オフィスにパソコンが普及して以来、生産性は大きく向上しました。しかしそれは、個人の仕事量を増やしもしました。ましてや時代の流れは速いので、新しい仕事は増える一方。しかも、いまはもう新人が「見ておぼえる」時代ではないため、最低限のことは部署で教える必要があるでしょう。

つまり、仕事の種類が増えた上に、「丁寧に教えてほしい」という若い人が増えた。今の職場では、この2つの要素をクリアする必要があるわけです。上司・先輩は効率よく、しかも細やかに教えることが求められます。(「はじめに」より)

大学教授として若い人と20年以上つきあってきた経験をもとにそう説くのは、『たった1日でできる人が育つ! 「教え方」の技術』(齋藤孝著、PHP)の著者。だからこそ職場で「教える」ということに関しては、2つの基本的な"心構え"を持つべきだとも主張しています。

まず最初は、「教える」ことは「業務の一環である」と覚悟を決めること。ちなみに「自分が新人のころはそんなに教えてもらわなかった」「過保護では人は育たない」というような反対意見に対しては、「その根底には、『教えることは業務外のサービスである』という意識があるのではないか」と指摘しています。だとすれば時代を読み違えているし、以前がどうであれ、いまは変わってきているわけです。

そしてもうひとつは、特定の誰かが教育の全責任を負うのではなく、全員が役割を分担し、「教える循環をつくる」こと。学校の部活に「3年生が2年生に教え、2年生が1年生に教える」という循環があるのと同じように、会社組織でも、入社2年目の時点で新入社員の教育係を勤められるようになれば、3年目以上の社員の負担は軽減されるわけです。こうして「教える」という行為を循環させることが、組織にとっての生命線になるということ。

これらの基本的な考え方を踏まえたうえで、第1章「『教え方』5つの基本的なスタンス」に目を向けてみたいと思います。

言葉づかいに気をつける

部下や後輩と接する際に、意外と見落とされがちなのが言葉づかい。そして重要なのは、"先輩風"は通用しないものだと理解しておくことだといいます。たとえば「おいお前、これやっとけよ」と指示するようなことは、ひと昔前なら当たり前のこと。ところがいまや、この言葉に嫌悪感を持つ若い人が少なくないというのです。

「お前」と呼ばれると、ぞんざいな扱いを受けているような気持ちになり、「やっとけよ」という命令口調も、格下だと見なされているように感じさせてしまうもの。繊細すぎる対応だと思えなくもありませんが、いわゆる「先輩風」を拭かせること自体が時代遅れになりつつあるというのです。基本は、強度を和らげること。そして口調をていねいにし、一定にするのがポイント。

「お前」ではなく「◯◯さん」と名前を呼ぶ。「やっとけよ」ではなく「◯◯してください」と指示する。よそよそしくはなるものの、これだけでもずいぶん印象が変わるのは事実です。

なお、ていねいな口調に徹することには、もうひとつ大きなメリットがあるのだといいます。それは、自身の情緒が安定し、周囲にも安定している人物であるように見せることができるということ。感情が口調に表れる場合があるように、口調が人格をつくる場合もあるのです。ていねいな言葉を使えば、心は穏やかになり、人間関係も必要以上に荒れたりはしないもの。上司や先輩がそれを実践すれば、部下・後輩も真似るようになり、場の雰囲気がよくなるというわけです。(24ページより)

若者の指導には「NGワード」がある

がんばった部下がいれば、相応に高く評価するのは当然のこと。そうすれば当人は「ちゃんとやれば、ちゃんと評価される」と安心感を持つことができ、他の人にも「どうすれば評価されるのか」をわかってもらえるからです。ただし、絶対に避けなくてはならないのは、人と比較して競争意識を煽るような手段。

いまの若い世代は、同年代に対してライバル意識をさほど強く持ってはいないもの。なるべく穏便に、角を立てたくないというのが基本スタンスだといいます。なのに「彼はもうできている。お前は遅れているぞ」などと比較されたり、けなされたりすると、「別に競っているわけじゃない」と嫌な気分だけを引きずることになって逆効果。

逆に、「彼にくらべて、お前のほうがずっと先を行っている」というような褒め方も避けるべき。「彼」の耳に入る可能性もありますし、そうやって褒められてもいい気はしないから。褒めるかけなすかではなく、比較されること自体が不快だということです。

そしてもうひとつ、「だから、ゆとり世代は~」も禁句。たしかにゆとり世代にはある種の傾向が見られますが、そうはいってもはっきりと実体があるわけではなく、全員が同じでもありません。だから個別に指導・教育する際に、そういう色眼鏡で見ないほうがいいということ。(30ページより)

