ヘッドハンターという職業の存在を知っている人は多いでしょう。どこからか優れた人材を見つけてきて良い企業に転職させる、あるいはすばらしい企業を紹介してくれる、人材と企業の目利き。しかし、そうしたヘッドハンターのイメージは本当に正しいのでしょうか?
今回は、現役ヘッドハンター・世古暁さんにそのお仕事の実態を紹介していただきました。
ヘッドハンターの1日は、たとえば、朝7時半に横浜駅で、ある上場企業幹部とコーヒーを飲むことから始まります。
その後、ラッシュを避けて横浜のホテルラウンジでメールチェックなどをしたあと、東京に戻って新しいクライアントに弊社のご紹介。ランチは自分がかつてお仕事を紹介した方とご一緒し、転職後の状況のお伺い。会社に戻って、次回のイベント企画などをまとめるデスクワーク。18時には渋谷のホテルで、あるコンサルティングファームの方からご相談。19時半には新宿のホテルで大手企業のSEと初対面、これまでのご経歴をお伺いして、1日がようやく終わります。
この日は、商談含めて5件のアポが入っていますが、実際には1つも転職先をご紹介していません。まずは誤解を解きたいのですが、ヘッドハンターの仕事はとにかくお話を伺うことです。転職先のご紹介は、そのなかで時間をかけて判断しながら進めていくものです。誰かを口説こうといつも手ぐすねを引いていると、その下心は必ず相手に伝わります。そんな人と過ごす時間は、誰にとっても楽しいものではありません。
特に、初対面の方にいきなり転職先をご紹介するということは、原則としていたしません。相手を良く知らずにご提案することは、私のやり方には合わないものです。
初めてお話をお伺いした方のなかには、「この自分に、転職先の紹介がないとは何事か!」と怒り出した方もいらっしゃいました。また、ご面談の最後に「オレは絶対に転職しないからな!」と捨て台詞を残されたこともあります。「今回は転職先のご紹介はいたしません」とあらかじめご説明したうえでお逢いしているのですが…。ヘッドハンターはそういう存在と認識されているということなのでしょう。
どんな方とのご面談でも、入念な下調べを行う
そんな経験をいくつも重ねていることもあり、ご面談にあたっては入念な下調べが欠かせません。現在在籍されている会社のプレスリリースからIR資料まで、すべてを調べておくのはインターネットという便利なツールがある現代においては当然のことです。今までに在籍した企業の状況や、担当されていた仕事内容など、過去のご経歴も必ず一通り調べてまいります。
どんなご面談でも、ヘッドハンターとして最高の価値を提供するためには、話題の引き出しを増やしておくことが何よりも大切です。もちろん、実際に調べた内容が話題に上がることは、ごくわずか、時にはまったくないかもしれない。しかし、相手の状況をきちんと理解した上で、お話を伺っているかどうかは、相手に与える印象に大きく影響します。
たとえば、ある大手電機メーカーでエンジニアをされているAさんにお話を伺うとします。最初は、世間話から始まって、今の仕事が楽しいというお話が続き、こちらとしても「それは良かった」と相づちを打つことになるでしょう。
そのなかで、話題はAさんの所属企業で起きた、ある不祥事に移るかもしれません。「あれはAさんの部署とは別の部門の話ですよね。それでも、何か影響がありますか」という伺い方ができれば、Aさんはきっと「この人はあの事件のことをある程度わかっているんだな」と思ったうえで、話を進めてくれるはずです。
そして、Aさんが「好調だ」と語る、今のお仕事、その問題点などを伺う流れになるでしょう。このときにAさんの状況をよく知っていれば、「最近は御社の業績も上向いていると、IR資料や他所でのお話からも伺っているのですが」という切り出しができるわけです。このように、「一歩踏み込んだ会話」を積み上げていくと、たった1時間のなかでも、お互いに対する信頼感が生まれきます。
深い話が続いたところで、「確かに、会社の業績は上がっているんですが、実際にはいろんなところで問題が…」とAさんは明かしてくれるでしょう。ヘッドハンターである私は、Aさんがどのように自社の状況を分析されているかを伺いつつ、Aさんという人材の力量を拝見します。
最後に、Aさんはおもむろに本音を切り出してくれます。あんまり今の仕事が面白くないこと、最近、直属の上司がちがう人に代わったこと、仕事のスタイルが大きく変わり将来に不透明なものを感じていること…。
ヘッドハンターに与えられた時間は、本当にわずかしかありません。しかも、その多くは世間話で終わってしまいます。そうした条件下で、「相手の本当の状況」を伺うためには、こちらには相当な準備をする以外に方法はありません。
さまざまなキャリアの人と深く話し合うことの価値
面談の前に、入念な準備を重ねることは、世の中のさまざまな会社のことを知る良い機会にもなりますし、その上でお話を伺うことで、血肉を伴った知識になっていきます。地道な努力の積み重ねは、話題の引き出しを増やすとともに、お相手の深い理解にもつながっていきます。
どんな職業、職種でも、こうした地道な下調べは必ず役に立つはずです。外回りの営業職はもちろん、内勤の管理職でも、部下との面談の準備の厚みは、またちがった話を聞き出すキッカケを与えてくれるでしょう。準備して臨んだ面談は、どんな相手に対しても、必ず見合う価値を産み出すものなのです。
さらに、ヘッドハンターの「自分とは異なるキャリア・業界・職種の方についての理解を深める活動」には、別の価値もあります。
今後、1つの会社でキャリアが完結するケースは、確実に少なくなっていきます。そういう時代のなかでも、自分らしいキャリアを創りあげていくには「今とは異なる仕事に自分が就いたとき、どんなことが待っているか」を常にイメージしていく必要があります。
そのためには、ヘッドハンターのようにさまざまな会社やキャリアを理解することが、未来の自分をシミュレートし、将来の選択肢を増やす第一歩になります。まずは、手はじめに異業種交流会に参加してみるのもいいでしょうし、社内イベントでちがう職種の方と話をしてみるだけでも、きっと違った世界が見えてくるはずです。
大切なことは、分け隔てせず、いつも広い視野を心がけること。次に何がヒットするか分からない時代だからこそ、いろんなことに興味を持つことが、常に選択肢のあるキャリアづくりにつながっていくと思います。
※記事中にはさまざまな人物が登場しますが、コンプライアンス上の問題から、特定のモデルがいるわけではない点をご了承ください。
世古暁(せこ・あきら)

東京大学文学部歴史文化学科卒。東京大学社会情報研究所教育部修了。
株式会社リクルートに新卒入社後、システムエンジニア、黎明期のモバイルビジネスやポータル戦略のプランナーを務め、26歳で独立。フリーランスのコンサルタントとして、IT、インターネット、さらに人事へと領域を広げる。
その後、人事領域での経験を広げるべく、縄文アソシエイツ株式会社にてヘッドハンターに。この仕事を通じて、ひとりひとりの働き方に対する疑問を深め、これからの世代が、さまざまなキャリアを模索するためのプラットフォーム構築を目指し、2015年10月クラウドヘッドハンターズ株式会社を設立、代表に就任。