BIZREACHが運営するウェブメディア「BIZREACH FRONTIER」では、FinTech、VR/AR、人工知能など、最先端の分野にチャレンジし、いま、ではなく未来、「次の時代の当たり前」になるサービスや技術を作らんとする日本の企業を紹介しています。
ライフハッカー[日本版]では、毎週その中から1本の記事をセレクト。前人未踏の領域へとチャレンジする日本企業をご紹介していきます。
挫折を味わい、すべてをリセットして始めた「TECH::CAMP」

今、生活のあらゆるシーンにプログラミングが関わってきていることは誰もが容易に想像できるだろう。AIの研究開発も進み、従来は不可能だと思われてきたこともプログラミングによってコントロールできるようになってきている。
2020年には500億個ものIoT製品が世の中に広がっている予測もあり、すさまじい勢いでエンジニアのニーズが拡大しているにもかかわらず、エンジニアの数は圧倒的に不足しているのが現実だ。裏を返せば、人材の育成という面で計り知れないほどの社会的ニーズがあるということでもある。
「近い将来、人がやるのが当たり前と思われていたほとんどのことがプログラムによって遂行できるようになるでしょう。建築、医療、農業、小売、飲食、すべての産業がプログラムに置き換わっていきます」
こう指摘するのは、株式会社divの代表取締役を務める真子就有(まこ・ゆきなり)氏だ。彼が興した同社は短期集中プログラミングキャンプ「TECH::CAMP」を運営しており、サービス開始から2年間で約6,000名もの卒業生を輩出してきた。
大学在籍中からいくつかのITベンチャーでエンジニアとして活躍し、卒業を待たずして株式会社divを起業した。2015年11月には『Forbes』誌の「注目のUnder30起業家10人」に選出されており、まさしく新進気鋭のスタートアップ起業家である。
だが、真子氏の今日の成功は、かなりの紆余(うよ)曲折を経てつかんだものであった。
「TECH::CAMP」以前に立ち上げたサービスはリリース直後こそ一定の反響を得られたものの、その後はユーザー数が伸びず頓挫。起死回生を図って始めた次なるサービスもわずか3カ月で終了に追い込まれてしまった。このときのことを、真子氏は次のように述懐する。
「一時は10人程度まで増えていたメンバーが次々と辞めていきました。最後に残ったのは借金と、僕とインターンの大学生の2人だけ。自分は何をやっていたんだろう、と考える日々でした」
ここまで追い込まれると完全に諦めてしまう人も少なくないが、真子氏は違っていた。いよいよ行き詰まった2014年の夏、これまでのことを完全にリセットして、ゼロの状態から新たにビジネスを構築することを決断したのだ。
その結果として創り出されたのが、「TECH::CAMP」である。冒頭でも触れたように膨大なニーズが潜んでいることもその発想につながったが、真子氏自身の体験も大きなヒントとなった。
短期かつ着実にプログラミングを習得できる仕組み作りに成功
大学時代からエンジニアとして活躍した真子氏のプログラミング技術は、実はすべて独学によって習得したものだ。しかし、大学の授業ではほとんど身につかず、専門書を読みながら学習を続けたという。
「黒板やホワイトボードを用いた講義では、なかなかプログラミングのスキルは身につかないものです。独学で1つのサービスを構築できる域に達するには、僕の場合で約1年半の歳月を要しました。その点、僕の会社で働いているインターンたちは、まったくの未経験でありながら、わずか2カ月程度でiOSアプリをバックエンドも含めて丸ごと作れるほどのスキルを習得していました。その理由を突き詰めてみた結果、プログラミングはとにかく手を動かして覚えるのが重要であること。そして、不明点が出てきたら即座に質問して教えてもらえること。この2つが最速で習得する秘訣(ひけつ)だと痛感したのです」
そこで、「TECH::CAMP」では講義形式を一切とらず、頭ではなく手で覚える「繰り返し学習」を中心とした。さらに、プログラミングというITの最先端を支えるスキルでありながら、あえて「教室に通う」というアナログ的なアプローチを軸として設けている。その理由を、真子氏はこう説明する。
「オンラインだけの学習では、モチベーションを保つことがなかなかできません。わざわざ教室まで出向くからこそ、前向きになれるのが人間なのです。現に、当社ではオンラインのみのコースと、教室プラスオンラインのコースの受講比率は1:9となっています。本来、学習成果とは、『効率×学習時間』によって得られるもの。得てして効率ばかりに目が向けられがちですが、相応の時間を費やすことも重要なのです。そして、そのためには高いモチベーションを維持することが欠かせません」