明確な評価基準を持つ

人を評価する際にまず重要なのは、「絶対的な基準」を持つことだとか。武道や囲碁・将棋の世界の段級ような「評価基準」があれば、ランクによって上手下手がはっきりとわかり、本人のモチベーションも高まるという考え方。評価基準をクリアにしておけば、単に実力だけがものをいうことになるため、人格的にも信用されやすくなるといいます。

会社での仕事に明確な評価基準を設けることは難しいでしょうが、その一方で最近は、昇進試験を導入している会社も少なくないとか。筆記試験であれ論文提出であれ面接であれ、公平を期するという意味ではよい評価方法だと著者はいいます。

また、そういう制度がない場合でも、評価の基準はできるだけ明確にする必要があるそうです。業務の目的を共有したうえで、「この状態に達すればA、この状態ならB、この状態ならC。それ以下ならDと評価する」というように、全員が納得するかたちで事前に伝えておくということ。(35ページより)

「贔屓」の気持ちを消す

「えこ贔屓(ひいき)」はいけないということは、誰もが認識しているはず。特に複数の人間を指導する立場にあるなら、全員を公平に扱うことは社会人としての常識です。とはいえ、人として好き嫌いがあるのもまた当然。しかしそこで重要なのは、それを表に出さないこと。そして仕事上の評価とリンクさせないこと。そのためには、2つの方法があるのだそうです。

まずひとつは、あえて職場で、好き嫌いとなるような関係をつくらないこと。もともと職場の人は友人関係ではないので、適度に距離を置きつつ、愛想よく振舞っていれば十分。そうすれば、誰かをひいきしようという気にもならないわけです。

そしてもうひとつは、誰とでも均等に話をするように努めること。特定の誰かと多く話すと、情が移って話しやすくなったり、好き嫌いが出てきたりするもの。このことについて著者は、「贔屓しようという感情は、話す量に比例する」という考えを持っているといいます。だとすれば、それを避ければ、「仕事仲間に好きも嫌いもない」と思えるようになるということ。

たとえば指導すべき5人の新人がいて、個別に話せる時間が10あったとします。そんなとき、話しやすい相手には多くの時間を割き、そうでない相手とは簡単に済ませてしまいがち。しかし、これが贔屓のもとになるというわけです。また5人も扱いの違いを敏感に察するので、それが信頼関係を損ねたり、モチベーションを下げたりすることにつながりかねません。そこで「10」の時間を5人に均等に、それぞれ「2」ずつ割り振るようにするのが、教える側の最低限のルール。(40ページより)

2人1組で動く

新人に成功体験を味わわせる方法のひとつは、上司・先輩と協同でひとつの仕事を成し遂げること。たとえば仕事に5つのステップがあるとしたら、最初の1ステップだけ新人に主体的に動いてもらい、2~5のステップは上司・先輩が模範を示すというようなやりかた。そして、それがうまくいったら、次は新人に2のステップだけ責任を持たせるなど、順番に仕事を任せていけば、新人は仕事全体の流れをおぼえることができるわけです。

そもそも仕事は、ひとりで完結できるものではありません。キャッチボールやパス回しのように、誰かがある程度の作業をしたら、それをまた誰かが引き継ぎ、また誰かに回していくというかたちで進行していくもの。それは部署内の個人間でも、社内の部署間でも、社外の取引先との間でも同じ。そこで、その感覚と責任の重さを実感してもらうことが、特に新人にとっては大切だという考え方です。

ただ現実的には、任せて放置しておいたら、気づいたときにはまったく無意味なことをしていたとか、停滞したまま動いていなかったというようなこともあるもの。それを避けるためには、「バディ制」「チューター制」と呼ばれる仕組みを使うのが効果的。新人ひとりに対してひとりの先輩を専属でつけ、タッグを組ませて一緒に仕事をしたり、経験値を教えたりするもの。たとえば刑事の世界などではこのパターンが基本になっているそうです。

でも、バディ制でついた先輩が感情的だったり、セクハラやパワハラまがいのことをしたり、仕事上のストレスになってしまうこともあるものだとか。そのため「バディ制」「チューター制」を取り入れるならば、最低限、安定した人格でなければならないということもあるといいます。そこで部署のリーダーには、メンバーを見極めて役割を分担する必要が生じるわけです。

とはいっても極端な話、求められるのは必ずしも安定した完璧な人格ではないとも著者はいいます。つまりポイントは、いかに「安定した人格」を演出できるかということ。相手が自分を見たとき、自分は相手に対して安定した人格という印象を与えているか。そういう視点で考えることができさえすれば、ある程度は人格をコントロールできるのはないかという考え方です。(44ページより)


次章以降では、「指示の仕方」「段取り」「褒め方」などさまざまな角度から、教え方の本質が掘り下げられていきます。部下や後輩への教え方で行き詰まりを感じている上司にとっては、とても有効な一冊だといえそうです。

(印南敦史)