「ビッグデータ」「人工知能」のいまを、起業家で情報学研究者のドミニク・チェンさんに、わかりやすくナビゲートしてもらう本連載。

今回は、2045年に人工知能が人間の知能を超えると予測されるなか、高度化する情報化社会との付き合い方について聞いてみました。

ドミニク・チェン/起業家・情報学研究者

1512_Dominic_prof.jpg1981年、東京都出身(フランス国籍)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)卒業、東京大学大学院学際情報学博士号取得。メディアアートのキュレーター・リサーチャーとして活動した後、NPO法人コモンスフィア理事として新しい著作権の仕組みの普及に努める。また、株式会社ディヴィデュアルの共同創業者として「いきるためのメディア」をモットーにアプリやウェブサービスの開発・運営なども行っている。2015年度NHK「NEWS WEB」ネットナビゲーター(木曜担当)。『電脳のレリギオ:ビッグデータ社会で心をつくる』ほか、著書・訳書多数。

受け身ばかりの読者モード、消費者モードから脱却しよう

── 私たちは、よくわからないこと、結論が出ていないこと、予測が立たないことについて、臆病になりがちです。その意味で、人工知能を理解することはとても重要なことだと思いますが、情報化社会に生きる私たちがこうした最先端の情報技術を恐れずに使いこなすためにはどうすればよいのでしょうか?

ドミニク氏:私はアプリやサービス開発の現場で高校生や大学生たちと話をする機会があります。そのなかで印象的なのは、スマホのアプリやサービスを電話のような社会インフラと同じように思っていることでした。インターネットを活用して、自分でブログを使ったり、ソフトウェアを自由につくったりして世界中に発信することができる時代なのに、SNSを使ってコミュニケーションしているにも関わらず、ソフトウェアやサービス、つまりシステムそのものを自分たちでつくったり変えられるという意識が広まっていないようです。

文化や教育の指標として識字率の話が出てきますが、情報化社会では一般教養レベルでかまわないので、プログラムのコードやGoogleが行っている情報の集積の仕組みなどを知恵としてみんなもっと学んでいかないと、デジタルデバイド(情報格差)がどんどん起こってしまい、みんなの意識がますます読者モード、消費者モードになってしまうのではないかと懸念しています。

また、カフェを経営している知人の話ですが、開店当初、集客のためにクーポン券を配ることを考えたそうですが、お客さんがクーポンを溜めるために来る消費者モードになってしまうのを危惧して止めたそうです。つまり、あくまでもそのお店が好きだから来るというお客とお店の情緒的な関係性を維持しづらくなってしまうわけです。

今日の情報技術の問題のコアは、こうした社会に広まる読者モード、消費者モードにあるのではないかと思っています。つまり、人工知能が人間の知能を超えるという話をする以前に、いわゆるメディアそのものを疑いもなく肯定してしまうことになりかねません。

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情報の意図を読み説き、疑問を持つ能力が必要

── 受け身ではなく、能動的になること。一面的ではなく多面的に情報を集めて理解することは確かに大事です。では、情報を読み説く際に気をつけることはありますか?

ドミニク氏環境管理型権力という言葉をご存知でしょうか? わかりやすく言うと「イスを堅くしておけば、1時間以上座り続けない」というような類いの環境に埋め込まれた「力」を哲学では一種の権力と定義しています。

もっと身近な言葉で言うと、人の動かし方のことです。一方的に命令するのではなく、なんとなく誘導していき、本人は楽しく生きているつもりでも、実は権力によって巧妙に操作・支配されている社会のことです。これは決して陰謀論の話ではなく、社会を生きる人間にどれほどの主体性、自分でものごとを決定する力があるのだろうか、ということを考える道具です。

情報技術はこのような力がとても強いのです。インターネットに接続して何かをしている時には、常に何らかの調節的な力を受けていると考えてもいいでしょう。

何気なく電車やヒマな時間に眺めているSNSのタイムラインやニュースメディアのヘッドラインにどのような種類の情報が流れてくるのかは目に見えないアルゴリズムが決めていますし、画面内での情報提示の仕方などのUX、つまりユーザー体験のデザインによっても、次にどのような情報を見ようとするかということに働きかけることができます。さらに、今後はIoT技術などによって、現実空間もアルゴリズムと常時接続していきます。これは日常生活の問題なんです。

発信者の情報を表面的に肯定したり否定するばかりではなく、その背景の意図をきちんと読みとる能力、疑問を持つ能力、批評精神が抜け落ちてしまうと単純な考え方だったり単純な応答の仕方しかできなくなってしまいます。

個人的には疑問を持つこと、新しい問いを生むことが人間の最後の砦だと現時点では思っています。疑問を発信する仕組みはSNSでもできますが、そこから学習につながるようなケースは稀ではないでしょうか。圧倒的に情報を受け取るための技術に偏ってしまっている。もっとお互いの複雑な表現や思考を、その文脈と共に発信し、理解しあえる技術。それが人工知能の問題にも直結している課題だと思っています。


ドミニクさんの話にあるように、溢れ出る情報を読み説き、疑問を持つことは思考力の筋力を鍛えることにもなるので大事なことです。では、「ビッグデータ」「人工知能」をはじめした情報化社会はどのように進化していくのでしょうか。

そこで、次回は、情報化社会の未来を探ってみたいと思います。お楽しみに。

(香川博人)

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