2015年7月22日公開の記事を編集・修正の上、再掲載しています。

プライバシー保護と聞くと、メールやFacebookのデータなど、デジタルなものを思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、私立探偵事務所で働いていた私に言わせれば、プライバシーのことをわかっている人はほとんどいません。本当は、ブラウザの閲覧履歴だけの問題ではないのです。

筆者は何年も前、私立探偵事務所で動画編集者として働いていました。事務所の場所や名前は書けませんが、複数の大手保険会社のために、保険金請求にまつわる調査を行っていました。保険会社が誰かのケガを疑わしいと感じたとき、私の勤めていた会社を雇い、本当に申告通りのケガをしているのかを調査するのです。

私自身が直接調査に出向いたことはありませんが、それをしているたくさんの探偵と一緒に仕事をしていました。彼らからレポートと動画を受け取り、関連する部分だけを動画から切り抜き、クライアントに送って確認してもらうというのが私の仕事でした。つまり、探偵が調査を行っている方法や、聞き込みをするときの戦略を知ることができる立場にいました。そんな仕事を数百件こなすうちに、私が学んだ教訓を紹介しましょう。

あなたは思っているほど自意識過剰ではない

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写真共有サービス「Snapchat」は当初、写真は即座に削除され、スクリーンショットを撮ることもできないため、安全な写真共有手段とうたわれていました。当時知られていた危険のすべてに対する策が講じられていたため、誰もが安全な"気がしていた"のです。しかし、その安全幻想が崩壊するまで、それほど時間はかかりませんでした。

多くの場合、「本当に安全」と「安全な"気がする"」の間には大きなギャップがあります。ですから、私がこれから紹介する探偵事務所の話を読んで、心を入れ替えてほしいのです。その事務所の仕事は、対象者を何日か尾行し、見たことすべてを文書に残すという、いわゆる一般的な探偵業務でした。毎日のようにたくさんの尾行が行われているにもかかわらず、それに気づく対象者はほとんどいないのだから驚きです。

1週間も尾行されていたら、さすがに気がつくと思う人は多いのではないでしょうか。でも、実際はそうではありません。探偵は対象者のクルマ何台か後ろをつけ、同じ駐車場内の離れたスペース、あるいは道を隔てた駐車場に駐車します。対象者の撮影には、見つからないように遠くからズームレンズを用います。ときには、対象者の自宅の隣に車を停めることも。隣の家の来客なのか、疑わしい車なのか、その違いに気がつく人はほとんどいません。万が一いつもと違う車だと気がついても、まさかその車が自分を見張っているとは夢にも思いません。

誰も自分が尾行されているなんて思っていないので、探偵が見つかることはほとんどありません。そもそも、保険会社が探偵を雇ってケガの状況を調べているなんて、知らない人がほとんどでしょう。予期していないかぎり、自分を守ることはできません。探偵は(詐欺師、ストーカー、覗き魔も)、この盲点を最大限に利用しているのです。

このことは、私たちのプライバシー保護における最大の弱点です。どんなに気をつけても、知らない脅威から身を守ることはできないのです。2001年以降、米国人の誰もが愛国者法を知っていますが、NSA(米国国家安全保障局)が私たちのプライバシーに突き付けている脅威(盗聴など)については、2013年まで知られていませんでした。知らない脅威を予測することはできません。それでも、少なくとも知っている脅威に対しては、身を守ることが重要だと思うのです。

いつだって情報は垂れ流し

インターネットの出現前から、プライバシーの懸念はありました。かつては、自分のプライバシーを守りたければ、家の周りにフェンスを立てるのが常識だったでしょう。それが今は、プライバシーの議論に登場するのは、なぜかデータの追跡やら共有やらの話ばかり。誰もが、玄関から外出することが最大のデータ流出であることを忘れてしまっているのです。

探偵に尾行されているかもしれないことは、上でも述べました。では、その数日で、彼らはどんな情報を入手しているのでしょうか。以下に、その例を紹介しましょう。

どこに行っているか

探偵は、対象者の自宅から尾行を始めます(保険会社は自宅住所を知っています)。そして、職場、買い物先、いつもつるんでいる友人の自宅、外出先などを特定します。これらは、単なる位置情報ではありません。あなたの行き先は、あなたのことを語るのです。たとえば週に4回バーに足を運んでいたら、あなたはアルコール中毒と考えられてもおかしくありません。

