ジカ熱は、これまでアフリカやいくつかの島国でほんの一握りの症例しかない、目立たない病気でした。それが今では地球規模の大きな健康問題になりました。ジカ熱は赤ちゃんの脳障害との関連が疑われており、世界保健機関(WHO)は先日、南米におけるジカ熱の蔓延に対して公衆衛生緊急事態を宣言しました。たとえ南米在住でなくても、私たちが暮らす今日の世界では、人々が地球のあちこちを旅し、感染の拡大が高速化しています。今回は「私たちはジカ熱を心配すべきなのか?」について取り上げましょう。
ジカ熱はどんな病気? なぜ騒がれている?
母親が妊娠中にジカウイルスに感染すると、生まれてくる赤ちゃんに脳障害を引き起こすことがあります。ワクチンや治療法はなく、ジカ熱が赤ちゃんに害をもたらすのを防ぐ方法も、まだわかっていません。
ジカウイルスに感染すると、20%の人に発熱や発疹、関節痛、目の充血などの症状が現れますが、残りの80パーセントには何の症状も現れません。ジカウイルスはフラビウイルス属のウイルスで、黄熱ウイルスやチクングニヤウイルス、デングウイルスと近縁です。これらと同じく、ジカウイルスも蚊に刺されることで感染します。
最近まで、ジカ熱のことをそれほど心配する人はいませんでした。まれな病気ですし、深刻な合併症とも関連づけられていませんでした。しかし最近、ブラジルで小頭症が疑われる新生児の数が激増しており、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)も、妊娠中あるいは妊娠しているかもしれない女性たちに、ジカ熱が蔓延している国には行かないように勧告しています。
ジカ熱と小頭症の関連性は証明されていませんが、両者を結びつけて考えるのは妥当です。ジカ熱がブラジルに上陸したのはまだ最近で、おそらく2014年のワールドカップ期間中と考えられています。小頭症のケースが急増したのはその後のことでした。2016年の夏のオリンピックはブラジルのリオデジャネイロで開催されるので、病気の蔓延はさらに世界中に広がる可能性があります(選手たちは虫よけスプレーを買いだめしています)。
ブラジル政府は現在、赤ちゃんの頭の外周が13インチ(約33cm)を下回った4000件超のケースを調査しています。通常、このようなケースは年間で150件ほどしかありません。ただし、この4000件超という数字は、実際よりも膨らんでいる可能性があります。現在までに調査の対象となった赤ちゃんの半分以上は、小さくても正常な頭をしているか、あるいはほかの原因が小頭症を引き起こしていました。しかし、正確な数字がどうであれ、急増していることは間違いなく、その原因としてジカ熱が疑われています。
妊娠していないんだけど、心配すべき?
少し心配したほうが良いかもしれません。妊娠していなくても、ジカウイルスが引き起こすかもしれないほかの合併症、ギラン・バレー症候群(GBS)にかかる可能性はあるからです。また、蚊を介してジカ熱にかかった誰かが、性感染症としてそれを人にうつす可能性もあります。
GBSはまれな病気で、患者の免疫系が自分自身の神経細胞を攻撃します。その結果、麻痺が起こることもあります。ギラン・バレー症候群は、カンピロバクター(食中毒菌の一種)や、インフルエンザ・ウイルスに感染することでも発症する場合があります。
GBSとジカ熱の関連性は明らかになっていません。ブラジル保健省は、ジカ熱の急増と同時期に、GBSも急増していることに気づきました。現在、同保健省と米CDCが調査を行っています。
ジカウイルスの性感染は起こりうるようです。ある患者はテキサスでジカウイルスに感染しました。原因はパートナーとの性的接触だと見られています。その患者のパートナーは、ジカ熱が発生している地域に行った後、体調を崩していました。このケースに先立って、性感染が疑われる症例が2件報告されています。2007年には、ある男性の精液の中に、血とジカウイルスが混じっていることが確認されました。また、研究者である別の男性は、研究旅行から帰ってきた直後に、妻にジカウイルスをうつした可能性があります。これらのケースに関するコメントで、感染病専門医のScott Weaver氏は「仮に私にジカ熱の症状があり、妻が出産適齢期にあるとしたら、少なくとも数週間はコンドームを使用するでしょう」と米紙『New York Times』の取材に語っています。
もしジカウイルスの性感染が、まれとはいえ存在するなら、注意することは無駄ではないでしょう。ジカ熱が大流行している地域に行くのであれば、コンドームを入手したほうが良いかもしれません。
もうひとつ考慮すべきことがあります。今は妊娠していない、あるいは妊娠しようとしていてサプライズ妊娠を考えているなら、妊娠中の女性と同じ予防策に従ったほうが良いでしょう。言い換えれば、旅行前と旅行中には避妊をしっかりとして、念のため虫よけスプレーにこだわってください。
虫よけスプレーは役に立つ?
