何年もコツコツとお金を貯めた末に、筆者は先日、家を買いました。それが友人たちには意外だったようです。「『持ち家派』ではないと思っていた」のだとか。筆者が賃貸住宅の良さは過小評価されているとつねづね主張しているために、そう思ったのだそうです。
自分の家を持つようになった今でも、賃貸の良さが正しく理解されているとは思っていません。でも、だからといって、家を買うのが誤った決断だとも思いません。「持ち家か、賃貸か」という議論は概して無意味です。その2つの選択肢のあいだには、誰も目を向けない、どっちつかずのグレーゾーンが存在しているのです。
「持ち家」か「賃貸」かに、唯一の正解はない
家を買うことはこれまでずっと、経済的成功の指標とされてきました。けれども、リーマン・ショックを引き起こした「サブプライム住宅ローン危機」がその考え方を覆し、家を購入することが必ずしも賢い選択ではないのだと気づく人が増えました。それどころか、筆者が最近目にした記事の多くは、住宅購入は愚かな決断であると言い切っていたほどです。少なくとも、見出しではそのように煽っていました。そういった記事も、詳しく読んでみると、住宅購入は賢い選択肢にもなりうると説明しています。とはいえ、読者に印象づけたいことは見出しの部分に書かれるものです。そしてそれは例えば、「家を買うのは、賢明な投資どころか愚の骨頂だった!」みたいな調子なのです。
私たちはこれまでずっと、マイホームを持つことがいかに素晴らしいかを散々聞かされてきましたが、今では話はまったく逆転しています。住宅の購入は経済的に見て賢い選択だと何年も信じてきたのに、ここにきて、お金のことを考えればこれ以上ないほどの愚かな決断だと考えられるようになったのです。それはなぜでしょうか。その理由を突き止めるために、持ち家派と賃貸派、双方の言い分を見てみましょう。
持ち家派はたいてい、次のように主張します。
- ローンの支払いが終われば家は自分のものになり、住居費を払わなくても済むようになる。
- 長期的に見て、家の価値が、ローンと利息、税金、維持費の総額より大きければ儲けが出るし、そうでなくともプラマイゼロにはなる。
- 税額控除が受けられるので、持ち家にかかるコストの一部を埋め合わせられる。
賃貸派も同様に、説得力のある主張を展開します。
- 家を所有できても、ローン利息や税金に相当なお金がかかる。
- 賃貸だって、お金をドブに捨てているわけではない。家賃は、住む場所を確保するための必要経費だ。
- 家を買うことで、機会費用が生じる(平たく言えば、別の何かをする機会が失われる、ということです)。例えば、頭金や税金、保険金、利息の分のお金を、投資や貯蓄に回す選択もあったはず。
- 家を買ったあとにも、修繕費や維持費などが必要になるけれど、賃貸ならばこうした出費は不要。
こうした主張はどれも妥当なものですし、筆者自身も、住宅購入を決断する際には考慮しました。ただし、それぞれの主張には「個別の事情」という不確定要素がかなり絡んでいますから、持ち家と賃貸のどちらかひとつが正しいと言い切るのは意味がありません。そういった不確定要素こそが大事なカギを握っているので、あいまいな点を残したまま議論したところで無駄なわけです。持ち家と賃貸のどちらが良いかの答えは、家賃の額やローンの利率といった具体的な要素で決まります。家を買うことは確かに、経済的に見て賢明ではない場合もあるかもしれませんが、そうではないケースも少なくないのです。
すなわち、一方の選択肢だけがいつも絶対に賢明だとか、もう一方はどんな場合にも愚策だとかいうわけではないのです。従来の考え方や、最近やたらに書き立てられている記事のせいで、一方だけを正しいと思いこまされているのにすぎません。結局は、あれこれそろばんを弾いてみないとわかりません。家を持つことに対する考え方を改める必要があるかもしれませんが、ともかく大事なのは、自分の資産を守ることです。
個別の事情が議論を複雑にしている
家を買う場合は、賃貸暮らしの人には縁のない支出が生じます。ローンの利息や固定資産税、保険、さらに維持費や修繕費などです。賃貸派はそうした点を指摘し、見落としがちな追加費用や要素が多すぎると主張します。けれども、それは双方に当てはまることであり、状況によって事情はさまざまです。では、つい見落とされがちな点をいくつか挙げてみましょう。
- その家に住む年数:住宅市場の状況にもよりますが、一般的には、持ち家に住む年数は長ければ長いほど良いとされています。コストが分散されるからです。
- 近隣の住宅価格:ほとんどの場合、家を買うには高すぎると考えた人が賃貸住宅を選びます。でもそれは、住む地域の住宅価格次第です。家賃が恐ろしく高い地域なら、家を買った方が経済的に得策になることもあります。
- 税金と保険の機会費用:住宅の購入資金を株投資や定期預金、「利率の良い」普通預金などに回した場合、どのくらいの長期的リターンが見込めますか。
- 頭金の機会費用:住宅購入のための頭金もかなりの額です。これを投資に回した場合の長期的リターンはどのくらいでしょうか。
