イケアやH&Mなど、デザイン/クリエイティブ産業で突出した強さを見せているのがスウェーデンです。さらに2000年以降は、首都・ストックホルムのスタートアップシーンもアプリ開発などで熱気を帯びています。世界最大の音楽ストリーミングサービスであるSpotifyもまた23歳の若者がストックホルムで立ち上げ、今日ではヨーロッパで最も成功したスタートアップ企業の1つとして知られています。また、ゲーム産業の盛り上がりは凄まじいものがあり、2010年から2012年のゲーム産業の成長率は215%、スウェーデンは今や世界でもメジャーなゲーム輸出国の1つになっています。
今回ご紹介するFEO Media ABは「クイズクラッシュ」という対戦型のクイズアプリをリリースし、全世界21カ国、5500万ダウンロードを超えるヒットを飛ばしています。現地に住み、ストックホルム大学の大学院生でもある両角達平さんはFEO Media ABで日本担当コミュニティー・マネージャー翻訳者として働いていることもあり、両角さんに案内していただき、実際にオフィスを訪れ、創業者の1人でCEOであるロバート・ウィルステッド氏にスウェーデンのスタートアップや北欧独自の文化などについて語ってもらいました。ヨーロッパで最も熱いあついスタートアップ企業を招待する「EUスタートアップ・カンファレンス」がこの10月にベルリンにて開催されましたが、実際にロバート氏もFEO Media ABのCEOとして登壇しています。
メタルバンド出身。2組の兄弟4人で起業

── 異なるバックグラウンドを持った4人組で起業されたということですけど、起業のきっかけから教えてもらえますか?
ウィルステッド氏:私と弟と、幼馴染のもう1組の兄弟と一緒に起業しました。子どもの頃からの付き合いだったもう1組の兄弟のカッレとは、高校の頃から共にバンド活動をしていました。バンドはメロディック・プログレッシブ・パワーメタルバンドで、22歳の頃に日本でもアルバムをリリースしています。
左から3人目がウィルステッド氏。日本でも2004年にメジャーデビューを果たしている。
「ムーンライト・アゴニー」というバンドで、キングレコードから2004年にリリースしました。長い間バンド活動をしていましたが、その後カッレと共に小さなプロジェクトを始め、2010年からアプリ開発に取りかかったんです。最初は、クリスマスプレゼントを探すアプリを開発し、まずまずの成果を出すことができました。これをスウェーデン、ノルウェー、そしてデンマークでも展開しました。他にもiOS 5の機能を紹介するアプリなど、5つのアプリを開発しましたが、最終的にクイズゲームに落ち着いたのは、1年半後の2011年のことでした。
カッレと彼の弟オッレがソフトウェアデベロッパーで、私と弟がインターフェース、デザイン、グラフィック、そしてコンテンツ、ユーザーエクスペリエンスを担当しました。というのも、私がもともと教師として働いていたこともあって、歴史や自然科学などさまざまなカテゴリーのクイズを書くことができたからです。弟はテレビプロデューサーでした。

── クイズアプリを制作する上での試行錯誤やコンセプトメイキングはどういったものでしたか?
ウィルステッド氏:「クイズクラッシュ」のコンセプトは、ごく一般的な対戦型のクイズゲームです。自分がプレイしたら、次のターンが対戦相手になってクイズのカテゴリーを選びクイズに答えるという形式です。当時は、ヨーロッパにこのような種類のクイズゲームはありませんでした。私たちが着想を得たのは、単語を作成する対戦型のスクラブルゲームの「Zinga」や、同じく単語を作成する対戦型のパズルゲームの「Ruzzle」からでした。どちらも対戦型の「デュエルゲーム」でしたが、この時点では「対戦型」のクイズゲームはありませんでした。当時の私たちはそれぞれ別の仕事をしていましたが、2年間、空き時間をアプリ開発と起業準備に費やし、「クイズクラッシュ」のリリースのための下準備として、2012年に会社を起業しました。というのも私たちはこのゲームにかけていたからです。2012年の12月にリリース後、1カ月でアップストアでトップになりました。スウェーデンでは人口の約3分の1にあたる300万人以上がダウンロードし、現在では21カ国で5500万ダウンロードを記録しています。ドイツ語版は約2500万ダウンロードを記録し、さらに同国内ではテレビ番組化もされています。また、「クイズクラッシュ」にはユーザーからのクイズ投稿機能があり、投稿されたクイズはスタッフの確認後、随時データベースに追加されているので、常に新しいクイズを楽しめるというのも魅力の1つです。パズルゲームやRPGゲームと融合させたクイズゲームなどもありますが、「クイズクラッシュ」はそのような機能がないシンプルさ故に、まさに「クイズ好きのためのクイズゲーム」であるといえるでしょう。