もちろんです! 100パーセントというものはありませんが、ディートを含んだ虫よけ剤は、蚊を遠ざけるのにとても効果的です。ピカリジンやレモンユーカリ油含んだものも良く効きます。
念のために言っておきますが、ディートは安全です。CDCの旅行アドバイスにも、この3つを主成分とする虫よけ剤は妊娠中でも安全だとはっきり書かれています。ただし、必ず何度も塗布するようにしてください。人気虫よけ商品の効果が、皮膚に塗布してから数時間後にどのように推移したかを示すテストの結果はこちらです。
一番リスクが高いのはどこ? ジカ熱は米国にも入ってきている?
ジカ熱の流行に襲われたエリアに関するCDCのリストはこちらです。このリストには現在、アメリカ大陸の約25の国と地域、および世界のほかの地域の島がいくつか含まれています。メキシコと南米大陸のかなりの部分が含まれています。
下の画像は小頭症の症例数を示したものです(この画像はとても素晴らしいインタラクティブ・マップのスクリーンショットです。各国の詳細はマップで確認してください)。

ジカ熱が最初に発見されたのはアフリカですが、最近の大流行まで、アフリカやほかのさまざまな国々では、ほんの一握りのケースしか報告されていません。
ジカウイルスとその近縁のウイルスは、おもにネッタイシマカという種の蚊によって伝染します。ネッタイシマカは体に小さな白い斑点があり、日中に血を吸います。ネッタイシマカの生息域では、ジカ熱(およびデング熱やチクングニヤ熱)が蔓延するおそれがあり、その範囲は米国南部にまで及んでいます(下の地図を確認してください)。まだネッタイシマカの生息域全体にウイルスが広がっているわけではありませんが、もしウイルスが侵入すれば、蚊は病気を媒介できるという点に注意してください。
ですから、ジカウイルスなどのウイルスが米国に入ってくる可能性はあります。これらの蚊は、気候変動のせいで温帯地方がより暖かくなり、暖かい状態がより長く続くようになるのにしたがって、北にも移動しています。しかし、米国でジカ熱が急激に流行する可能性はかなり低いでしょう。なぜなら、アメリカで暮らす大半の人々が、エアコンの効いた室内で過ごし、家に網戸を取り付け、虫よけ剤を使用し、庭に淀んだ水を置かないようにしているからです(もしそうしていないなら、バードバス[小鳥の水浴び用の水盤]の水をただちに捨ててください。蚊を繁殖させて近所中にまき散らしているようなものです)。
ジカ熱が流行している地域に行く場合、小頭症の赤ちゃんが生まれてくる可能性は?
