先、会社の前で現在の就活システムに疑問を持つ学生によるデモが起きたんです。そのシステムを作ったのは、ほかならぬリクルート。それに対応する新規事業の立ち上げが急務となり、すでに自立支援事業を立ち上げていた僕がその立ち上げ担当に。

そのとき着目したのが、就職市場の人材ピラミッド。民間の就職支援サービスを通じて就職を支援できているのは、「就職力」が高い上部3〜4割しかいないのが現実です。本当に就職に困っている6〜7割の方には、民間のサービスは提供できていない。そこで本当に就職に困っている人たちに、民間の就職支援ノウハウを提供できる仕組みを作るプロジェクトが始動しました。ニートや引きこもり状態の方に向けた就職支援プログラム「ホンキの就職」を開発し、累計5000人に提供し、改善を続けた結果、最終的には就職率が10倍程度引き上がりました。

起業家たちの多くは学生時代に起業経験あり

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Photo: 菅井淳子

── その後、景気は次第に回復傾向になりますが、事業の方向性に変化はありましたか?

黒石:あらためて最初の課題に立ち返ってみました。退職金が出るかどうかもわからず、がんばって働いても明るい老後が期待できない社会。それをどうしたら解決できるのか? それはやはり、ベースとして日本が永続的に成長し続けるビジョンがないと難しいものです。とはいえ、昔からの産業は体質が古いのでどんどん衰退しています。だからこそ日本から新しい産業が生まれる仕組みが必要だと考えました。それに必要なのは、挑戦の数と質です。

── 海外と比べると日本の挑戦の数と質はいかがでしょうか?

黒石:日本で起業に挑戦する人の数は、欧米諸国と比べると少ないといわれています。(※)その理由について、ベンチャーへの資金や人材、支援体制が不十分などとよく議論されますが、僕はずっと疑問に思っていました。実際は創業するにあたり、国から補助金が出るなど、返さなくていいお金がばら撒かれているのも事実です。ベンチャーキャピタルは創業当時に起業家に出資するケースが多いけれど、最近はだんだん投資先がなくなってきているとも聞きます。

中小企業庁の各国の開発業データより

あらためて、起業家たちのプロフィールを洗い出してみると、ある共通点があることがわかりました。それは、在学中に起業経験がある人が圧倒的に多いこと。在学中に起業経験がある人は卒業後にいったん就職しても、また起業する確率が高い。逆に在学中に起業したことのない人は、いったん就職したら、その後起業する確率はゼロに等しいのです。

なぜ起業しないかといえば、経験がないから心理的なハードルが高いわけですよね。毎月確実に給料をもらえる生活に慣れてしまうと、わざわざ不安にかられながら起業に挑戦するのは大きなハードルです。そして「いつか時間ができたときに」と、先延ばしになっていつの間にか年をとる。だから、起業の最初の体験を誰もができるようにと立ち上げたのが、WILLFUなんです。

アメリカの場合、子どもの頃から、たとえばレモネードやポストカードを路上で売って利益を寄付したり、小遣いを得たりするなど、起業に近い体験をする機会があります。アメリカの起業家の話を聞くと、やはり原体験としてそうした子ども時代の経験談を語る人が多いのです。

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Photo: 菅井淳子

日本では、子どもが「商売」をすることに対して、大概の親は好意的ではありません。だからまわりの目を気にせず、"宿題”として起業体験できる環境を作ろうと思いました。プログラムの内容は、1.5カ月に1回全員が事業の立ち上げをします。 最低限の経営スキルを学んで事業計画書を作り、プレゼンテーションを通じてメンターのアドバイスを得て、翌月から事業を立ち上げます。

創出した利益額をランキング化し、結果を公表されて恥ずかしいからやらざるを得ないという状況を作りました。6カ月中、3回事業の立ち上げをするプログラムになっています。重要なのは、そのうち1回でも「がんばればできるんだ」と思える成功体験を積むこと。それがあれば、自分ひとりで実際に事業を始めるときも自信が確信に変わるはずです。

学生起業家の事業ごと会社に迎えるM&A採用がトレンドに?

── なぜ対象を学生に絞っているのですか?

黒石:起業は、早く挑戦すればするほど、リスクが低く、自身のキャリアにとって価値も高いからです。元々学生は生活費が社会人ほど高くないため、お金に困る度合いが低い。また、社会人が起業するとキャリアが断絶し、転職もしづらくなりますが、学生起業の場合は、就活のネタになる。プラスはあっても、マイナスが極めて少ないのが在学中の起業なんです。

さらに企業側も、起業家学生を血眼になって探しています。上場企業の創業者に話を聞くと、本当に優秀な人材は1億円積んでも欲しいといいます。でも実際はそういう優秀な人材は就活しないし、就活してもほかの企業に取られてしまうし、万一来てくれてもすぐに辞めてしまう。だから、学生起業家の事業ごと採用するM&A採用の仕組みを作ろうと考えました。

リクルート時代に痛感したのですが、大体27歳ぐらいまでは未経験でも転職できます。でも、それを過ぎると経験や実績が問われます。起業の場合も同じで、27歳ぐらいまでにどんな事業でどれだけのバリューを築いたか?ということで後の協力者が決まってきます。つまり、20歳の学生が27歳になるまでをどう過ごすかで、重要なことが決まってしまう構造なんですよ。

学生時代の起業経験によって、その後の成長スピードを引き上げられるし、たとえ就職して会社員として生きていく場合でも、経営者のビジネス目線で物事を捉えられるようになります。実際、2014年にサイバーエージェントで最年少の執行役員になった 飯塚勇太さんは、学生時代に起業経験がある1人。そうした例もあって、学生起業家は出世するということがトレンドになりつつあると考えています。

早い段階から起業体験を積むことで、その後、就職しようと起業しようと活躍できる人材になるはずだし、どっちに転んでもバリューがあるなら、やっておいて損はないと思うんです。

30、40代からの起業の場合、なにを武器にするか?がポイント

── 若いうちに起業体験を積むバリューについては納得ですが、30、40代が起業するときに大事なことは?

黒石:ある程度年齢が上がってくると、リスクはより低いかたちで起業するプランを作った方が、動きやすいと思います。リスクが低いというのは、土日でできること、そして、これまでのスキルを武器に起業することです。たとえば僕がこれから別の会社をやるとしたら、会社員時代は営業を経験してきたし、今も法人営業力は強いので、営業力で勝てる事業からスタートすると思います。戦略を考えることは誰でもできると思うのですが、正直、立ち上げ時は大変なことだらけなので、「とにかく始めてみる」ことが実は一番難しいのです。そのため、本当にやりたい方は、立ち上げざるを得ない環境に身を置くなど土日に所属するコミュニティを変えてみるのもおすすめです。


起業の最初の一歩が難しいという話は非常に納得する話です。それを学生のうちに経験してしまえば、感覚がつかみやすいのは当然のこと。働き方が多様化する現在、を許す企業も増えつつあります。黒石さんが述べているように、低リスクに週末起業で事業を始めてみることは、自分への究極の投資なのかもしれません。

Photo: 菅井淳子

Source: WILLFU