── 全世界で5500万ダウンロードという大ヒットの要因はなんだったと思われますか?
ウィルステッド氏:おそらくヴァイラル性が高いことです。簡単に友人を招待できて手軽にゲームを始められて、それでいて学びにもなるからです。それと「非同期」性をシステムに取り入れたことです。つまり、クイズを解いたら対戦相手にプッシュ通知が届き、対戦相手がプレイする。それが終わったら、また私にプッシュ通知が戻ってきて再びアプリを開いてプレイするといった具合に、対戦経過を同期せず遊ぶことができるということです。このようにして、ユーザーは1ラウンドが終わる度に再び対戦することになります。対して、個人で対戦するシングルプレイゲームは、外的なインセンティブなしに常にユーザー自身をモチベートして積極的にプレイしなければいけません。恒常的に通知が来ることがひとつのポイントです。── 今のトレンドである、ゲームとチャットと教育を融合させたゲーミフィケーションのようなアプリなんですね。
ウィルステッド氏:まさにそれが私たちのやろうとしていることです。クイズクラッシュは、ドイツ、フランス、イタリア、ロシア、北欧で大成功を収めましたが、その後、多くの大企業から「従業員が8万人いる会社なのですが、会社についての方針や仕事で必要な知識をつけるために、このアプリのインターフェースを社内向きに使えたらいいなと思っています」といったような連絡をもらうようになりました。そういったわけで、今は個人向けだけでなく社内教育用の企業向けのバージョンも開発中です。楽しめて、かつ学びとなるゲームでBtoBにもチャレンジ

── FEO MEDIAが掲げる理念やミッション、働き方について聞かせてください。
ウィルステッド氏:長期的にはゲームと教育の分野に取り組んでいきたいと思っています。つまり楽しめて、没頭できて、かつ学びになるサービスです。会社としてのゴールはそこです。ワークスタイルについては、小規模なチームであることと、あちらの壁に"Long meeting sucks! " と書いてあるように、スピード感を重視しています。なぜなら会社が大きくなりすぎると余分な構造にはまり込んでしまい、逆に時間をとられてクリエイティブで生産的になることが難しくなるというリスクに直面することになるからです。効率よくやりたいので「ミーティングのためのミーティング」なんてしたくないんですね。毎週のミーティングの数もできるだけ少なくしており、開発過程で必要な時にのみミーティングをします。さもなければ「アジャイル」とは言えませんから。
── アプリが実際に制作されるプロセスはどのような感じですか?

そこで私がチームリーダーたちに役員ミーティングで決定したことや方針を伝えます。何か緊急に取り組まなければいけないことがあれば、優先事項としてプロダクションミーティングで伝えるといった具合です。例えば技術的な問題が生じたら、デベロッパーのリーダーがその問題を次のプロダクションミーティングでとりあげて、プロデューサーに伝え、それをフィードバックするということです。これを1週間サイクルで回して、必要があれば軌道修正するという形をとっています。



── スウェーデンのスタートアップシーンで特徴的なことや、今のトレンドは何でしょうか?
ウィルステッド氏:Spotify、「キャンディ・クラッシュ」のKing、「マイン・クラフト」のMojang、「バトル・フィールド」のDICE、ストラテジーゲームで有名なパラドックスインタラクティブ、そして私たちFEO Media ABなど、最近のスウェーデンのゲーム産業は盛り上がっています。モバイルゲーム業界でいうと当社はKingについで2番目の規模ですが、私たちは短期間で急成長することに成功しました。最近のトレンドがどうなっているか掴むことは難しいですが、「Uber」などにみられる「伝統的なサービス」と「最新のテクノロジー」を融合させるアプリが台頭しているといえるでしょう。しかし、これらのアプリもベンチャーキャピタルによって資金を獲得しており、今のところ大きな成功を収めたとは言いがたい状況です。── 先ほども会社の規模についてお話がありましたが、本格的な北米進出やIPOなど、巨額の資金を調達するような計画はありますか?
ウィルステッド氏:規模を大きくすることは重視していません。弊社のスタッフ数は現在は50人程度で、最大70人くらいまでは従業員を増やすかもしれませんが、それ以上は考えていません。オフィスも、もう少し大きくするかもしれませんが、アメリカにオフィスを構えるというようなことは想定していません。というのも、例えばマイン・クラフトで有名なMojangは、従業員数は50人程度ですが何十億の利益を出しており、ユーザー数もとてつもないです。それは、Mojangが少人数でクリエイティビティを発揮し続けているからこそ成功しているのです。それが最も大事なことです。例えばKingはオフィスがストックホルム、マルメ、ロンドン、そしてバルセロナにもあり、非常に大規模に拡大していますが、個人的にはそれでうまくいくとは思っていません。なぜなら、本当にいいゲームをつくるにはクリエイティビティと集中が重要だからであり、規模を大きくしてデベロッパーをさらに増やしたとしても、うまくいくようには思えません。
社員のクリエイティビティを発揮させる構造づくりが大切

