晴れ渡った初夏の風が気持ち良い季節。そんな爽やかな気候とは裏腹に、「なんとなく、毎日気持ちが重い」「やる気が出ない」「理由もなく焦りを感じてしまう」など、メンタルの疲れが溜まってきている人が増えるのも、この時期です。
もちろん「五月病」とひとくくりにしてしまうことは簡単ですが、新しい環境に対応しようとして心と身体に負担がかかるのは自然なことであり、今の季節に限ったことでもありません。できることなら、こうしたメンタルの波をサーフィンしているかのようにうまく乗りこなす方法を身につけていきたいものです。
メンタル・マネジメントを成功させるために活用して欲しいのが、人の意識の中でも90%を占めるという「潜在意識」の領域。そして、「イメージ」の力です。 今回は、「ヒプノセラピー(催眠療法)」と呼ばれる手法を使ってポジティブな意識を取り戻す方法をお伝えいたします。
潜在意識に刷り込まれたマイナスの価値観を追い出す
ヒプノセラピーがどんなものかご紹介する前に、「潜在意識」がどんなものかを確認しておきましょう。
たとえば、ベッドのシーツの下に、気づかないくらい小さな石ころが入っているような状況を考えてみるとわかりやすいかもしれません。小石の存在は知らなくても、私たちは無意識にそれを避けながら寝ているはずです。そして不自然な姿勢で寝てしまい、朝起きたらなんとなく首や背中が痛い、なんてことが起こったりします。
人間の意識は、自分自身が認識している「顕在意識」と、自らが認識できない「潜在意識」の2つに分けられると言われています。その様子は「海に浮かんだ氷山」にたとえられ、海面に顔を出している氷の部分が約10%の顕在意識であり、海面の下にある90%が潜在意識と考えてもらうと、わかりやすいのではないでしょうか。
7〜8歳までの子どもは、この顕在意識と潜在意識の境界となるフタがパッカーンと開いた状態です。そのため、潜在意識には幼い頃に両親や社会、学校などと関わるうちに自分のものではない価値観が埋め込まれたり、さまざまな経験から思い込みやトラウマが生まれたり…。ポジティブなものも、ネガティブなものも、人生をかけて体験していくことのエッセンスが、知らず知らずのうちに潜在意識の内に蓄積されていきます。まるでベッドのシーツの下に紛れこんだ小石のように。それがいくつも、いくつも。
そして、この潜在意識に埋め込まれた価値観は、ベッドの下の小石が朝起きたときに首や背中の痛みを引き起こすのと同様に、私たちが大人になって物事を選択していくときにも、思わぬ影響を及ぼします。
「どうせうまくいかない」「いつもこうなんだ」など、何か自分が陥りやすい感情のパターンはありませんか? 同じシチュエーションに置かれても、もっと楽観的な人もいるのになぜそう思ってしまうのでしょう? ひょっとしたら、それはあなた自身の思いではなく、「あなたはいつも失敗ばかりね」などと幼少期に何の気なしに言われた一言が潜在意識下で作用してしまったせいなのかもしれません。
それでは、こうした潜在意識にある「小石」を取り除くにはどうしたらいいのでしょうか?
脳がかかりやすい「催眠」に注意しよう
潜在意識の領域に働きかける手段は色々ありますが、その1つが「ヒプノセラピー(催眠療法)」です。ヒプノセラピーでは一般に、セラピストが深いリラクゼーションに誘い、潜在意識と顕在意識の間にある扉を開いていきます。意識の深層にある問題の原因へとアクセスし、ポジティブな暗示やイメージを用いて意識をリフレッシュし、その人本来の資質を取り戻す手助けをするという心理療法です。
「催眠」というと、テレビショーのような、いかにも怪しいものを連想するかもしれません。しかし、実は私たちの日常のあちらこちらに、催眠の要素は紛れ込んでおり、気づかないうちに催眠状態に入っていることも少なくありません。
たとえば、派手なアクション映画を見た後。自分も身体のキレが鋭いアクションをできるような気分になって、目つき鋭く映画館から出てきた、なんていう経験はありませんか? これも、ある種の催眠状態です。
「催眠状態」とは、顕在意識と潜在意識という2つの意識の境目がなくなってつながった状態です。催眠に入っていても、「自分が催眠状態だ」とは感じませんし、意識もはっきりしています。何かに人が没頭しているとき、いわゆる「フロー」に入っているときはある種の催眠状態であり、むしろ普段よりも集中力が増した状態になったりもします。
人の脳みそというはかなり単純で、「レモン」「梅干し」などとイメージすれば、実際そのものが存在していなくても、すぐに口に唾液が充満するほどの身体の反応を引き起こします。このように脳みそが騙されるのは、潜在意識的な反応です。
ホラー映画を見て震え上がっても、実際に自分がゾンビに襲われたりしているわけではありませんよね。でも潜在意識はそれをすっかりと現実のように捉えてしまうほど素直なのです。
