BIZREACHが運営するウェブメディア「BIZREACH FRONTIER」では、FinTech、VR/AR、人工知能など、最先端の分野にチャレンジし、いま、ではなく未来、「次の時代の当たり前」になるサービスや技術を作らんとする日本の企業を紹介しています。
ライフハッカー[日本版]では、毎週その中から1本の記事をセレクト、前人未踏の領域へとチャレンジする日本企業をご紹介していきます。
世界経済の成長を享受できない日本人
他の先進国と比べると、残念ながら大半の日本人は資産運用に無頓着だ。その結果、リーマンショックという未曽有の危機を乗り越え、世界経済は着実に成長を遂げてきたにもかかわらず、その恩恵を受けている日本人は少ないと、ウェルスナビ株式会社の柴山和久代表取締役CEOは訴える。
ウェルスナビは、フィンテックによって、日本人にも世界経済の成長を享受できる環境を整えようとしている企業である。
テクノロジーの力を用いてよりよい方向へと社会を導いていくのがITですが、当社の場合はそれを金融の分野において実現させようとしています。
個人金融資産の内訳をアメリカと比べれば一目瞭然であるように、概して日本人は資産運用に対する関心が低く、偏りが目立つ。大半の人たちは預貯金一辺倒となっているのが現実で、すでに投資信託などを所有している人たちにしても、正確には信託の内容を理解しておらず、金融機関の窓口で勧められるがままに取引しているケースが多い。
その点、米国では投資が非常に身近なものとなっており、株式や投資信託の売買経験が一切ないという人を探すほうが難しいかもしれない。そう考えると、日本人の金融リテラシーがアメリカ人に比べて低いという見方ができそうだが、決してそうではないと柴山氏は指摘する。
アメリカ人と日本人で、肌感覚として金融リテラシーに極端な差があるとは思いません。アメリカの場合は、リテラシーが低くても手軽に投資ができるサービスが十分に供給されているため、それによって経験を積むことで投資のことを学んでいきます。一方で、日本人は定年を迎えて退職金を受け取るまで投資を経験することがほとんどありません。もちろん20代の人たちは自己投資を最優先に考えるのが効果的でしょうが、正しい運用の経験はなるべく若いうちから積んでおくべきでしょう。
圧倒的に経験が不足しているがゆえに、金融機関の窓口で勧められるがまま金融商品を選び、まさかの損失を被って貴重な退職金を大きく減らしてしまうというケースも後を絶たない。
そうしたネガティブな体験談を耳にし、結果、投資に対して尻込みする人が増えてしまうという悪循環が、今の日本にはまん延している。柴山氏がウェルスナビを起業したのも、そういった日本人の資産運用の実態について問題意識を抱いたからだ。
金融商品への投資経験が乏しい日本人に向けた「ロボアドバイザー」を
柴山氏はアメリカのマッキンゼー・アンド・カンパニーに勤めていた時に、ウォール街に本拠を置く機関投資家向けに資産運用の仕組み作りをサポートした経験がある。莫大な資金を動かしている顧客に対し、適切なリスク管理のルールを整備したり、運用目的や目標などに応じてどのような金融資産にどれだけ投資すればよいかを決めるアルゴリズムを開発したりする仕事だ。それに基づいた資産配分を心掛ければ、過度にリスクを負うことなく堅実な成果を期待できる。
世の中のあらゆる金融商品に共通しているのは、より高いリターンを追求できるなら、おのずとリスクも高くなるということだ。債券で言えば、ハイ・イールド債がその典型だろう。信用格付が低い企業などが発行した債券で、高格付債券と比べて高いクーポン(利率)や利回りが提示されているものの、デフォルト(債務不履行)となるリスクは相対的に高い。「投資不適格債」と呼ばれることもある。したがって、柴山氏がサポートした機関投資家は、リスク管理のルールに従って、ハイ・イールド債の組み入れを一定比率内にとどめていた。
ところが、そのころ日本では、個人投資家の間でハイ・イールド債が大いに人気を博していた。なぜなら、毎月の分配金が年金の足しになると考えた個人投資家の間で大人気となり、「売れ筋商品」として金融機関も積極的に推奨したからである。
金融庁のレポートで再三指摘されている通り、日本では、販売手数料の高い商品が推奨される傾向にあります。ETF(上場投資信託)のように低コストで良心的な設計の金融商品も存在していますが、それらだけではなかなか採算が合いません。
こうしたことから、高い手数料収入が得られ、見かけ上のリターンが高くて個人投資家に訴求しやすい金融商品の販売に力を入れるようになるわけだ。もちろん、あらかじめ金融商品や資産運用に関する正しい知識を身につければ、そのような甘言に惑わされなくてすむ。
国も、「貯蓄から投資へ」というスローガンを掲げたころから、投資家教育の重要性を説いてきたが、さほど目立った成果はうかがえない。教育もさることながら、金融リテラシーが高くない人でも本格的な資産運用を安心して気軽に実践できるツールこそ、今の日本で最も求められているものだと柴山氏は考えた。