一方で、真子氏は質問に即答できる仕組みについても完璧を追求した。オンラインはもちろん、教室でも日祝日を含めて11時から23時まで質問を受け付け、速やかに回答している。そのうえで、受講生たちから寄せられた質問は随時反映され、学習教材の内容がアップデートされ続けてきたのだ。
このような体制でプログラミングを短期かつ着実に習得できることが評判となり、「TECH::CAMP」は飛躍を遂げていった。しかも、卒業生たちが次の受講生を指導する「メンター」に就くといった好循環も生まれている。事実、「TECH::CAMP」で働くメンターの約9割は同講座の卒業生だ。卒業後、わずか10%の合格率の試験に挑み、合格を果たすと今度はメンターとして自分が教える側に回るのだ。
「今いるメンターは『TECH::CAMP』の意義に心底ほれ込んでくれている人ばかりです。海外では大学に通うよりも、『TECH::CAMP』のようなブートキャンプに通ったほうが有意義だという声も出つつあります。短期間で圧倒的な成長を遂げられる環境を求める動きは、世界中で広がっていくのかもしれません」
プログラム言語は世界共通、早くもグローバル展開を視野に
「人生を変える1カ月」というメッセージを掲げている「TECH::CAMP」。この学習プログラムを通じて、実際にエンジニアの職に就く人は「これまでは限られていました」と真子氏は語る。
受講生の大半はもともとIT業界において別の職種に就いていたり、この業界をめざしていたりした人で、プログラミングに直接携わらずとも、それを学んだことがビジネスのスキルアップに結びつくと考えているようだ。こうした声に応え続ける一方で、本気でエンジニアになることを目指す人に向けた、新たなコースを2016年6月より開始した。それが「エキスパートコース」だ。
「教養としてプログラミングを学びたい人に向けたサービスは確立できたと考えています。だからこそ、私たちは真にやりたかった『エキスパートコース』を2016年6月から開始しました。エキスパートコースは10週間で、第一線で活躍できるエンジニアとしてのスキルを身につけられる内容となっており、受講生も現在は選抜制を導入しています。ゆくゆくは『エキスパートコース』も希望者全員が受けられるようにしたいと考えています」
加えて、2016年10月からラインアップに加えられたのが「VRコース」である。約1カ月間の受講で、VRアプリケーションや3Dゲームを作るスキルを習得できるというものだ。真子氏は、VRの可能性についてこう話す。
「2年前に今のビジネスを立ち上げたころから、VRが次の時代のプラットフォームになりうると思っていました。きっと10年もたてば、『どうして昔の人たちは四角い2次元のモニターを使っていたの?』と、若い世代が不思議がる世の中に変わっているはずです。そのうち、コンサートはVRが中心になるかもしれません。VR上なら、誰もが特等席でコンサートを楽しめるようになる。技術的な課題はまだまだ多くありますが、それらを解決する未来のエンジニアを育てるという意味でも、『VRコース』の設立には意義があると感じています」
divでは「TECH::CAMP」を通じて育て上げた人材の就労を支援する人材紹介サービスの「TECH::CAMP 人材紹介」も展開。国内における拠点数も拡大の一途をたどっており(現時点では東京(渋谷、早稲田)、大阪、福岡)、将来的には国内の主要都市には拠点を構えるとのこと。さらに、真子氏が見据えるのは国内市場だけにとどまらない。
「プログラム言語は世界共通であり、反復学習と不明点の即時解決というメソッドも日本人だけに有効なものではありません。すでにベトナムをはじめとするアジアへの進出も準備しています。私はこの事業を通じて『すべての人が幸せに生きる世界を作る』というdivのビジョンを体現したいんです」
真子氏はプログラミング教育を通じて「幸せに生きる人を増やしたい」という。資本主義社会では生産性の高い人ほど心に余裕を持ちやすい傾向にあり「世の中に必要とされるスキルを身につけていることが幸せに生きるために大切だ」と真子氏は強調する。
「プログラミングほど生産性が高く、今後の需要が拡大する知的労働はありません。このスキルを世界に広めていくことが私のやりたいことです。一方で、情報の価値はどんどん低下しています。今後は、誰でも自由に、無料であらゆる物事を学ぶことができる時代がやってくるでしょう。ただ、これは学びの場が与えられるだけに過ぎず、誰もが自発的に、意志を持って勉強を継続することが難しいことは変わりありません。だからこそ、『ここにくれば確実に勉強をやり切れる』という実行力に価値がシフトしていくと考えています」
「TECH::CAMP」を開始してからわずか2年。日本を代表する20代起業家となった真子氏の目線は、世界の教育を変えていく未来をはっきりと見定めている。
(ロバーツ町田)