そのリスクは小さいです。ブラジルで小頭症が疑われる4000件のケースは、同国の2015年の全出生数の約0.1パーセントです。
その数字は、アメリカにおける、サイトロメガロ・ウイルス(CMV)と呼ばれるウイルスが原因と見られる小頭症の割合から、それほどかけ離れていません。また、MMRワクチンが登場する以前は、風疹ウイルスも、しばしば小頭症の原因になっていました。したがって、あなたが気にも留めていなかったリスクから大幅に上昇してしまうわけではありません。
ですから、たとえ妊娠中にブラジルに行くことがあっても、ジカ熱の影響を受けた赤ちゃんが生まれるリスクはごく小さなものです。蚊に気をつけることには間違いなく意味がありますし、渡航に関するアドバイスに注意して、場合によっては旅行をキャンセルしたほうが良いこともあるかもしれません。でも、たぶんリスクはあなたの不安より小さいはずです。
赤ちゃんがジカ熱の影響を受けたかどうか、どうすればわかる?
特に発疹や発熱、あるいは伝染性結膜炎と見られる症状が出ていた場合には、ジカ熱が発生している国に妊娠中に行ったかどうかを、かかりつけの医師に必ず伝えてください。CDCが、適切な検査と治療に関する勧告を出しています。コピーを持参して、かかりつけの医師に見せたほうが良いかもしれません(「Vox」がこちらのページでその内容をフローチャート形式にまとめてくれています)。以下は、その内容の一部です。
- 検査のため、州保健局に血液サンプルを送る──この検査は、感染が疑われてから1週間以内に行うのが望ましいとされています。過去にジカ熱にかかったことがある場合、保健局は抗体検査をしてくれますが、結果は正確さを欠くようです。
- 羊水穿刺(胎児のまわりの羊水のサンプルを採取すること)を検討する──この検査には自ずとリスクが伴います。もし妊娠24週よりも前に行われる場合には、流産の可能性が0.1パーセントあります。採取した羊水は、ジカウイルスの有無を確認するため検査されます。
- もし血液検査あるいは羊水穿刺の結果が陽性だった場合、3~4週間ごとに超音波検査を受け、胎児の脳の発育を確認する。
ここで注意点です。検査結果が、赤ちゃんが小頭症やほかの合併症を発症する可能性とどのように関係するのかはわかっていません。また多くの場合、小頭症は、24週以降(大半の州における合法中絶の期限のあと)まで超音波検査で検出できません。
もし過去にジカ熱にかかっていた可能性が疑われる場合、あなたは不明なことだらけの非常に困難な状況に置かれることになります。血液検査や羊水穿刺で陽性の結果が出た母親に、小頭症の赤ちゃんが生まれる可能性がどのくらいあるのかはわかっていませんし、ジカ熱による小頭症を抱えた赤ちゃんが、生涯にわたって病気からどのような影響を受けるのかも、よくわかっていません。
小頭症は子どもの成長にどのような影響を与える?
「小頭症はサプライズが詰まった箱です」とジャーナリストのAna Caceras氏はBBCの取材で語っています。Cacerasさんが生まれたときに医師たちは母親に、Cacerasさんは歩けるようにも話せるようにもならないだろうと告げました。しかしそれは間違いでした。Cacerasさんは大学に通い、ジャーナリストにもなったのです。ただし、小頭症と宣告された赤ちゃんの多くは実際に、こうした劇的とも言える宣告どおりの人生を送っています。ブラジルの症例には、より重度のケースが多く含まれているようです。
ジカ熱が原因とみられる小頭症は、発見されてからまだ日が浅いため、こうした赤ちゃんたちの将来に関する推測は、ほかの原因(別の種類のウイルス感染など)による小頭症について知られている事実に基づいています。たとえば、サイトロメガロ・ウイルスも発育過程にある脳の幹細胞を破壊し、脳と連動する組織を減らしてしまうようです。これと同じことをジカウイルスがするのかもしれません。
小頭症の治療法はありません。そのため、医療関係者は現在、症状の管理と病気の理解に全力で取り組んでいます。病におかされたブラジルの赤ちゃんたちは現在、筋肉の強化を助ける理学療法(筋肉も小頭症の影響を受ける場合があります)や、発作を抑えるための投薬治療などの治療を受けています。
各国政府や研究者たちの対応は?