誰と会っているか

私が勤めていた事務所では、浮気調査などの個人探偵業務は請け負っていませんでした。でも、もしやっていたとしたら、取るに足らない業務だったでしょう。いくらメールを削除して秘密の写真を隠しても、週末のたびに特定の人の家に通っていれば、何が起きているかは一目瞭然です。

何をしているか(路上から見える範囲で)

私のいた事務所では、ここにたくさんのお金を投じていました。腰をケガして保険金を請求している人が、庭のトランポリンで飛び跳ねていれば、その情報は即座に保険会社に伝わります。

ほんの数日の尾行でも、その人がどのような生活を送っているかが見えてきます。スーパーでの買い物のように当たり障りのないこともあれば、公にしたくないこともあるでしょう。これらのレポートは、私のほか社内の人間が目を通し、保険会社に送られ、ごくまれに裁判所でも使われます。つまり、あなたの習慣は、たくさんの人の目に触れる可能性があるのです。

だからと言って、人目を気にして家にこもってばかりいるわけにもいきません。それよりも、プライバシーに対する認識を改めた方がいいでしょう。インターネット出現前は、公私の区別がはっきりしていました。公私を分けるものは玄関のドアであり、プライバシーを守りたければ、ドアとブラインドを閉めていれば済んだのです。

今はもう少し事情が複雑ですが、原則は変わりません。プライバシーを守りたければ、まずは自分の情報がどこから流出するかを知ることです。インターネットでアダルト画像を見るなとは言いません。でも、それをうまく隠す方法は、知っておく必要がありそうです。

リアルライフでも同じです。他人から見られたくないことは、見える場所でしないこと。「自分から見えなければ他人からも見られていない」なんてことはないのです。

不注意が流出を招く

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私が見ることができたレポートと編集していた動画には、かなりの個人情報が含まれていました。その一部はFacebookのプロフィールです。その探偵事務所では、必要に応じてニセのユーザーを作って対象者とつながり、非公開の情報を入手することもありました。

知らない人からの友達リクエストにもかかわらず、これがかなり功を奏していました。Facebookでのプライバシー保護については何度も紹介していますが、知らない人を友達に追加するのは何としても避けるべきです。「知らない人に気をつけなさい」と言われて育ったはずなのに、ほんのワンクリックで、自ら情報を垂れ流している人があまりにも多いのです。

不注意(あるいは怠慢)は、プライバシー流出を招きます。いくら公開範囲を「友達のみ」にしていたところで、知らない人からの友達リクエストを認めていては意味がありません。もっとひどいのが、手抜きのパスワードやPINを使うこと。2段階認証を使っていない人がまだたくさんいます。スマホのスクリーンロックさえかけていない人も数知れず。

他にもスマホのセキュリティ機能はたくさんありますが、使っていない人があまりにも多すぎます。パスワードマネジャーを使えば、覚えやすいパスワードを使い続けるよりもセキュリティが向上しますが、それだってまだ、平均的なユーザーには行き届いていないでしょう。せっかく脆弱性を守る手段が存在していても、怠慢や衝動性、あるいは不注意のせいで、それを使いこなせていないのが現状なのです。

データとプライバシーの保護は、あなたを苦しませるために発明されたわけではありません。むしろ、自分の身を守るための習慣であって、よくあるトラブルの被害者にならないために必要なことのです。スマホにロックをかけるのは、見知らぬハッカーからデータを守るためだけではありません。見られたくない写真やメールを、知人に見られないようにする意味もあるのです。Facebookプロフィールを非公開にすれば、探偵事務所に利用されることもありません。デジタルのプライバシーは、リアルワールドとつながっているのです。

多くの探偵業務は、対象者の不注意によって成り立っています。保険金詐欺の調査は比較的誠実なビジネスですが、同じ脆弱性をストーカーや詐欺師などに狙われる可能性は十分に考えられます。メールの宛先間違い、バーでのスマホ盗難なども含め、あらゆることを想定して、できるかぎりの基本的な保護はしておきましょう。被害妄想になる必要はありませんが、基本は押さえておくことが必要です。

Eric Ravenscraft(原文/訳:堀込泰三)

Illustration by Tara Jacoby, photos by Dan Foy and Josh Hallett.