ご存知の方も多いと思いますが、「IoT(Internet of Things)」(モノのインターネット)とは、モノがネットワークにつながり、離れた場所でのやりとりができるようになること。家電から車までのあらゆるものがインターネットを介してつながることにより、新たなビジネスモデルを構築することが可能になるわけです。
さらにこの世界では、より高度な制御が実現される可能性がある。AI(人工知能)のように複雑な判断ができるシステムや、ビッグデータ解析のように、人間の理解力をはるかに超えた量のデータからパターンを見いだせるシステムとつながれば、人間が担当するよりもきめ細やかなコントロールを行えるようになるのだ。(「はじめに」より)
たとえば、人が寝ているのをずっと見守っていて、起きる時間が近づいたら眠りの深さに応じ、少しずつ電球を明るくしていってくれる。そんな「人がいなくてもいい」環境こそ、「人の限界を超えることができる」世界だと、『IoTビジネスモデル革命』(小林啓倫著、朝日新聞出版)の著者はいいます。
ではIoTは、どれだけ大きな価値を持つのでしょうか? 私たちの生活やビジネスをどのように変えていくのでしょうか? 本書ではそんな観点から、これまでにない新たなビジネスモデルを生み出すポテンシャルを持ったIoTの最新情勢を、B to BからB to Cまでのさまざまな実例をもとに解説しているわけです。
その基本を知るために、Chapter 1「500億台のモノがネットにつながる日」から、「IoTを構成する要素」に目を向けてみましょう。IoTを構成する要素である「モノ」「センサー」「プロセッサー」「通信機構とネットワーク」「情報処理」の5つについて解説された箇所です。
IoTを構成する要素1. モノ
第一のIoT構成要素は「モノ」。自動車や複合機など、比較的大型で可動部を持つ「装置」と呼べるようなモノから、ペンやフォーク、歯ブラシなど「消費財」に近いモノまで、最近ではありとあらゆるものがIoTの対象になろうとしているのだそうです。しかし、なにを「モノ」とするかについては、少し紛らわしい部分も。
たとえば、フィットネス用に歩数を計測するウェアラブルデバイスを「ネットワークにつながる歩数計」と捉えるのなら、たしかにそれも立派なIoT事例でしょう。しかし「人間の活動に関するデータを集めるサービス」と捉えた場合、「モノ」のインターネットというイメージからは少し離れているようにも感じられます。
つまり、「センサーや通信装置などが備えられたモノ」をIoTにおける「モノ」とみなすのか、あるいは「そうしたモノがデータを集める対象」も「モノ」として捉えるのかにより、IoTによってカバーされる領域は大きく変わってくるわけです。
また、自動車ワイパーの利用状況に関するデータがリアルタイムで収集できるようになったとしたら、どのような価値が生まれるでしょうか? 自動車修理サービス業者は、蓄積されたデータからワイパーブレードの劣化具合を把握できるようになります。そしてそのデータをもとに、店舗に近づいた車のドライバーに対し、「ワイパーブレード交換◯◯%OFF!」のようなクーポンを送信できたとしたら、それはブレード交換を行う大きなインセンティブとなるはずです。
そればかりではありません。もし特定の地域を走る車から十分な量の「ワイパー使用状況データ」をリアルタイムで取得できるなら、「いまどこで雨が降り出したか」を把握することが可能になります。(29ページより)
IoTを構成する要素2. センサー
センサーは、なんらかの状態を察知し、情報に変換する装置。温度センサー、GPS、カメラやマイクなど、さまざまな種類と価値がありますが、そのIoTシステムに合わないセンサーを搭載すると必要なデータが得られなくなるため、「どんなセンサーを使用するか」「どんな事象をどんな形式のデータにするか」が重要。
だからこそセンサーについて考える際は、一般的な意味での「センサー」にだけ目を奪われていては不十分。「対象となるモノからどんなデータが取れるのか、それをどう加工することで、どのような情報が生まれるのか」を考えることで、IoTシステムに、予想以上の広がりを持たせることができるということ。
ただしIoTとは、先に触れたとおり「モノがネットにつながり、離れた場所からさまざまなデータを収集・送信したり、モノを制御するのが可能になること」。つまり厳密にいえば、明確なセンサーが存在しないIoTシステムも存在することになります。たとえば自宅の鍵をIoT化する場合、鍵が開いているかどうかを把握したいなら、センサーがなくても鍵の制御ログ(開ける・閉めるという制御を何度行ったか)を確認すれば間に合うわけです。(33ページより)
IoTを構成する要素3. プロセッサー