ワクチンや信頼性の高い治療法がない以上、短期的に見て、彼らにできることはあまりありません。米国をはじめとする国々は、妊娠中の女性に対して旅行計画を考え直すようアドバイスしています。ジカ熱が発生している国々の政府は、当面は妊娠は控えたほうが良いと女性たちに言っています。
ブラジルとエルサルバドルは、現地在住の女性たちに妊娠を遅らせるよう勧めています(エルサルバドルは2018年まで)。しかし、このアドバイスには簡単には従えないでしょう。たとえば、エルサルバドルでは、コンドームは高価、ピル(経口避妊薬)は入手が困難で、もっともポピュラーな避妊法は手術です。
WHOは、ジカ熱のアウトブレイクに対する「国際的に懸念される公衆衛生の緊急事態」宣言の中で、以下のような行動リストを挙げています。
- WHOは、より優れた検査の開発が研究者にとっての最優先事項であり、ワクチンや治療法の開発よりも重要だ、と言っています。優れた検査がなければ、誰が治療を必要としているのか、この問題の規模がどのぐらいなのかを知ることさえ困難だからです。
- 蚊のコントロールも非常に重要であり、特に妊娠中の女性は、ジカウイルス感染のリスクを小さくするために、蚊を防ぐためのツールを用意すべきだ、とWHOは言っています
- また、ジカ熱が発生している国の保健当局は、ウイルスに感染した患者にさまざまな支援──たとえば、発育過程の赤ちゃんをサポートする神経科医や理学療法士など──を提供できるように準備すべきだ、とWHOは言っています。
- WHOは旅行や貿易の制限は勧めていませんが、一部の国々(米国もその中の1つです)は、妊娠中の女性に向けて渡航に関する勧告を出しています。
短期間でジカ熱をコントロールするもっとも効果的な方法があるとすれば、蚊を人間から遠ざけることに重点を置いたものになるでしょう。たとえば、蚊を駆除する、あるいはネッタイシマカ(この種は、本来アメリカ大陸に生息していませんでした)に的を絞って駆除するなどといった方法です。最初のステップは、目についた淀んだ水を取り除くことです。蚊は、くぼみにできた水たまりや、雨水で満たされたバケツの中で繁殖する恐れがあるからです。
ほかにも、殺虫剤を大量に散布する(恐ろしい話に聞こえますが、それは小頭症も同じです)、メスと交尾しても生殖能力を持つ子を産めないように遺伝子操作されたオスの蚊を放ち、次の世代の蚊の数を減らす、ボルバキア(蚊のみに生息する細菌で、同様に蚊を不妊にします)に感染した蚊を放つなど、蚊をコントロールするために実行可能な戦略はたくさんあります。蚊がコントロールできれば、そのメリットはジカ熱の蔓延が抑えられるだけに留まらないでしょう。同じ蚊がデング熱などほかのウイルスも運んでいます。したがって、蚊をコントロールすることは、公衆衛生全体にとって良いことなのです。
ジカウイルスのワクチンは現在開発中で、今年の終わりまでに最初の人体実験の準備が整うかもしれません。うまくいけば、今後数年のうちに、ジカ熱に関してまだわかっていないすべての点について、より優れた答えが得られるでしょう。小頭症の赤ちゃんたちも成長し始めるでしょう。そうなれば、この赤ちゃんたちが実際にはどのぐらい深刻な影響を受けるのかがわかるはずです。小頭症の赤ちゃんたちのサポートに取り組む人たちは、時間の経過とともに、このような赤ちゃんたちを支援する一番良い方法を理解していくはずです。
今のところ、問題の深刻さを正確に説明するのは困難ですが、私たちは今、ジカ熱について学びつつあります。ジカ熱はまれな病気ですから、いたずらに怖がる必要はありません。しかし、深刻な合併症を引き起こしかねない病気であることは確かなので、用心に用心を重ねるのが賢明かもしれません。
Beth Skwarecki(原文/訳:阪本博希/ガリレオ)
Illustration by Jim Cooke.·