『理系の伝え方―最良の知恵を生み出す「ロジック&コミュニケーション」』(籠屋邦夫著、きずな出版)の著者は、東京大学で工学(理系)を学び、アメリカではスタンフォード大学で経営と意思決定論という"理系と文系が融合した分野"を学んだ実績を持っているそうです。さらに経営コンサルティングという仕事の現場は、そこで働く人たちの共同作業によって物事が成し遂げられるという、文系の側面が強い環境だったのだとか。
つまり理系と文系、2つの「思考回路」と長く接してきたわけです。そこで本書ではそうした実体験や実績を軸としながら、理系ならではの「伝え方」を明かしているわけです。
「理系思考」とはどのような思考かというと、"すべての事柄に対して、価値判断の傾向が「絶対的ロジックである」"という「思考回路」のことを意味します。
(「はじめにーー なぜ、成功する起業家には『理系思考』が多いのか?」より))
事実、グーグル創業者のラリー・ペイジ、アマゾンCEOのジェフ・ベゾス、インテル創業者のゴードン・ムーアなど理系出身の起業家たちも、その多くが「ロジカル」なコミュニケーションを得意としているのそうです。そして、その「ロジカル」なコミュニケーションの土台にあるのが「理系思考」だということ。
そこで序章「理系思考の『基本』を知る ----コミュニケーションの基礎は、「内容」「伝達」「議論」であるーー」から、理系思考に関する基本的な考え方を探ってみたいと思います。
伝えることの目的とは?
「意思決定」という言葉から多くの方がイメージするのは、「決定の瞬間」ではないでしょうか? しかし「意思決定のクオリティを高める」とは、決断の瞬間の前後、そこまでの思考のプロセスをも含めた、幅広い活動を指すのだと著者はいいます。そして「意思決定のクオリティを高める」作業のなかには、必ず「伝える」という行動が入ってくるのだとも。
たとえばA・B・Cという3つの候補のなかからA案を採用してほしいという場合は、当然のことながら「A・B・C案のうち、A案が最適」と思ってもらえるように話をする必要が生じます。そのようにシンプルなことを考えてみても、意思決定のための武器としての「伝える力」の重要性がわかるのではないでしょうか。
著者も日常的に意思決定のエデュサルティング(Edusulting =Education + Consulting)を行うなかで、「コミュニケーションに関しては、『理系思考』を持っていたほうがうまくいく」と感じるようになったのだといいます。なぜなら理系思考を持っていれば、内容を整理し、伝達し、論理的に議論することが可能になるから。そして、そのことに気づいてからは、「伝える」ことの目的の大半は次の3つに絞られると確信しているそうです。
1. 相手と衆知(しゅうち)を結集する(お互いの意見を出し合う)
2. 意思決定と決断をする(目的とゴールを明確にする)
3. 次のアクションに結びつける(実際に行動を起こす)
(37ページより)
思ったとおりのことが正確に伝わると、それが相手の知恵と知識を活用した、より高次元の意思決定とアクションにつながるということ。それだけで、コミュニケーションは大きく変わるのだといいます。(34ページより)
内容が整理できていれば、アドリブが効く
たとえば「とっさのときにうまく切り返せない」など、仕事の場面での「伝え方」の失敗は誰にでもあるもの。では、なぜ仕事の場面において失敗してしまうことが多いのでしょうか? 著者によれば、それはビジネスの現場が持つ特徴にあるのだそうです。
1. 想定していないこと
2. 普通のルーティンにないできごと
(43ページより)
ビジネスはこれら2つの連続。もちろん決まっている仕事、いわゆるルーティンワークもありますが、それだけではうまくいかない問題が起こるのが、仕事や人間関係の常だということ。しかし内容をきちんと理解できていれば、もし想定外のハプニングが起きたとしても、さほど問題なく伝えることができるといいます。
とはいえ突発的な事象が起きた際、「具体的にこう答えれば必ずうまくいきます」という答えはありません。その場で臨機応変に工夫しながら対応していく必要があるわけですが、そのためにはベースとなる「基本」を押さえておくことが大切。そこで、理系思考のアドリブ力が意味を持つのだそうです。
ステップ1. 内容を整理しよう
1. ターゲットは誰か
2. 案件(課題)はなにか
3. 相手のゴール(求めるもの)はどこか
4. 自分のゴール(目的)はどこか
ステップ2. シミュレーションしてみよう
1. 相手が知りたいことはなにか
・情報
2. 自分が準備できるものはなにか
・アイデア提案
↓
アドリブ力につながる!
(47ページより)
「伝える」ということを考えたとき、ただ単純に「こちらがいいたいことをいうだけで話が終わる」という状況はほとんどないものです。必ず「内容」を上手に伝え、相手に「理解」してもらう。そして伝えたい内容を理解したことによって、相手がまた思考を発展させるということが必要になるということ。
ゴールは、お互いのコミュニケーションのなかで、衆知を結集し、よりよい思考や考え方、それに基づく意思決定に結びつけていくこと。その手段として、「伝える」というスキルがあるわけです。(43ページより)
コミュニケーションの基本構造は3つだけ
「相手がこういってきたら、こう返して......」と、伝えることをいきなり複雑に考えようとする人がいます。しかしそんな必要はなく、コミュニケーションにおける基本構造は3つしかないのだと著者はいいます。
1. 「内容」 → 伝える前に、自分が伝えたい内容を整理すること
2. 「伝達」 → その整理した内容を実際に相手に伝えること
3. 「議論」 → 伝えたあとで、その内容をもとに相手と話し合ったり、相手の疑問を解消したり、その後の行動につなげること
(48ページより)
多くの場合、相手になにかを伝える際には「その話をもとに、次にどう動くか」を議論することになるもの。そして議論を自分の思ったとおりに伝えるために必要なのは、伝える段階で各プロセスを意識すること。
「伝える」というと、上記の3つの基本構造における「伝達」の部分にばかりフォーカスしてしまいがち。しかし、その前段階にあたる「内容」を準備すること、そのあとの「議論」をイメージしていくことも、同じように重要だというわけです。
つまり「内容をどうするか」を考え、それを「伝達する」、そして、それに基づいて「議論をし、衆知を結集していく」。それぞれが持っている知識やスキル、思考を合わせることによって、内容をよりよいものにできるのです。そればかりか、そのやりとりを通じて合意を形成し、手を携えて、次のアクションに結びつけることも可能に。だからこそ、理系の伝え方は「内容」「伝達」「議論」という3つの要素で成り立つということです。(48ページより)
英語ではなくロジック
会議や商談の席にいる人たちが、いつも同じ言葉を使っているとは限らないもの。しかし3つの要素の「議論」を実現するためには、共通の理解がないと困難です。「衆知を結集させる」とは、お互いの意見を出し合って共通認識をつくること。そのためには、誰にでも伝わるように、「ロジカル(論理的)」に伝えることが重要だという考え方。
ロジックをしっかり持っていると、「その話はおかしい」と、議論のなかで違和感のある部分を論理的に指摘することも可能になるそうです。言葉が多少おかしかったり、誤っていたとしても、ロジカルに伝えることさえできれば、それを修正し、建設的に議論することが可能になるというわけです。(52ページより)
このように「理系思考」は決して難しいものではないようです。そしてそれを咀嚼できれば、コミュニケーション能力は確実に高まっていくはず。以後もより具体的な理系思考の応用法が紹介されていますので、ぜひ参考にしてみてください。
(印南敦史)