以前は米Yahoo!のCEO・マリッサ・メイヤー氏がリモートワークに否定的な見解を示し、先日はIBMが「リモートワークから原則出勤」に方針を切り替え、社員の怒りを買うというニュースが報じられました。
筆者はシリコンバレーに移住・現地で起業しているのですが、シリコンバレーのNASDAQ上場ビッグデータ関連企業の方から、先日次のような話を聞かされました。
最近CEOが変わって、いつでもリモートワークOKから基本的にオフィス出勤になり、リモートワークは週1回に制限されたんだ。
実はシリコンバレーでも、このように「リモートワークの制限」という判断をする会社が現れています。今回は経営者としての目線から、どうしてそうした判断をする会社が出てきているのかを語りたいと思います。
楠山健一郎(くすやま・けんいちろう)
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米国系石油会社の日本支社長としてアメリカ人などに囲まれて仕事をする父親の姿を間近に見て育ち、自分も将来世界で勝負したい、日本の外に出て多様な人たちと働きたいと感じながら育つ。国際基督教大学(ICU)卒業後、シャープ、サイバーエージェントに勤務。2001年にトムソン・ロイターに入社、メディア事業部門・日本責任者を務め、ロイター.co.jpの急成長を実現する。株式会社オークファンの執行役員を務めた後、株式会社プリンシプルを設立。シリコンバレーにオフィスを構えるとともに、家族と移住し、現在も同地在住。
筆者の会社もリモートワークは週1回で落ち着いた

実は私が経営する株式会社プリンシプルでもリモートワークを導入しているのですが、回数は週に1回としています。まずは弊社を例に、どういった経緯でそういった形に落ち着いたのかをご紹介しましょう。
会社が小さい頃はリモートワークと相性が良かった
もともと弊社でリモートワークを導入したのは、間借りしていたオフィスに机とイスが3席以上増やせず、社員が増えても席がなかったからです。また起業初期の段階では外注先パートナーが多く、それぞれがカフェや自宅で仕事しているような感じだったのです。
クライアントのアポなど、必要なときだけ集まればなんとかなるというのは、私自身この時代に経験しています。子どもの面倒を見る時間を作れたり、カフェなど思い思いのところで働くことで気分転換ができたり、人に話しかけられずに集中することでパフォーマンスが上がったりするのも実感しました。
会社が成長するにつれ、完全リモートを維持するのは現実的ではなくなった
そうした経緯もあり、「リモートワークで行けるところまで行こう」という意識は明確にあったのですが、本格的なオフィスができてから毎日出社を原則としました。その理由は大まかに以下の2つです。
1. チームとして働きクライアントに質の高いサービスを提供するため

1つの転機は大手企業とデータ解析の取引を始めたことでした。データスペシャリスト・マーケティングスペシャリスト・オペレーター・営業から成る4~5名の混成チームを作り、定期的にクライアントと顔を合わせながら連携する必要がでてきたのです。
クライアントとのやりとりが密になると、より迅速で質の高い対応をするためには、チャットやビデオ会議などよりも、リアルでのミーティングや担当者間での直接の声がけなどが有効になっていきました。
2. 会社の規模拡大とメンバーの多様化は経営者目線では悩ましい問題
起業初期はメンバーが少ないこともあり、お互いの考えや、会社の目標などを共有できており、どこにいようが誰がどこでどの仕事をしているか把握できていました。
しかし、組織の規模が大きくなると、自己管理ができる人、マイペースな人、モチベーションの高い人、自分なりの目的意識をもって働く人など、メンバーも多様化してきます。性善説に立って社員を信じるべきとは思いつつも、会社を離れ管理下を外れるリモートワークを悪用されるケースは経営者として考えておかねばなりませんでした。
仮に、リモートワークをしている社員の中に、チャットでの連絡も、外部とのメールのやりとりも少なく、成果物もあまり上がってこない、それなのにタイムカードでは残業していることになっている、という人が出てしまうと、ほかの社員との公平性が保てなくなり、制度が運用しにくくなってしまいます。
リモートワーク時に仕事をしているかチェックするソフトを導入したりウェブカメラを設置するべきといった議論も世の中にはありますが、プライバシーの問題や、社員との信頼関係に関わることもあり、 当社への導入は現実的ではないと思いました。
そこで「週にリモートワークできる回数を1回に制限」することにしたのです。会社が小さかった頃にフレキシブルに動けたリモートワークの良さを何とか残しつつも、社員を管理し、質の高いサービスを提供して業績を伸ばしていける、その妥協点が「週1回」だったということです。
なお、社内満足度調査でも働き方に対するスコアは高く、週1回のリモートワークでも弊社の社員は満足してくれているようです。
リモートワークには「会社の業績」と「成果主義」が必要

