私たちは合理的に物事を判断し、理性的な行動を伴わせているわけではありません。

それは日々の買い物でもそうですし、資産管理でも同様です。もっと言えば、働き方やパートナーとの交際であっても、すべてが理性で進んでいるわけではないはずです。生きがいや暮らしがい、働きがいなどは、理性や論理だけで決められない部分が多いですし、むしろそうした情緒的な部分にこそ人間らしさがあったりします。

しかし、「自分の老後のお金の準備」というテーマについては感情的に流されてはうまくいかないものです。ところが、自分の老後のことについては、私たちはどうしても非合理的に判断してしまい、理性的に向き合うことができません。

何せ遠い未来のことです。人は10年以上も先のことについて計画的に準備することは難しく、65歳になった自分のために今から毎月積み立てを始める人はほとんどいません。もし今、1万円をインフレ以上の利回りを得て将来に持ち越すことができれば、これはガマンに値する資産形成になりますが、そういうガマンはなかなかできないのです。これは心理的問題だけではなく、投資知識の問題でもあります。

老後の蓄えは人生最大の準備金額になることも心理的ハードルです。莫大な金額の準備目標をみれば、誰でもひるみ、そもそも準備しようという意欲すらなくしてしまいます。だって、「今から3000万円貯めましょう」といわれて、誰もリアリティをもってがんばれませんよね?

行動ファイナンスの研究でも、老後のお金の準備がうまくいかないことは格好の研究対象です。しかし「うまくいかないのが人情です」と終わらせるだけではなく、むしろその成果を活かして、うまく老後に備える方法があるのです。

「iDeCo」という新しい仕組みには、あなたの未来を変えるポテンシャルが秘められている

2017年1月から「iDeCo(イデコ)」という新しい制度がスタートするとニュースの話題になり始めています。これは「個人型確定拠出年金」という制度の新しい愛称です。

制度そのものは2002年1月からスタートしているのですが、今回大改正があって「現役世代は誰でも原則利用可能」ということになりました。少なくとも2400万人以上が利用できることになるため、金融機関も力が入っています。

この制度、簡単に言ってしまうと「老後のためにお金を積む人には税金を軽くしてあげましょう」という仕組みです。大まかな流れは以下のような感じです。

  1. 自分の老後のために専用口座を作って入金すると、目の前の税金(所得税・住民税)が軽くなる
  2. 定期預金や投資信託などで入金されたお金は増やしていくことになるが、利息や運用益などは税金が引かれないので有利に増やすことができる
  3. 受取時には退職金と見なして課税されるので、非課税になるか、わずかな税金しか払わずにすむ(一時金の場合)
  4. 専用口座のお金は自分のものであるため、世代間の支え合い等に使われることはなく、老後に全額受け取れる

国の制度ではありますが、民間の金融機関が競争し合う余地があるので、サービス競争のメリットを私たちは享受できます。また実際のお金の管理は民間で行うので安心感もあります(金融機関の破綻時にも保護される仕組みがある)。

この制度、金融機関の盛り上がり以上に、私たちの未来を明るくしてくれるポテンシャルがあります。しかも、行動ファイナンス的な問題を一気に解決してくれるポテンシャルが!

iDeCoは定期的少額積み立て×税制の優遇×中途解約禁止=最高の老後資産形成方法

iDeCoは、制度の仕組みそのものが、老後資産形成に最適化されています。つまり「金持ちが一気に100万円入れる」というような方法は行えません。立場によって異なりますが月1.2万円ないし2.3万円程度の積み立てを定期的に行うしくみです(自営業者等は月6.8万円)。一気にやるのではなく「少額の積み立てを定期的に行う」しかけです。

そして「自分の老後に向けて積み立てすると、自分の目の前の所得税・住民税が軽くなる」という税制上のお得さにより、資産形成は効率的になります。実効税率は年収次第ですが、仮に年収500万円くらいの人が月1.2万円掛金を積み上げると約2カ月分の税金が軽くなります。実質的に10月分を負担すれば、国が税金を免除してくれた分で残り2カ月の積立金が払えるくらいのインパクトがあるのです(繰り返しますが自分の老後のためにお金を貯めたら、国が税金を軽くしてくれるのですよ!)。

この税制上のメリット、お金を増やしたときの収益分にも非課税としますので、投資をした人ほどその成果は有利になります。国内外に分散投資をして年4%ほど収益を得られた場合、20%税金を引かれて実質3.2%しか増えないのと、4%丸取りできるならどちらが有利でしょうか? 毎月1.2万円を30年積み上げたとしたら、その差はなんと91万円にもなるほどです(694万円vs603万円)。これも運用成績の差ではなく、税金を引かれるか引かれないか、の差だけで生じる違いです。

また、60歳まで基本的に解約NGとなっているのですが、この厳しいルールも安易な解約を防ぐ効果があります。私自身、個人型確定拠出年金がもっとも資金形成のペースが良いのですが、「今月は厳しいから投資の追加入金はゼロね」とか「ちょっと解約しちゃおうかな」という弱い意志が入る余地がないので、着々と貯まり、リセットされずにお金は残り、増え続けています。

結果的には「解約できない」というルールが「iDeCo以外でお金はなんとかやりくりしよう」という歯止めとして機能しているというわけです。

老後のための資産形成を考えたとき、iDeCoのやり方は実は、最高の方法をあなたに提供してくれるのです。

2017年1月から本格スタート! このビッグウエーブに乗り遅れるな

実はこういう仕掛け作りは世界的トレンドでもあります。アメリカではIRAという制度がiDeCoとほとんど同じ仕掛けになっており、国民の老後資産形成の中核として機能しています。イギリスでもISAとNESTという制度が老後に向けた半強制的貯蓄を国民に促しています。

「乗るしかない、このビッグウエーブに!」とは、iPhone3G発売時の有名な台詞ですが、もしかしたらこういうムーブメントに乗ることは悪いことではないかもしれません。

というのも、仮に1万円の積み立てをiDeCoでスタートさせたら、5年後には気がつけば元本60万円の老後の財産が貯まります。仮に毎年2万円ずつ税金で得をしていれば、実質50万円で60万円が貯まり、運用益を確保していればさらに老後の財産は増えたことになります。

しかし、何もしなかった人、あるいは「落ち着いたら考えよう」という人はおそらく5年後も老後の貯金はゼロ円のままになってしまうでしょう。

もっと違う言い方をすれば、iDeCoという仕組みは、国が「これは美味しい話だから一口乗りなさい」と誘ってきているようなものです。

国の本音は年金水準減少の穴埋めを自力でしてもらうことです。しかし、これも世界的に同じことが行われていますし、国の年金が下がる穴埋めだったとしても、iDeCoの財産は個人のものですから、がんばった人だけ老後が豊かになります。

iDeCoをやった人もやらない人もどうせ年金が下がるとすれば、ゲーム理論的には「やった人だけ確実に得をする」ということになります。

今なら、金融機関各社がいろんな情報発信を行っており、加入を検討するにもいいタイミングです。そして、老後の財産形成のようなものは、「思い立ったら吉日」の感覚でスタートさせない限り、チャンスを逃してしまいます。

iDeCo、という言葉がニュースの話題に上っているうちに老後への積み立て、ぜひスタートしてみてはいかがでしょうか。

(山崎俊輔)

Photo by Shutterstock.