IoT化する「モノ」がなんらかの機器や装置であった場合には、そのモノがすでに備えている情報処理能力を利用することが可能。したがって家電やオフィス機器、モビリティーなどの分野は、IoTの展開が比較的容易な領域として考えられているそうです。しかし一方、プロセッサーが小型化・高性能化を続けているため、小型の製品にまで情報処理能力が与えられるようになってきているのだとか。
情報を処理するためのCPU(中央処理装置)、プログラムやデータの格納を行うメモリー、関連する周辺回路をひとつにまとめた「マイコンボード」という装置がありますが、その一例として、ここではインテルの超小型マイコンボード「エジソン(Edison)を使ったウェアラブルデバイス「スノークッキー」の話題が登場します。
これは、スキーやスノーボードの板に設置して使用する、手のひらサイズで半球形の機器。内部に加速度センサーや磁気気センサーなどが備えられているため、滑走距離などのデータをスマートフォンへ送信してくれるのです。つまりユーザーは、アプリを通じて情報を確認することが可能。こういう小型のマイコンボードが普及すれば、スキー板のような単純なものもIoT化できるということ。(37ページより)
IoTを構成する要素4. 通信機構とネットワーク
「モノの"インターネット"」である以上、IoTにおいてデータをやりとりする要素は不可欠。しかしそれをどうやって実現するかについては、いくつかのパターンが考えられるそうです。
もっとも単純なのは、データを生み出すモノと、そのデータを利用するシステムを直接つないでしまうこと。3G回線やLTEなどの移動体通信キャリアの通信回線を使用するわけですが、シンプルな仕組みながら、モノの側に求められる条件が大きくなるのが難点。通信に必要な装置だけでなく、SIMカードを挿入するスロットを設置しなければならず、回線と常時接続するための電源も必要。そんな制約を満たすモノとなると範囲が限られ、通信料を支払わなければならないことになります。
それらの問題をある程度解決できるのが、Wi-Fiを使用した通信。ただし設置する通信機器が小さいモノですむ一方、消費電力が大きく、小型でバッテリーを使用する機器において、常時接続を行うケースには向いていないそうです。
そこで注目されているのが、ブルートゥースを介してIoTデバイスの近くにあるスマートフォンやPCなど、通信機能を持つ機器に接続するパターン。ブルートゥースは消費電力が少ないため、バッテリー切れを気にせずに使用可能。ユーザーがスマートフォンを持っていれば、その3G・LTE回線を通じ、比較的広い範囲でネットワーク接続ができるようになるわけです。
なお、「そのIoTシステムでどのような価値を実現したいのか」を考え、最適な通信の仕組みを実装することだと著者は記しています。(40ページより)
IoTを構成する要素5. 情報処理
ここまでの4つの要素があれば、とりあえずモノをネットワークにつなぎ、データをやりとりすることは可能。しかしIoTがどこまでの価値を生み出せるかは、5番目の要素である「情報処理」の役割にかかっているのだとか。逆にいえば、どんなに貴重なデータをモノから集められたとしても、価値を生み出す情報処理が行えなければ、宝の持ち腐れになってしまうということ。
IoTへの注目が集まっているのは、この情報処理の要素でも環境整備やノウハウの蓄積が進んでいることが一因。そして、どのような情報処理が行われているのかを、本書では「ビジュアル化」「解析」「予測・最適化」の3種に整理しています。
「ビジュアル化」とは、モノから送られてきた生のデータを、人間が理解しやすいようにグラフやテーブル、ダッシュボードなどのかたちにすること。機械に合わせたかたちで情報を保持していたのでは人間が有効活用できなくなってしまうため、人間のための加工を行うという考え方です。
「解析」は、モノから送られてきた生データのなかから、なんらかの意味のある事象を発見することで、典型例は画像解析。最近は街角や建物内の監視カメラとネットワークをつなぎ、遠隔で確認できるようになっていますが、送られてきた映像を人間がチェックするのでは手間を省けません。しかし解析によって生データ内にある「意味」を自動的に抽出できるようになれば、この心配もなくなるわけです。
そして「予測・最適化」は、データから一定の傾向を把握し、それに基づいて最適な制御を行うこと。いくら価値のあるデータをわかりやすく提供できたとしても、それを人間が誤解してしまっては無意味。そこでこの役割も機械が担い、「データからなにが必要か」までを考えさせてしまおうということです。(43ページより)
500億台もの機器がネットにつながり、1兆個のセンサーが情報を集め、そこから生まれたデータが適切に処理され、新たな価値や行動へとつながっていく。それはIoT技術の全体像。そうした技術から、どのような可能性が生まれていくのかが、本書では細かく解説されています。将来のビジネスモデルを予測し、そのときに備えておくためにも、ぜひ目を通しておきたい一冊です。
(印南敦史)