『仕事も人間関係もうまくいく ANAの気づかい』(ANAビジネスソリューション著、KADOKAWA)の著者となっている「ANAビジネスソリューション」とは、ANAホールディングスの100%子会社。ANAグループのノウハウを活かし、研修事業や人材派遣事業を行っているのだそうです。当然のことながら、研修内容は「接遇&ビジネスマナー」「ヒューマンエラー対策」「コミュニケーション」など。
そして本書では、勤続20年以上の現役社員からOBまでにインタビューし、現場での努力を通じて人から人へと受け継がれてきた「口伝の技術」を初公開しているのだといいます。いわばANA社員たちが実践してきた「気づかい」のコツを、1冊に凝縮しているわけです。
ちなみに、そんなANAがここまで進んでこられた要因のひとつとして、社員一人ひとりが実践してきた「気づかい」があるといいます。
もともと「弱小エアライン」「後発」の立場からスタートした私たちには、潤沢な賃金も、最新設備もありませんでした(1986年に初めて国際線に進出した当時、空港の事務所はプレハブでした)。私たちは、とにかく愚直に「お客様満足」を目指すことしか、武器を持っていなかったのです。(「はじめに」より)
結果的にはその姿勢が、英SKYTRAX社による2013~2015年のエアライン・スターランキングにおける3年連続・世界最高評価「5スター」の実績につながったというのですから、大きな説得力がそこにはあります。
そこで、その成果としての気づかいのあり方を、Chapter 1「『気づかい』は成果に必須のビジネススキル」に確認してみましょう。
気づかいは、CAだけのものではない
なぜ、それほど気づかいを重視するのか。その理由を著者は、ANAの経営の基盤である「安全」を実現するためだと断言しています。どの企業や組織にも会社の存在意義や至上命題があるように、ANAにおけるそれは「安全」だということ。事実ANAのパイロットは、安全運航の実現のサポートをするためのスタッフの気づかいが「安全の確保」を支えていると発言しているのだとか。
ANAでも「気づかい」に対する、さまざまな捉え方はあるものの、全社員に共通していることがあります。それは、「気づかいは仕事をする上で必須のビジネススキルだ」ということです。(22ページより)
パイロットであれCAであれ整備部門であれ、チームで取り組む仕事を確実に前へと進めるためのベースとなるのは人間関係。そして、その人間関係は気づかいによって構築されていくというわけです。
また、スタッフのひとりは「相手に対するおもてなしや思いやりを体現するために、なくてはならないものが気づかい」だと発言しています。ANAでは、知らない間にみんなが気づかいをしている"気づかい文化"のようなものがあるとも。だとすれば、日常的な気づかいがあるからこそ、コミュニケーションが成り立っているともいえそうです。(20ページより)
仲間を気づかわない人は、お客様も気づかえない
「ANAの気づかい」と聞いてイメージするのは、「お客様に対して」の気づかいであるはず。しかし同社では、「社外に目を向ける前に、まず社内を見てください」と伝えているのだそうです。
もちろん真のお客様は、ANA便を利用するお客様。当然のことながらどの職場の社員も、それを理解して業務と向き合っているわけですが、そのうえで気づかいが「社内」に浸透していることこそが、他社にはないANAの特徴だというのです。
理由はいたってシンプルで、つまりは社員同士の気づかいが、お客様への気づかいの「土台」となっているから。たとえば機内でニコニコして接客しているCAが、裏方のギャレー(機内の調理室)に入ったとたん、大きな声で、汚い言葉づかいで後輩に接していたとしたら、お客様からの信頼は一瞬で揺らいでしまいます。
それでは無意味だということがわかっているから、ANAの社員はお客様に対しても、一緒に働く仲間に対しても同じような態度で接することを心がけているというわけです。(26ページより)
気づかいとは、「5秒先の未来」を想像する力
気づかいとは、「相手のこと」そして「一歩先のこと」を想像する習慣だと著者。ただし1年先、3年先まで想像する必要があるということではなく、「常に5秒先の未来を想像する」ことが大切。
たとえばCAの場合は、飲みものを飲み終わりそうなお客様がいたら、そのタイミングでおかわりを用意するか、紙コップを下げる準備をする。席で赤ちゃんが泣き出しそうなのであれば、おもちゃをお持ちする。そんなふうに、たった5秒先を見通すだけで、できることはたくさんあるということです。そしてそれは、どんな立場の人でも同じだといいます。
整備士の富田には、「一歩先を想像する習慣」を体現する上司の思い出があると言います。
「上司のAさんは、常に先を考えて行動していました。社内や社外の会議でなにを質問されても、絶対に答えられるのです。新人時代は、なぜこんなことができるのか、不思議でたまりませんでした」
でも仕事ぶりを見ているうちに、それが緻密で周到な準備の上に成り立っていることがわかってきたと言います。(33ページより)
Aさんからは、「次回はこういう質問がくるだろうから、ちゃんと検討しておけよ」とアドバイスされたそうです。そしてその場になると、まさにそのとおりの質問がくるのだとか。そういうことが往々にしてあるからこそ、「5秒先の未来」を想像することが大切だということです。(32ページより)
気づかれない気づかいこそ「金」
人は、自分が人のためと思って行うことに対し、つい「見返り」を期待してしまうもの。しかし「見られたいアピール」が加わると、気づかいの価値は下がると著者はいいます。
たとえば、職場のシュレッダーが刻んだ上でいっぱいになっていることに気づいたため、それを束ねて掃除したとき、まわりの誰かから「きれいにしてくれてありがとう」といわれるかもしれないし、いわれないかもしれない。それでいいのだということ。
誰も見ていなくても、シュレッダーがいっぱいなら片づける。人に気づかれても気づかれなくても、つい行動に移しているような気づかいこそが"金"だというわけです。
同じようにパイロットもまた、誰も見ていないところで気づかいをしているのだそうです。「普段と同じ高度で飛ぶと、きょうは揺れが起きそうだな」という場合、ANAのパイロットは、燃料と時間が少し余計にかかったとしても、計画の段階で揺れが少ない高度を選ぶことがあるのだというのです。
しかし、そんなときは決して機内アナウンスで「きょうは、いつもの高度を選ぶと揺れてしまうので、別の高度を選んで揺れないようにします」などとお客様に伝えることはないのだとか。揺れそうなときに「揺れるおそれがある」とアナウンスはしても、揺れない努力をした結果として「揺れません」とアナウンスすることはないわけです。
自分のしている気づかいを、相手に気づいてもらって「ありがとう」と言われれば、うれしい。けれども、相手に気づいてもらえなくても、相手が普通に時を過ごすことができているならば、それもまた自分が気づかいをした甲斐があったと考える。見返りは期待しない。それぐらいの気持ちで、みんなが気づかいをすると、とても過ごしやすい環境が生まれるものです。(39ページより)
また著者はここで、「除得あれば陽報あり」という故事成語を引き合いに出しています。人知れずよい行いをする者には、かならずよい報いがあるという意味。たとえばその場で、その気づかいは誰にも気づかれなかったとしても、気づかれない気づかいを積み重ねていくことは、きっと自分の将来に、そしてまわりの仲間たちの将来にとってプラスになる。そう考えるところに、気づかいの本質があるということです。(36ページより)
確かに気づかいはCAやパイロットだけに必要なものではなく、あらゆるビジネスに不可欠な要因。だからこそ、本書に書かれていることの多くは、さまざまな業種に応用することができるはずです。
(印南敦史)