ハイブリッドなどのエコカーや自動運転車などが進化を遂げ、クルマを保有しないカーシェアリングやライドシェアが広がりを見せるなど、200年以上(蒸気自動車が発明された1769年から)続く歴史のなかで、今クルマは大きな転換期を迎えています。

そこで本記事では、改めてプロダクトとしてのクルマ、単に移動するだけではないクルマの魅力について考えてみました。話を聞いたのは、インテリアスタイリストの窪川勝哉(くぼかわ・かつや)さん。複数のクルマを乗り分けているそうですが、目利きスタイリストが選んだクルマとは、クルマとの付き合い方は、どのようなものなのでしょうか。

窪川勝哉(くぼかわ・かつや)/インテリア&プロップスタイリスト

160613_sony_soundbar_prof.jpgインテリアのみならずクラフトから家電までプロダクト全般に造詣が深い、男性には珍しいインテリアスタイリスト。雑誌やテレビなどメディアでのスタイリングだけでなく、ウインドウディスプレイやマンションのモデルルーム、イベントのデコレーションなども手がける。2011年渡英。2013年より再び拠点をロンドンから東京に移し活躍中。公式サイト

クルマは、多彩なプロダクトデザインを凝縮した作品

── いきなりですが、出かけるときはクルマで移動して、電車を利用しないと聞きましたが、その理由は?

窪川氏:電車を含めて公共交通機関には、ほとんど乗らないですね。街中のコンビニへ行くにも、長距離の移動でも、自分でクルマを運転して行くようにしています。というのも、電車だとA駅からB駅までのただの移動になってしまう。クルマなら安全運転を心がけながら周囲を見渡しているだけで、さまざまな情報や気づきを得ることができます。途中で停めて電話もできます。でも、結局は自分で操作したり、時間や空間をコントロールするのが好きなんです。人任せで移動してもおもしろくないですからね。

── コンビニへ行くにもクルマですか?

窪川氏:確かに自宅からコンビニが少し離れた場所にあることは事実ですが、でも距離の話ではないんです。たとえば、どこかへ出かけるときは、洋服やバッグ、シューズなどお気に入りのアイテムを身に着けて行きますよね。でも、好きな家具やインテリア小物を常に持ち運ぶことはできない。

クルマは、時計にも通じる視認性と機能性の高い各種メーターがあり、居住性すら考えているかのような快適と安全を追求したシートが、車内を照らす照明が装備されているように、眺めてみるとあらゆるプロダクトデザインの要素がハイレベルで詰め込まれて完成しています。そして、お気に入りの車内空間といつでも一緒に外出することができます。その心地よさや自由な環境があるから、電車ではなく、クルマを利用しているんです。

そのクルマが醸し出す独自の世界観が愛着を抱かせる

LH_kodawari_car01.jpg▲ローマの路地裏にバイクと一緒に駐車するスマート。この光景に触発されて窪川さんは帰国後にスマートを購入した。(写真/窪川勝哉)

── そんな窪川さんが乗っている、現在の愛車は?

窪川氏:プライベートで乗るスマート・ブラバス・カブリオレ(2002年式、以下スマート)とキャデラックのオープンカー、仕事用のベンツGクラス300GEL(1994年式、以下ベンツGクラス)とMINIの4台です。でも、いつも乗っているのは、スマートとベンツGクラスのどちらかですね。

── 複数台のクルマを1台にすることはできない?

窪川氏:クルマに対する自分の欲求を1台に集約させようとしても、何かを妥協した結果になってしまいます。人間関係でも全科目で平均80点を取る人にはあまり興味がないんですが、人もクルマも同じ。どこかに問題があるんだけど、何かに突出しているとか、そのクルマでしか感じられないような振り切ったものの方が僕は好きですね。なので、最低でもプライベート用と仕事用の2台は必要ですね。

── クルマを選ぶときの優先事項はありますか?

窪川氏:先ほどの話にも関連しますが、比類なきものですね。小さいならとことん小さいスマート、無骨ならとどこまでも無骨なベンツGクラスがいいんです。なんとなくデザインが良くて、荷物が積めて、燃費が優れているというような折衷案が嫌い。コスパを含めてバランスを考えるのではなく、他の選択肢がないようなクルマが好きです。バランスを優先していたら、もっといいなと思うクルマが出てきたときに浮気すると思うんですよ。実際、スマートとベンツGクラスは、モデルやタイプは変わりましたが、常に同じ車種を買い替えているので、いずれも10年以上乗っていることになりますかね。

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── では、どうしてスマートとベンツGクラスを選んだのか、その魅力を教えてください。

窪川氏:スマートとの出会いは2001年4月、イタリアのミラノで毎年開催される「ミラノサローネ国際家具見本市」へ向かう途中のローマでした。とんでもなく多くのスマートが街中を走っていたんです。その光景を見て、"小さいクルマもいいかな"と率直に思いました。それまでクルマは、アメ車のように大きい方がいいと勝手に思い込んでいたところがあったんですが、極端に小さいスマートを見て"あれ? 名前の通り、コイツを乗り回すのはスマートかもしれない"と感じて、帰国後すぐにスマート・カブリオを購入しました。

