今、日本の伝統工芸が息を吹き返しています。海外の有名ファッションブランドや、国内のアーティスト/デザイナーたちとのコラボレーションを皮切りに、その高い技術や自然と共生するような日本文化の独創性が海外で注目され始めているのです。特にここ1年は大きな波が来ており、19世紀の日本美術の世界的流行にも匹敵します。
ファッション・ジャーナリストで、内閣府クールジャパン有識者会議委員を努める生駒芳子さんは、その仕掛け人の1人。時代に取り残されかけていた全国各地のクラフツマンシップを再発見しては、世界へ向けて発信し続けています。
フリーになる前は『ヴォーグ』日本版の副編集長や『エル・ジャポン』『マリ・クレール』日本版編集長を歴任してきた生駒さんのライフワークは「時代を編集する」こと。社会全体がグローバル化・均質化の一途を辿る中で、我が国の伝統や文化はいかにして"ブランディング"をしていくべきなのでしょうか? プロデューサーとして、ファッションやアート、労働、ジェンダー、環境問題など、多彩なフィールドで活動を行う生駒さんに「時代を編集するために必要な視点」について語っていただきました。
ウェブメディア「Mugendai(無限大)」の記事より抜粋してご紹介します。
ファッション・ジャーナリスト
兵庫県宝塚市生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業後、編集プロダクションを経て、フリーランスのライターとして雑誌、新聞でファッション、アートに関する記事を執筆。1998年に日経コンデナスト社に就職し、『ヴォーグ』日本版の創刊時に副編集長として就任。その後『エル・ジャポン』『マリ・クレール』日本版の編集長を歴任。2008年11月に独立後はフリーランスのジャーナリスト・エディターとして、ファッション、アート、クール・ジャパン、ライフスタイル、社会貢献、エコロジーなどに関する活動を展開。現在、進化形伝統工芸品の販売および伝統産業の後継者育成プログラムを目指す「FUTURADITION WAO」の総合プロデューサー、公益財団法人三宅一生デザイン文化財団理事、プロボロ普及のNPO「サービスグラント」理事、内閣府クールジャパン有識者会議委員、三重県アンテナショップ「三重テラス」プロデューサー他を努める。
伝統工芸についても「時代を編集する」という姿勢は変わらない

ティーンエイジャーの頃から外国の文化に関心を持ち、出版社時代もパリやミラノへの出張ばかりだった生駒さんは、「我の世界とはほとんど縁がなかった」そう。伝統工芸に注目するようになったのは、2010年のことだったと言います。
生駒:金沢へファッションコンクールの審査委員長として呼ばれたとき、現地の担当者から「生駒さんのような、いろんな世界に通じている人にぜひ金沢の伝統工芸を見てもらいたい」と言われたのが転機になりました。ごく軽い気持ちで案内されるまま、加賀友禅、加賀縫い、それに金属を叩いて作る象嵌(ゾウガン)の工房を訪ね歩いたんです。そのとき、そのひとつひとつの圧倒的なクオリティに、雷に打たれたような衝撃を受けてしまいました。と同時に、非常に疑問も湧いてきたんです。こんなに一流を極めた技術が、どうして自ら発信しないのかと。
しかし、職人たちに話を聞いても「販路がない」「後取りがいない」「未来がない」と言う声が聞こえてくるばかりだったそう。「これはなんとかしなければ」と思いつつ東京へ戻った生駒さんでしたが、イタリアのファッションブランド「フェンディ」の日本支社から電話がかかってきたのだそうです。
生駒:「日本のクラフツマンシップとコラボレーションする企画を考えたい。生駒さんに協力してくれないか」と。これはもう運命だと直感しましたね。伝統工芸とラグジュアリーブランドとのコラボレーションという動きは国内外問わず、すでに起こっていたんですが、世界的に知名度のある京都に集中する一方で、金沢はまだ手つかずだったんです。そこで1週間後にフェンディのスタッフを連れて再び金沢へ赴いて、同じルートを回ってみたら、その場でトントン拍子にコラボレーション企画が決まってしまいました。
それをきっかけとして生駒さんは翌2011年夏に、工芸ルネッサンスプロジェクト「WAO」を設立し、百貨店の協力を得て展覧会を開催。ルイ・ヴィトン×輪島塗や、フェンディ×加賀縫い、バカラのクリスタル茶器など、さまざまなコラボレーションを紹介しました。

