「イノベーションを起こせ」と言われたとき、「ゼロからイチを創造せよ」ということだととらえる人が多いかも知れません。
しかし、実はそれとは別に「すでに存在しているイチ同士を掛け合わせる」というイノベーション手法──すなわち「編集」というやり方があります。編集と言っても、雑誌やコミックスを作るわけではありません。編集は、コンテンツ制作以外にも応用できる、現代ビジネスの1つのキーワードとなりうる技術です。
今回は、2017年6月8日に、ライフハッカー[日本版]を運営する株式会社メディアジーン、および株式会社インフォバーンが「編集」をキーワードとして開催した「X-editors FES」で語られた、マルチジャンルに使えるイノベーション手法としての編集技術を2つご紹介します。
1. できること×誰もが持っている記憶のイメージ
金融、アート、農業、建築、ビジネスなど、さまざまなジャンル(X)において、異ジャンルを巧みに編集(edit)していく存在を、ここでは「X-editors」と名付けることにしましょう。今回開催したイベントでは、クリエイティブラボ「PARTY」チーフクリエイティブオフィサー・伊藤直樹さんと、TOKYO WORK DESIGN WEEK発起人・横石崇さんを新しいイノベーションを巻き起こすX-editorsとしてお招きし、コンテンツ産業を出たところで実践されている「編集」の営みについて語っていただきました。

伊藤直樹(いとうなおき)
クリエイティブラボ「PARTY (パーティー)」
チーフ クリエイティブ オフィサー(CCO)
クリエイティブディレクター。1971年静岡県生まれ。早稲田大学卒業。テクノロジーとストーリーテリングの融合を追求するクリエイティブラボ「PARTY」のCEO。これまでにナイキ、グーグル、SONY、無印良品など企業のクリエイティブディレクションを手がける。2016年、Fast Company誌が選ぶ世界の「The MostCreative People in Business 1000」。最近の作品に、成田空港第3ターミナルの空間デザインやサンスターのハミガキIoT「G•U•M PLAY」などがある。国内外の200以上に及ぶデザイン賞・広告賞を受賞。経済産業省「クールジャパン官民有識者会議」メンバー(2011, 2012)。NYの国際デザイン・広告賞ONESHOWの国際ボードメンバー。京都造形芸術大学情報デザイン学科教授。
── 編集的視点を生かしたお仕事を紹介していただけますか?
伊藤:2012年、表参道に「OMOTE 3D SHASHIN KAN」という施設を開きました。どういうものかと言いますと、3Dスキャナーと3Dプリンターを利用した「思い出を立体(フィギュア)で残す写真館」です。誰でも七五三や入学祝い、結婚式などで写真館に行った経験があるのではないかと思うのですが、そういった折に写真の代わりにフィギュアで思い出を残せるものだというと、イメージがつきやすいのではないでしょうか。当時、まだ3D関連機器を一般の人が手に入れることは難しく、こうした「人のフィギュアを作るお店」としては世界初だったのではないかと思います。


伊藤:編集的視点というテーマに即して言いますと、我々がやったのは「見立てる」ということです。要するにOMOTE 3D SHASHIN KANはフィギュアショップに過ぎないのですが、それを「写真館」だと言い切り、立て付けからおもてなし、撮影の仕方まですべて昭和っぽくまとめたのです。
実は、当時3Dスキャナーと3Dプリンターを手に入れて、これで何ができるのかということを試行錯誤したんです。フィギュアが作れるということがわかりました。素直に考えると、オタク向けにオリジナルフィギュアを作るお店が開けるわけですが、それではあまり面白みがありませんし、インパクトも強くないと思いました。
そこで思いついたのが「3Dスキャナーと3Dプリンターでオリジナルフィギュアを作れるお店」を「写真館に見立てること」だったわけです。
見立てがトリガーとなって身体が覚えている記憶が蘇り、新しい体験が引き出されるんです。
── 伊藤さんにとって編集とは?
伊藤:IoTはインターネット×モノですよね。たとえば、インターネット×歯ブラシでどうなるかということを考えるという時代だということです。
かけ算をしているときにどんなクリエイティビティを発揮して己のキャラクターを出したいと思うかが、編集するときには重要なのかなと思っています。
2. テーマ×人で考える

横石 崇(よこいしたかし)
オーガナイザー。&Co.Ltd代表取締役。
1978年大阪市生まれ。多摩美術大学卒。広告代理店、人材紹介会社の役員を経て、2016年に&Co.Ltd設立。ブランド開発や事業コンサルティング、クリエイティブプロデュースをはじめ、人材教育ワークショップやイベントなど、企業の内と外において”場の編集”を手法に、新しい価値を生み出すためのプロジェクトを手掛ける。やさしさの学校「NEW_SCHOOL」、旅する勉強会「ラーニングキャラバン」主宰。『WIRED』日本版 公認コントリビューター。
── TOKYO WORK DESIGN WEEK(TWDW)は今年で5年目になりますが、イベントの企画や座組は毎回どのように考えているんでしょうか?
横石:TWDWでは1週間で50プログラムを実施するのですが、働き方と一口に言ってもたくさんあるので、「何をするか」よりも「誰とするか」を大事にしています。
クリエイティブディレクターである伊藤さんをお招きするなら、伊藤さんのテーマである「体験」×TWDWのテーマである「働き方」で何か語ってもらえないか、という風に考えます。


── そういったやり方がまさに「編集」ではないかと思います。「この人はおもしろそうだ」という出会いがまず先にあって、それを積み重ねて作っていっているんですね。
横石:はい。働き方を変えたいという意思をもった参加者のために、「イベントに参加したことによってどうやって変わるか」といった場の設計が必要になってきます。イベントにおいては「対話」を大切に考えているのですが、たとえば、初対面の人が集まってすぐはなかなか話しにくいので、アイスブレイクを入れて隣同士で話しあったり、登壇者と参加者の垣根を少しでも低くしたり、いわゆる「時間と場所によるマッサージ」にも気を払っています。
そういう出会いのきっかけ、体験のきっかけみたいなものを自然にどう生み出すかを常に考えています。
── 横石さんにとって編集とは?
横石:「好奇心をどうデザインするか」ということは僕の中では編集ということになっています。イベントで人と人の出会いを作っているので、人と人から何が生まれるかということを期待しています。
ありとあらゆるものが掛け合わせによって新しい価値を持つ可能性があります。「何と何を掛け合わせるか」というアイデア勝負からイノベーションを起こすというアプローチは今後重要性を増していくはずです。