冒頭で紹介したNASDAQ上場企業の方は、リモートワークを週1回に制限した自社についてこんな見解を示しています。
会社が上場するとマネージャーは社員をうるさく監視しなくなった。安定した次のステージに行けたから、また週1回だから、会社の経営には大きな影響がないと考えているのではないだろうか?
私は自身の経験から、以下の2つの条件が満たされたとき、自由度の高いリモートワーク制度を採用できるのではないかと考えています。
1. その企業の業績が良い
業績が良いIT企業などでは採用力強化が一番重要であり、リモートワークのような働き手にとって魅力的な制度は採用競争力を上げる要素になります。シリコンバレーでは当たり前になりすぎて、リモートワークができない会社は採用面で不利ですらあるかもしれません。
また、業績好調と仮定するなら、パフォーマンスが上がる/上がらないといった問題や社員管理の問題は表に出にくく、多少のデメリットがあっても容認されやすいでしょう。
人材的・事業的には伸びしろを多方面に探っていく余裕のある企業と相性がいいのではないでしょうか?
2. 成果主義の人事評価を採用している
固定給+成果報酬のような成果主義のもとで働く人とは極めて相性が良いです。売り上げ目標や、目標とする数字を達成するのであれば、どこで仕事をしようと構いません。達成できなければ給与を削減できるからです。逆に、時給で働く人との相性は良くないでしょう。
日本企業の営業マンについては、昔から当てはまっていたのではないでしょうか? 売れている営業は直行直帰でもOKですが、数字を達成できない営業マンは上司から怒られ、監視下に置かれるものです。
弊社では、時給で働く人もいるとともに、経理や総務などの成果とは直接結びつかない(=完全な成果主義とは言いがたい)部門もあるため、社員全員にリモートの良さを体感してもらいつつ、より良いサービスを実現し業績をさらに伸ばすためにリモートワークは週1回を原則としているという側面もあります。
「会社の危機」においてもリモートワークを維持すべきなのか?
シリコンバレーを含むアメリカでは、リモートワークは1と2の条件が揃った会社で活用されているように感じます。米Yahoo!のマリッサ・メイヤー氏が示したような否定的な見解の背景には、Googleなどのさまざまな後発企業の出現で米Yahoo!の 業績の落ち込み、もしくは株主からの更なる利益アップのプレッシャー という背景があったのではないかと思います。
どのような会社でも、社員全員で一致団結して乗り切らねばならない逆境に置かれることもあるのではないでしょうか。そうしたときに本気で成果を出すためにはチームとしての一体感を重視し、 オフィスで顔を合わせて働いたほうが成果が出るのか? それともリモートでも危機感を共有して乗り切れるのか? という議論はあってもいいかと思います。
経営者が目指す方向性が会社のあり方と制度を決める

個人の生活や家族を大切にし、社員が働きやすければ良いと考える会社であればリモートワークを続けるでしょうし、上場していて株主からのプレッシャーが強く収益を上げなければいけないという状況で「全員で集まって売上を上げ、乗り切ろう」と考えるのであれば、リモートワークを縮小・廃止していくでしょう。
究極的には「経営者が何を第一に考えているか?」という点に紐付く話なのではないかと思います。社員にとって働きやすい環境を作りたい、社員の環境が一番、と考えれば、業績が落ちてもリモートを継続するかもしれません。一方で、多くの経営者にとってそうであるように、企業の収益アップや立て直しがミッション、ということであればリモートは縮小・廃止の方向になるでしょう。
もし今、自由なイメージがあり、広告収益で好調なFacebookやGoogleの業績が落ちたらどうなるのでしょうか? もしかすると、米Yahoo!同様にリモートワークを禁止、もしくは制限するのかもしれません。
「会うことの価値」をどう企業的な価値につなげるかが今、経営者に求められている

今、シリコンバレーでは「会うことの価値」が再認識されているような印象を受けます。 さまざまなリモート会議システムサービスが登場し、人と会わなくてもビジネスができる環境が整っている、もっとも先進的な場所でありつつも、 面と向き合うと、情報量が増え、人間関係やコミュニケーションが深まり、それによって仕事がやりやすくなる、新しいアイデアが生まれてくる、といったメリットが生じると強調されています。
シリコンバレーで毎日開催されるネットワークイベントや、全米各都市で開催される業界イベントには、それが有料であっても各地から多くの人が集います。そうしたイベントにはネット上で開催されるイベントとはちがった価値があると考える人が多いわけです。
また、シリコンバレーのあるIT企業では、今まではフィリピンのコールセンターから全米の会社に営業電話をかけ、アポが取れたらビデオ会議などを利用してリモートで製品の紹介をする、というやり方をしていましたが、最近では実際に訪問できる範囲に絞ってアポを取り、クライアントと会う方針に切り替えたそうです。そうすることで、一緒になって製品に触れることができるようになり、今までよりも多くのフィードバックをクライアントから得られるようになったそうです。
個人的にも、対面でのコミュニケーションはクライアントに伝えられる情報量も、その満足度も、リモートでのやりとりに比べて1.5倍くらいになるように感じていますし、採用面接などでも対面することで、その人の情報はビデオコールの2倍以上の情報を得れていると感じています。
移動コストを削減できるなど、リモートで仕事をすることで得られるメリットを競争力につなげることもできますが、人間同士が会うことの価値を見極めてそれを競争力とするのも、経営者の1つの仕事になっていくのではないでしょうか?
(文/楠山健一郎、企画・編集/神山拓生)