そのため、気をつけるべきなのは自分のネガティブな口癖や思考です。「どうせ私は」「俺なんて」「きっと無理」こうした言葉は、自分の潜在意識に刷り込まれていきます。こうしたマイナスの自己暗示は、まるで自分で自分に呪いをかけてしまっているようなもの。最恐の呪術師はまさかの自分だった! ということになりかねません。
自分にかける白魔術「エミール・クーエの暗示メソッド」
もちろん、この自己暗示をポジティブな形で活用することもできます。言わば、自分で自分に行うヒプノセラピーです。心のデリケートな領域を扱うため、セルフ・ヒプノセラピーを安全な形で実践するには、ある種のテクニックや丁寧な言葉選びが必要ですが、今回は誰でも安心して用いることができるキーワードを使った方法をお伝えします。
それでは、自分にかける「白魔術」となる「エミール・クーエの暗示メソッド」をご紹介します。
エミール・クーエの暗示メソッド
寝る直前、朝起きた瞬間に、以下の文章を10回唱えてください。
「私は毎日、あらゆる面で、ますます良くなっていく」
この暗示を唱えながら、自分があらゆる点で良くなっているイメージを、心に思い浮かべます。
まず、なぜ寝る直前か、朝起きた瞬間なのでしょうか? 実は、潜在意識の扉が開きやすい状態になっている時間帯があり、それは朝の寝起きでまどろんでいるときと、夜眠りにつく直前です。眠っているような、眠っていないような感覚のとき、人は非常に暗示にかかりやすい状態にあります。
逆に言えば、夜寝る前と朝起きたての時間に目に入れる情報には十分気をつけたほうがいいということ。少なくとも「質の高い睡眠」のためには、テレビやデジタルツールはオフしておいたほうがよさそうです。
次に、「あらゆる面」とは、心と身体の両方に対して、そして自分自身の状況に対して万能に働く言葉です。そして「ますます良くなっていく」は、今の状態を肯定しながら、さらに良い状態を期待することができる前向きな表現です。
良いイメージするときはうれしさに思わず微笑んでしまうぐらい、ありありと思い浮かべてみるのがポイントです。先ほどもお伝えした通り、脳は騙されやすいもの。レモンを思い浮かべると、口の中に酸っぱい感じが滲んでくるのと同じように、身体が思わず反応してしまうほどにイメージしてみましょう。
騙されたと思ってまずは1週間、続けてみてください。睡眠の質が良くなり、ポジティブな空気の中で目覚めることができると思います。
潜在意識は、寝ている時も、起きている時も24時間働いています。自分では見過ごしてしまうような小さな違和感も、ジワジワと潜在意識に働きかけているのです。
身の周りを美しく整えたり、ネガティブな考えが浮かんだときには、自分に対する言葉がけを丁寧でポジティブなものに言い換えていくだけでも、気持ちが少しずつ変わってくるはずです! そんな小さなことで? とあなどらず、ぜひ実践してみてくださいね。
「今を生き抜くためのセルフケア術」過去の記事はこちら:
・五月病になるその前に! デジタルデトックスとタッチングケア
・究極のデジタルデトックス・リゾートで身も心もリフレッシュ!
・夏の冷えを引きずらない! 残暑からはじめる超簡単な身体あたため作戦。
・知っておいてほしい「精油」のリスク ~アロマセラピーの基礎知識
・グルグル思考&感情から抜け出す!理系ボディワーカーに学ぶ感情片付け術
・瞑想が苦手な人でもできる、「身体性」を高めてマインドフルネスになる方法
小松ゆり子/パーソナル・セラピスト
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音楽、カルチャー、リラクゼーションを融合する「relacle」「CHILL SPACE」スーパーバイジング・ディレクター。南青山のプライベート・アトリエ「corpo e alma」を中心にセラピー・セッションやセミナー活動を行う。東洋的な押圧とロングストロークやストレッチングを多用し、植物や鉱物の力をフュージョンさせたオリジナルメソッド「VITAL touch therapy」を提唱し、密度の濃い「パーソナル」なスタンスでオーダーメイドの施術を行っている。約12万人以上を動員する音楽フェスティバルSUMMER SONICで10年連続セラピーブースを展開するほか、新宿のシェアオフィス「HAPON」でのオフィスリラクゼーション、アパレルブランド「かぐれ」でのセラピーや講座など他業種とのコラボレーションも多数。現代人が都会でバランスを保ちながら生き抜く知恵やプリミティブな五感を取り戻す方法をさまざまな角度からナビゲートする。
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