海外への移住に憧れはあっても、見知らぬ地での暮らしに不安を覚える人は多いと思います。ですが、仕事で頻繁に日本と移住先を行ったり来たりできるとしたらどうでしょう。だいぶ不安が解消されるのではないでしょうか?
これからのライフプランを考えるためのヒントを探して旅するアラサーの私たちは、ベルギー人の相方と共にアントワープで建築事務所「Schenk Hattori Architecture Atelier」を開業し、日本でのプロジェクトも手がける若手建築家•服部大祐氏(31)にお話をうかがいました。服部氏はベルギーを拠点にして、プロジェクトごとに日本各地へ出張する彼の生活から、私たちは生活拠点の100%を海外へ移す一般的な「移住」とは異なる生活スタイルのヒントを得られると考えたためです。今回は服部氏の海外拠点から日本へ出張する暮らし方をご紹介します。
Steven Schenk氏と服部大祐氏により設立された建築設計事務所。両氏はスイスにあるメンドリジオ建築アカデミーで学び、ヨーロッパ数カ国の建築設計事務所での経験を積んだ後、2014年に本事務所を設立した。以来、アントワープを拠点に、ベルギー・日本を中心に設計活動を行っている。現在は設計活動に加え、ベルギー・オランダにある複数の建築大学にて教鞭を執っている。
ベルギー5:日本5の仕事バランスが理想的

── 「日本に出張する暮らし方」になった経緯を教えてください。
服部:もともと今のような暮らし方を目指していたわけではなく、スイスの建築学校で意気投合したスティーブンに誘われてベルギーで独立開業することになったのがきっかけです。開業当初はベルギー国内のプロジェクトが中心でしたが、2年経った今は日本のプロジェクトが半分を占めています。私たち2人の主な業務は設計活動になりますが、クオリティを監理*するためには施工の現場に立ち会う業務も多くなります。ベルギー国内の施工監理は地元民であるスティーブンが主に担当することになるので、2人の設計の時間のバランスを均等にするためには、私が施工を監理できる日本でのプロジェクトを増やす必要があったのです。 *監理:工事を設計図書と照合し、それが設計図書のとおりに実施されているかいないかを確認すること。工事現場の監督が行う「管理」とは異なる、建築士の業務。
視点が増えるほどアイデアは強度を増す
── 今の生活をしていて感じるメリットを教えてください。
服部:日本への出張が増えるほど経費や時間といったコストは当然、増えていきます。ですが、ここまでの活動を振り返ってみると、2カ国でまったく異なる特徴(地理や気候)を持つ土地での設計活動を通して、どちらでも通用する自分たちの設計のコアとなる要素が自ずと浮き彫りになってくるという利点は感じています。結果的に、プレゼンの際に自分たちの意図をクリアに伝えやすくなり、奇を衒(てら)った装飾や形態に頼らずとも、コンペのような場で評価を得ることができます。
ブリュッセルの総合芸術施設BOZARで開かれた日本•ベルギーの国交150周年記念展の展示プランを両氏が手がけた。(c) BOZAR, (c) MOMAK 既存の白壁を床まで延長することで、作品情報の表示と、作品保護の2つの機能を持たせている。これによって、最小限の予算で最大限の作品展示数を可能にした。(c) BOZAR, (c) MOMAK日本に対してワクワクできる
── 私生活においても何かメリットはありますか?
服部:外国人のような気分で日本を客観的に見つめることになるので、新しい発見がたくさんあります。たとえば、私は都会で生まれ育ったので気にしていなかったのですが、眠らない街•東京はまるでアトラクションのようで、夜遊びが本当に楽しいな、と感じます(笑)渋谷ではしゃいでいる外国人の気持ちが、今は少しわかります。あとは、日本人の自虐ネタは海外でも通用するほど面白いとか、日本で住むとしたら京都がいいなとか、将来役に立つかわからないけど、とにかくインプットの量は格段に増えます。日本に対してこんなにワクワクしている日本人って、あまりいないのではないでしょうか?── 金銭や時間以外にデメリットを感じることは?
服部:たまに「俺ってどこの誰だろう?」と考えてよく分からない気持ちになることがありますね。ビザの更新でなんども移民局に通わされたときは、とても気分が落ち込みました。自分はノマド的に動き回るのが好きな性格なのだと思いますが、そんな人間にとっても本能的に「帰る場所」というのは重要なのかもしれません。

「アイデンティティが希薄な人」は移住に向いている

── シェンク氏は服部氏と働いていて、どんな特徴があると感じていますか?
シェンク:ダイスケ(服部氏)はカメレオンみたいな力を持っていると思います。どこでどんなバックグラウンドの人と会っても、自然にとけ込んで、円滑にコミュニケーションがとれるんです。ヨーロッパの人は主張がぶつかり合ってうまくいかないことも多いから、すごいコミュニケーション能力だと思います。── それは日本人が自虐的に言う「アイデンティティが希薄」という特徴と近いかもしれません。服部氏はどう思いますか?
服部:まったく同感です。現代の日本人は、ヨーロッパ人みたいに歴史の重みとともに生活したり、陸続きの異国と接していないから、彼らと比べると、それほどのアイデンティティは無いのかもしれません。だからこそ、日本を出てしまえば大体どこの国に行っても「あ、俺、地球上なら大体オッケー」となれるから、私たち日本人は複数拠点での生活に向いているのかもしれませんね。私は、自分自身が移住や多拠点生活へ興味をもった理由の1つに「住宅ローン」「待機児童」「年金」といった日本のネガティブな未来像からの脱出願望の影響があると考えています。「日本への出張」を取り入れた移住によって、日本に対して見方が変わりワクワクできるならば、ぜひ取り入れたいライフスタイルだと思いました。仕事においても自分の強みやネットワークを無理なく活かせそうな点も、魅力に感じました。
次回は、"北欧のベネチア"ことストックホルムにて、謎のビジネススクール「ハイパーアイランド」を訪問します。
中島琢郎(なかじま・たくろう)|Facebook
エクスペリエンス・デザイナー/キャンパー/バンドマン
外資系広告代理店ビーコンコミュニケーションズ(米国の総合広告代理店レオ・バーネットの東京オフィス)にて、営業部門・デジタル戦略部門を経てクリエイティブ職へ。学業や仕事の合間を縫って30カ国・100都市以上を旅行した経験から、世界の誰がみてもいいね! と思えるユニバーサルなアイデアの実現を目指して広告やサービスを企画・制作している。カンヌ国際クリエイティビティフェスティバルの「ヤングカンヌ」(28歳以下の国際コンペ)での2年連続日本代表選出や、シンガポール・チョンバルエリアの魅力を紹介する「Keppel Land Live」のレポーターなど、国内外で活動の幅を拡大中。16人編成バンド・画家にてパーカッションを担当。どんなことでもお気軽にご連絡ください。連絡はこちらまで。