現在のスマートは、2013年に2年間のロンドン生活を終えて帰国してから買い替えたんですが、いずれも、RR(リアエンジン、リア駆動)で、ゴーカートのような走りをするんです。ハンドルにパドルシフト(変速ギアを操作するレバー)が付いているので、スピードこそ出しませんが、ギアを変えるたびにサーキットを走っている気分になるんです。

また、ボディが小さく、細い道でもなんなく通れるので、勇気を持って知らない道にも入っていけるんです。すると、素敵な家やおしゃれな店を見つけたり、マニアックなクルマと出会ったりと、路地裏でいろいろな発見があるんです。知らないことを知ることが好きな自分にとっては最適なクルマです。先ほど、コンビニに乗っていく話をしましたが、小回りが利くという点では、原付バイクと同じ感覚ですね。ハーレーダビッドソンでコンビニに行く人はいないと思いますが、原付バイクならありでしょ。

── インテリアスタイリストとして、車内空間についてはいかがですか?

窪川氏:全長約2.5mしかないスモールサイズの中に、いろいろな機能が集約されています。広大な土地なら大きな家を建てられますが、狭小住宅の場合は光の採り方などいろいろな工夫が必要ですよね。それに通じるような、このサイズ感でいかに快適性と安全性を保つかとか、荷室をどのようにつくるかとか、そのレイアウトが絶妙ですね。屋根を開けると開放的な気分でドライブが楽しめ、助手席のシートを倒せばゴルフバックも余裕で積める。もちろん燃費もいいし、何の不満もないですね。クルマとしてMoMA(ニューヨーク近代美術館)のパーマネントコレクションになっているのも頷けます。

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── では、もう1台の ベンツGクラスを選んだ理由は?

窪川氏:僕は流行り物が好きではないんです。自宅のインテリアに流行を取り入れているかというと何もない。現在の家に住んで10年ぐらい経ちますが、使っているインテリアは住み始めたころのままです。

その意味では、変わらないモノ、普遍的なデザインが好きなのかもしれませんね。ベンツGクラスは、もともと軍用車両として開発されたクルマで、現在に至るまで当初の設計が受け継がれ、基本構造が昔から変わっていません。重たいし、遅いし、いろいろありますけど、あのクルマにしかないというか、古さを感じさせないというか、ころころデザインが変わるクルマが好きではないので、僕は買ったら長く愛し続けることが前提にあるんです。

── お気に入りのポイントはありますか?

窪川氏:撮影の時にインテリアを運ぶために使うことが多いのでフラットでスクエアなラゲッジルームは積み込みやすく便利ですね。でも、気に入っているのは細かくてすみませんが、昔ながらの折り畳みサードシートやルームミラーの上にある表示灯ですかね。メーター類を含めて車内のインジケーターはデジタル化が進んでいますが、古めかしくてもしっかりドライバーとコミュニケーションが取れる。そんな空間に身を置いているのが心地いいんです。

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時代は変わっても、自分なりのこだわりを持っていたい

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── クルマの社会環境が変わり、電気自動車や無人運転なども話題になっていますが、クルマの未来についてはどのような感想をお持ちですか?

窪川氏:去年までBMW650カブリオレにも乗っていたんです。クリス・バングルという自動車デザイナーのデザインがとても気に入っていて、改めて買い直そうと探しているんですけど、好きな色が見つからないんです。

そんな折、プラグイン・ハイブリッドのBMW i8に試乗させてもらったんです。家でもクルマでも感覚的には古いものが好きなので、どうなんだろうと思ったんですが、あまりにも未来志向で刺激的でしたね。以前、リニアモーターカーに試乗したことがあるんですが、同じように、1500ccのエンジンなのにスーッと力強い加速から安定した走りになり、ハンドルも軽い。これからもっと進化していくんでしょうね。ガソリン車はいつかなくなるだろうし、人が運転しないクルマが増えていくのは、それほど未来の話ではない気がします。

実際、シンガポールでは人が運転しない無人タクシーが走りはじめましたからね。まだ試験運行のようですが、2年後には利用制限をなくして、誰でもどこでも利用できるようにする計画とのこと。そうなると、ちょっとクルマに対する考え方が変わる気もしますが、でもなぁーというのが本音ですね。


どんな人にも某かのこだわりはあると思いますが、その中身を聞いていると、生き方やライフスタイルを垣間見ることができます。窪川さんにとってのクルマは、特別なものではなく、洋服やインテリアと同じように、自分を心地よく過ごすためのツールであり、自分らしさを体現するものなのかなという気がしました。

(文・写真:スマート/香川博人、写真:ベンツGクラス/山下亮一)