起業のすばらしさを強調し、「起業するべきだ」とビジネスパーソンを焚きつける記述を多く見かけます。でも、本当に"起業すれば、それだけでいい"のでしょうか? 起業しさえすれば、すべてがうまくいくのでしょうか? 『1万人を見てわかった 起業して食える人・食えない人』(松尾昭仁著、日本実業出版社)の著者によれば、残念ながらそうともいえないようです。
出鼻をくじくようで心苦しいのですが、独立して成功して食べていくのはそう簡単ではありません。多くの人が起業して成功しようと努力しますが、その大半は夢の途中で挫折する結果となります。(「はじめに」より)
ここまで断言できるのは、経営コンサルタント、セミナー講師として、1万人以上の起業家及び起業家予備軍と接してきた実績が著者にはあるから。その過程においては成功者だけでなく、うまくいかなかった人もたくさん見てきたというわけです。
では、起業して食べていける人と失敗している人には、どのような差があるのでしょうか? もちろん、業界・業種、時流、戦略、商材・サービス、個人の能力などさまざまな要因が考えられるでしょう。しかし、起業がうまくいかない最大の理由は、サラリーマン時代の思考と行動原理を引きずったまま行動してしまうことにあると著者は分析しています。
逆にいえば、起業で成功するためには、「起業家の思考と行動原則」を身につける必要があるということ。そこで本書では、著者が見てきたケーススタディをベースとしながら、起業に成功する人が「必ずやっていること」「やらないこと」を示し、起業家体質の人の思考や行動パターンを紹介しているわけです。
第1章「起業して食える人の『思考法』」から、いくつかをピックアップしてみたいと思います。
食える人は「直感で答えを出して行動する」
なにか新しいことをはじめようというとき、理詰めで考えると、どうしてもリスクばかりに目が向いてしまうもの。しかし、そもそもリスクがあるのは当然なのだと著者は主張しています。新規事業にしても起業にしても、新しい事は誰もやったことがないわけですから、当然といえば当然の話。それにリスクがあるからこそ、参入障壁が高く、ビジネスチャンスも大きい。つまり考え方によっては、「リスクをすべて受け止めたうえで、あえてやる」ことが必要な場合もあるわけです。
しかし、うまくいかない起業家は、判断を先延ばしにする傾向があるのだそうです。だから、リスクばかりが気になってしまうわけです。たとえば、合格率数%といわれる司法書士試験を受けようとするとき、こういうタイプは「一生懸命勉強して受からなかったらどうしよう」とリスクばかりを考えてしまうもの。
しかし、成功する起業家は、「難関資格といっても、毎年800人近くは受かっている。本気で勉強していない人も多いだろうから、死ぬ気でやればなんとかなるはず」と、逆に発想をし、翌日からさっそく勉強をはじめるというのです。
このように直感で判断できる人は、リスクよりもリターンや可能性に着目するので、行動も早いし、結果も出やすいのです。(32ページより)
もちろんヤマ勘では話にならないので、「自分で判断し、行動に移す」ことを繰り返すことは重要。そうすることで、「こうすればうまくいく」「こういうときはうまくいかない」という経験値を得ることが可能になるわけです。そして、そのような経験に裏づけされた直感は、精度も高くなっていくといいます。
これから起業しようという人は、他人からいわれたとおりに行動するのではなく、自分の頭で判断し、すばやい行動を心がけることが大切。そうした習慣が身につけば、直感で答えを出せるようになるそうです。(30ページより)
食える人は「できないことは切り捨てる」
学校の勉強と一緒で、サラリーマン体質の人は「仕事の平均点」を上げようとするのだそうです。特に大企業では、なんでもこなせるゼネラリストが求められる傾向にあるため、社員も専門的な技術を身につける前に異動になってしまったりするということ。しかし、そういう人が起業すると、営業も経理も、企画もホームページ制作もすべて自分ひとりでやろうとし、苦手なことを克服しようとするのだとか。でも、そういった傾向に著者は苦言を呈しています。
起業家の仕事は稼ぐことです。だから、苦手な仕事に時間をかけているヒマはありません。得意なことに注力する必要があります。(36ページより)
そこで、起業で成功する人は、得意でないことは外注に出したり、ビジネスパートナーに任せてしまうのだそうです。数字は苦手だけど営業は得意なのだとすれば、経理に優秀な人を雇ったり、税理士に外注したりすればいいわけです。不慣れなことを自分でこなすくらいなら、その時間を得意な営業にあてたほうが効率的に動けるから。「どこに自分の時間を使うべきか」を常に考えているのが、起業で成功する人だというのです。(36ページより)
食える人は「コネは実力のうちだと思う」
実力がなければ、起業家として成功するのはもちろん困難。しかし、実力だけでは成功できないというのもまた事実。著者も「実力で勝負します」と意気込む起業家予備軍とよく会うそうですが、「どんなに力があったとしても、その実力に気づいてもらえなければ発揮する場がない」と鋭く指摘しています。
起業では実力ももちろん大事ですが、それ以上にコネが大きな力になります。実力があってもお客様の目にとまらなければ、指名されることはありません。(41ページより)
だから「実力とコネ、どちらが重要ですか?」と問われれば、著者は迷わず自信を持って「コネ・ファーストです」と答えるのだそうです。
ただしそれは、実力を軽視するという意味ではありません。「コネがあるからこそ、きちんと実力を評価してもらえる」ということ。だからこそ、現在おつきあいのあるお客様やビジネスパートナーを大事にすることは不可欠。まわりの人に評価してもらえる仕事をしていれば、新しいお客様やキーマンを紹介してもらえるなど、実力を発揮するためのコネクションが自然と広がっていくということです。(39ページより)
食える人は「高学歴だったことを忘れている」
日本人は学歴を重視する傾向がありますが、成功している起業家のなかに、高学歴を売りにする人はほとんどいないのだとか。何故なら彼らは「いま」を生きていて、「過去」のことは気にしないから。
事実、これまで多くの起業家を見てきた著者は、高卒でも起業家として成功している人、反対に一流大学を卒業しているにもかかわらず、企業に失敗した人もたくさん知っているそうです。つまり学歴は、ビジネスで成功するかどうかにあまり関係ないということ。
うまくいっている起業家に高学歴の人が多いことも事実ではあるものの、そういう人に限って、プロフィールに学歴を記していないことも。それは、学歴が起業の成功に関係しないことをよく理解しているからなのだろうと著者は分析しています。逆に、いつまでも過去の学歴にこだわり、自慢しているような人は、起業してもやがて表舞台から消えていくといいます。
起業してうまくいくのは、たとえ自分が高学歴であっても成功している人から貪欲に学ぼうという姿勢がある人です。(44ページより)
うまくいかない起業家は、相手を学歴や経歴で判断しがち。そういう人はプライドが高いので、人がどれだけ助言やアドバイスをしても、素直に受けとならいのだといいます。「でも...」「そうはいっても...」が口癖になっていて、いつまでたっても行動を起こさないというのです。
一方、相手が自分より低い学歴であっても、あるいは年齢が若返ったとしても、ある部分において自分よりも優れているとわかれば、素直に聞き入れて行動するのが起業で成功する人。優秀で行動力があるので、すぐ成功につながるというわけです。(42ページより)
冒頭で触れたとおり、「成功した起業家」と「うまくいかなかった起業家」を自身の目で見てきたからこそ、著者の主張には説得力があります。企業は、決して勢いに任せられないもの。確実に成功をつかむためにも、起業で成功したい人は読んでおくべきかもしれません。
(印南敦史)