こうした要素はごく一部にすぎず、持ち家か賃貸かは、まだこれだけでは判断できません。ほかにも検討すべき留意点はたくさんあります。例えば、機会費用は確かにかなりの額にのぼりますが、かといって、あなたは実際に、そのお金を投資に回すでしょうか。結局、利率の低い普通預金にそのまま置いておくのではないでしょうか。利益が得られなければ、機会費用については考えたところで無意味です。
持ち家か、賃貸か、どちらが良いのかなんてわからないのです。検討すべき要素はほかにもまだありますし、そのひとつひとつが個人の状況によって異なってきます。どこに住むのか、どんな家が良いのか、家賃はいくらか、支払い額は今後いくらになるのかなど、数え上げたらキリがありません。
『ニューヨーク・タイムズ』紙の「買うか借りるか」を決めるためのシミュレーターはなかなか便利です。筆者が今まで見た中でも一番のオススメで、こうした複雑な計算を、個人の細かい事情に応じて単純化してくれます。とはいえ、シミュレーターにも限界はあります。長期的な視野に立ってより良い判断を下してくれるかもしれませんが、それはあくまでも理論上のこと。「あなた個人」にとって必ずしもそれがベストかと言えば、そうとは限りません。
例えば、何年か前に筆者がフィアンセと一緒にこのシミュレーターで計算してみたところ、家賃を毎月1500ドル以上払っているなら家を買った方が良いという結果が出ました。当時の家賃は1600ドルでしたから、理論上は、家を買った方が合理的だという結果になったわけです。しかし、用意できる頭金は住宅価格の10%に届かず、ごくわずかな緊急用の資金のほかには、貯蓄もあまりありませんでした。筆者かフィアンセのどちらかが失業すれば、ローンの支払いに行き詰ってしまいます。こうした事情を考えれば、シミュレーターの結果にかかわらず、家の購入はひとまず延期するしかありませんでした。
結局、このシミュレーターでは「賃貸と持ち家のどちらがお得か」の計算しかしてくれないので、決断を下す前には、それ以外の点も考慮しなくてはいけません。それは何かというと、「自分には住宅を買えるだけの経済的なゆとりがあるかどうか」です。
家は買うものであり、投資するものではない
専門家の大半は、自分が住むための家を購入するのを「投資」とみなしてはいけないという点で一致しています。世間一般で言われていることとは違って、年月が経っても不動産価値の上昇スピードがインフレのスピードを上回ることはほとんどありません。もちろん、市場の動きを見計らって、投機目的で家を買うとか、賃貸用住宅を購入したりするということはあります。ですが、自分が住むための家を購入するのはまた別の話で、この際に大きな利益を期待すべきではありません。「家は投資の対象である」というのは誤った固定観念であり、賃貸派が持ち家派に対して向ける反論として筋が通っているのです。多くの人が、その経済力がないのに、無理をしてまで高価な家を買っています。それは、家は投資だという固定観念を持っているからです。
専門家は、住宅購入が賢い投資ではないことを認めています。でもそこで問題になるのは、家を買うこと自体を良からぬアイデアだと誤解してしまう人が多いことです。住宅が良い「投資先」ではないからと言って、必ずしも悪い「買い物」だということにはなりません。
何を買うにせよ、人にはそれぞれ購買能力というものがあります。住宅を購入するなら「価格の20%分の頭金を準備すること」というルールが良く知られています。ぴったり20%分の頭金を用意できようができまいが、家を購入し維持できる経済的なゆとりがないのなら、買うべきではありません。では、その「経済的なゆとり」の有無は、どう判断すれば良いのでしょうか。こうした場合には、よく言われる目安が役に立ちます。この記事ではここまで、各自の事情を考慮しましょうと言い続けているので、今さら一般的な目安を持ち出すなんて矛盾していると思うかもしれませんが、こうした目安も適切な指針となります。
例えば「25%ルール」。これは、住居費は手取り額の25%以内におさめるべきだという目安で、とても参考になります。ただし、毎月の収支だけを考えるのでは不十分です。万が一の場合に備えた資金も、手元に残るようにしたいですものね。要するに、持ち家はあるもののローンの支払いに追われるような「ハウスプア」にはならないようにしましょう。
持ち家か賃貸かを考える上では、もちろん、「気持ちの問題」も無視できません。マイホームは夢でもあるのですから。しかし、予算が不十分でハウスプアになる見込みが濃厚ならば、「自分の家を持つ」という目的のためだけに住宅を購入するのはまったく無意味です。持ち家に住むことで得られる満足感も、ローンが返せず銀行に家を差し押さえられるのではないかという不安で、帳消しになってしまうでしょう。でももし、やりくりが可能で、毎月のローンの支払いで経済的に追い詰められることがないのであれば、話は別です。
結論としては、借りた方が賢い場合もあれば、買った方がうまくいく場合もあるということです。買うか借りるかのいずれか一方の立場に固執するのではなく、先述したルールを良く理解し、そろばんを弾いて、合理的な道、自分に合った道を選択してくださいね。
Kristin Wong(原文/訳:遠藤康子/ガリレオ)