そこで、2015年にウェルスナビを起業し、メガバンク系ベンチャーキャピタルなどからの出資を受けながら「ロボアドバイザー」の開発を進め、2016年7月に一般向けのサービスもスタートさせるほどに成長した。この「ロボアドバイザー」とは、独自のアルゴリズムを用いたもので、いくつかの質問に答えていくと、個々のニーズやリスク許容度に応じた最適なポートフォリオ(投資先の組み合わせとその配分)が提示されるというスキームになっている。
いわば、かつて柴山氏が機関投資家と協力して開発した資産運用アルゴリズムの個人版だ。具体的には、海外の株式市場に上場している6~7種のETFを組み合わせることによって、約50カ国の1万1,000社を超える銘柄に国際分散投資を行うことができる。資産運用の全プロセスが自動化されているので、投資にあまり詳しくなくても適切な選択に導かれる。
ウェルスナビを使えば、ハイ・イールド債だけに投資してリスクを取り過ぎるような事態はそもそも起こり得ない仕組みだ。また、その後の運用状況を眺めながら肌感覚でその成果を理解し、結果として金融リテラシーが備わっていくように設計されている。
そして、肝心のアルゴリズムが公開されているのも、ウェルスナビの大きな特徴だ。「金融リテラシーの高い人がその中身を検証しても納得していただけるものだと自負しています。お任せのサービスであるからこそ、従来の金融サービスよりも一層高い透明性が求められるのです」と柴山氏は説明する。
「投資のリターン>労働の収入」だからこそ、投資が格差の是正に

ウェルスナビは、選択や配分が自動的に判明することに加え、アルゴリズムによって最適なタイミングで売買が執行されることも見逃せないポイントだ。
適切な選択であってもタイミングを誤れば、得られる成果はおのずと異なってくるからこそ、執行のアルゴリズムも極めて重要なのです。
そう語る柴山氏は、ウェルスナビの創業とロボアドバイザーの開発を決意した時点で、株式会社divが提供する短期養成講座「TECH::CAMP(テックキャンプ)」でプログラミングを一から学んだ。そして、自らプロトタイプの製作に携わったそうだ。
現在提供中のサービスはプロのエンジニアが手掛けたもので、私は直接関わっていません。にわか仕込みでその道10年のベテランに太刀打ちできるはずがありませんから。ただし、プログラミングを学んだことで、ほんの少しかもしれませんが、マッキンゼー時代には全く無縁だったエンジニアの気持ちが理解できるようになったような気がします。モノづくりの苦しみも、動いた時の喜びも。知識や経験がゼロかイチかでは、まったく事情が異なってきます。
ここまで柴山氏を突き動かしているのは、冒頭でも触れた通り、世界経済の成長の恩恵を日本人もわが物にしてほしいという熱い思いだ。
では、こうした本格的な国際分散投資を実践している人と、特に何も手を打たなかった人では、先々にどのような違いが生じるのだろうか。無論、未来のことを正確に読み解くことは困難だが、柴山氏はこんな話を打ち明けてくれた。
2007年に、柴山氏はアメリカ人女性と結婚し、シカゴにある彼女の実家の裏庭に70~80人を収容できるテントを張って式を挙げたそうだ。主庭(メインガーデン)ではなく裏庭でさえ、それほどの広さを誇っている彼女の実家に対し、柴山氏の実家はごく一般的なサラリーマン家庭だった。自分の両親と彼女の両親の所有する金融資産には、10倍以上もの差があることを知ったという。
彼女の両親はもともと資産家だったわけではない。国の違いはあるが、どちらの両親とも学歴や職歴には大差はなく、結局のところ、この違いを生んだのは資産運用だった。
家内の両親は資産運用のアドバイザーから助言を受け、25年間にわたって国際分散投資を行ってきたのです。この結果、アメリカの個人投資家の平均をはるかに上回るリターンを得ることができました。一方で、私の両親はバブル崩壊で株式投資から足を洗い、現役時代は住宅ローンと保険料をせっせと支払いながら、預貯金と退職金で老後に備えるという日本人にありがちな運用スタイルでした。
このような差はますます広がっていくと考えられている。投資によって得られるリターン(r)は労働によって得られる収入(g)を上回ることから、今後は富を持つ人にいっそう富が集まって格差が広がっていく──。フランスの経済学者であるトマ・ピケティは数年前に大ベストセラーとなった著書の中で、「r>g」の式を用いながらこう指摘していた。
しかし、ピケティのような考えはあるものの、けっして悲観すべきことではないと柴山氏は言う。「富を持たざる人でも、労働で得たお金を投資に回していけば、格差社会で取り残されていくことを防げるはずです」
ロボアドバイザーの本格普及は、格差の是正にも結びつくともいえるだろう。冒頭で柴山氏が宣言した通り、ウェルスナビは金融の世界にテクノロジーを持ち込んだフィンテックによって社会を大きく変えていくことに本気で取り組んでいるのである。
(ロバーツ町田)
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