「伝統と新しいモノをミックスすること」もある意味で「編集」と言えるでしょう。生駒さん自身もこうした取り組みを編集ととらえていました。
生駒:雑誌の現場にいた頃から「時代を編集する」という姿勢は変わりません。二次元が立体的になって、表現方法が変わったというだけ。ただ、私が独自の視点を持てたのは、ファッションという方向から入って工芸に取り組む人は多くなかったからです。工芸品というと、どうしても機能美ありきな日用品的発想が多いのですが、私の場合はまずは身につけられるモノ、かわいいモノ、素敵なモノに目がいってしまう。今日身につけているこれらのアクセサリーは全部、工芸品なんですよ(自身のネックレスやブレスレットを見せながら)。最近は、歩くショウルーム状態と呼ばれていますから(笑)。
「南部鉄器のティーポット」は伝統工芸の現代的進化形

フェンディやエルメス、ルイ・ヴィトンなどの世界的なラグジュアリーブランドも、もとをたどればクラフツマンシップから生まれてブランディングに成功、現在はグローバル企業となっています。日本にも高度な職人技が多数存在している一方で、そうした例はほとんどありません。生駒さんはその理由を「デザインを含めた付加価値を高めるためのブランディングと、ビジネスモデルを作ることの両方が欠けている」からではないかとしています。では、日本の伝統工芸には何が必要なのでしょうか?
生駒:私ね、講演でも口癖のように言っているんです。「日本の伝統工芸をもっと高く売りましょう」って。そのためには、やっぱり現代に合わせた形に進化しないといけない。ほとんどの伝統工芸品のデザインって戦前でストップしているんです。着物を羽織って日本家屋に住んでいる人のライフスタイルに合わせたままなんですね。つまり戦後半世紀近くの間に進化がないので、現代にマッチしなくなっているのは当たり前です。
そもそも「伝統」は、2つの側面を持っています。1つは受け継がれるべき側面としての伝統。そして、もう1つは、壊され切り捨てられていく側面の伝統。
たとえば今話題のカラフルな南部鉄器のティーポットは、中が樹脂加工されているので火にかけられない分、錆びも出ません。見かけがポップになるのと引き換えに。「錆びる(飲むと鉄分が取れる)」「火にかけられる」といった鉄器本来の機能をあえて捨てているんですよね。でも、だからこそ若い女性や海外の方が「錆びないのがいいし、かわいい」と言って買ってくれる。
「伝統をあえて手放し革新していく」ことで、新たなビジネスチャンスが生まれる可能性もあるということです。
昔から「用の美」と言われてきただけあって、日本の伝統工芸品は日常で使われてこそ価値が出るものです。歴史を振り返っても、生活と芸術との距離が近いことに気付きます。ふすま絵などはまさにそうです。お茶室は部屋まるごとアートだし。それと忘れてはならないのが、日本の伝統工芸やアートは、自然との共生の中で培われてきた点。そのオーガニックなあり方は、世界に類を見ないオリジナリティであり、強みだと確信しています。
欧米の価値観がすでに飽和状態にあり、自然との共生をベースにしてきた日本文化への期待感が新たに芽生えているのかもしれませんね。欧米の方々にしてみれば、新しい価値観を作るためのヒントが日本文化にはたくさん眠っているような気がします。
日本文化の価値をこのように評価し、信じる生駒さんですが、伝統工芸のような日本の業界がグローバル社会に対応していくには、「伝統の現代化」以外にも解決すべき課題があるとしています。生駒さんはそれを「日本ほど経営とデザインが遠い国はない」という言葉で端的に表現しています。以下のリンク先では、こうした課題に対する生駒さんのメッセージや、「大量生産、大量消費」の時代が終わりつつある21世紀の新しい社会潮流「エシカル」についても触れられています。伝統工芸に限らず、今後の「日本発」ビジネスを考えていくうえで役立つはずなので、ぜひご覧ください。
生駒芳子さんの編集術――埋もれていた伝統工芸を世界のひのき舞台へ | Mugendai(無限大)
(ライフハッカー[日本版]編集部)