── 企業がクリエイティビティを保ち、社員が創造性を発揮できるようにするために何が必要だと考えますか? 私も編集長というマネージャー業に就いている身として、スタッフにどのように指導しているのか、ぜひうかがいたいです。
ウィルステッド氏:1つ目には、決まり事などをあまり厳格にせず、従業員が快適に仕事ができるような環境をつくることです。どのようにして1人1人の従業員が上司に怒りを覚えることなく、責任を持って生産的に仕事に取り組めるようにするかということです。叱責しても何の意味はありません。そして2つ目には、少しだけ実験ができるように「自由さ」を確保することです。できるだけスタッフには、何かアイデアがあったら気軽に提案することを勧めています。スタッフからは、いつも私個人に「このゲームおもしろいよ!」とメールが来ますし、これは自分がスタッフと同じ「レベル」にいると感じるから、そのようにしてくれているのだと思います。
しかし、それもバランスが大事だと思います。ルールが緩すぎると生産性も下がります。スタッフの仕事は生産性を高く保ち続けなければなりません。しかし何かアイデアがあれば提案して議論ができるようにしておくことも忘れてはいけません。やはりメンタリティが重要な要素で、オフィスでは誰も叫んだりしませんし、それを恐れて仕事をするような環境を作らなければいいということです。
実際にデベロッパーチームとグラフィックチームには、労働時間の10%に相当する毎月2日間を、自分たちがやりたいゲーム開発のプロジェクトに充ててもらっています。先月から開始しましたが、これからも続けていく方針です。みんな真剣に取り組んでいます。ただし何でもいいというわけではなく、プロジェクトはチームリーダーの承認が必要で、何かしらの形で会社に貢献したり、実際にリリースされる可能性があるプロジェクトでなければいけません。
── デザイン、建築、音楽などのクリエイティブ産業がスウェーデンはうまくいっていますが、それはどこから来ていると思いますか? どういう精神性から来ているのでしょう? プロのミュージシャンだったロバートさんもその流れの中にいるはずだと思いまして。
ウィルステッド氏:クリエイティビティの点でいうと、スウェーデンはとてもうまくいっていると言えます。音楽産業もそうですが、今ではゲーム産業にもその波が来ています。おそらくそれは、スウェーデン人の精神性などの「文化」が成功の要因なのかもしれません。例えば、上下関係などのヒエラルキー文化がある日本とは違って、スウェーデンはより人との関係がフラットであることが一般的です。しかし日本もまた素晴らしいゲームを開発しているので、そこはなんとも言えませんね。私個人のことを言えば、単にクリエイティブなことが好きというだけです(笑)。しかし、スウェーデン一般で言うと、米田さんとお話していて気づいたのですが、おそらく日本とも共通する「現実主義」という精神性が重要な役割を果たしているのかもしれません。どういうことかというと、クリエイティビティが発揮できるような環境を作りながら、一方で「構造」にも注意を払うということです。
なぜなら、クリエイティブなだけではダメで、実際に機能する構造を持たないといけないからです。多分それが秘訣なのかもしれません。いいゲームをつくるには「自由に想像」できるようにするだけでなく、予定調整、締め切り、フォローアップなどの「構造」が必要で、この2つのコンビネーションがなければいけません。
ヒエラルキーをつくらず個々のモラルや判断に任せるスウェーデンの文化
── アメリカや日本と比較した時に、スウェーデン独自の企業文化はありますか?
ウィルステッド氏:ヒエラルキーが少ないことは先ほども触れましたが、もう1つ挙げられるとしたら、スウェーデンの企業では高い仕事へのモラル(High work moral)が、個々のスタッフにあることを信じていることも大きいと思います。フラットな関係であることと関連していますが、「個々にモラルがある」としているのでヒエラルキーを必要とせず各自の判断に任せるということが可能になり、結果的により各々が「自由」でいられるということです。イギリスはとてもヒエラルキーが強いことで有名ですが、スウェーデンではあのやり方はうまくいかないと思います。スウェーデンでは、やはり、会社の人間関係がフラットで、上司と気軽に話せるのが普通です。この辺りが最も他の国と違う点と言えるでしょう。Googleなどのテクノロジー系の会社もこのようにしてうまくっていますよね。
── なるほど。スウェーデンに比べると、日本はまだまだ企業にヒエラルキーがあって、ハードに働くことをよしとする文化・風潮が根強くあります。また、成功するまでとにかくハードに働く、というのはここ十数年変わりません。しかし、フラットな組織論というのもベンチャーを中心に最近は聞くようになりました。つまり、日本でもヒエラルキーをなくしてクリエイティブに働くことと、いい商品をつくるためにハードに働くことの2つの側面の両取りしようとする流れがあるのではないかと思っています。
ウィルステッド氏:その点は、ストックホルムでも同じですよ。でも、言うは易し、行うは難しなんですよね。私たち、経営者は仕事をする上で、スタッフに働きかけることが大きな割合を占めます。ある人にとっては勤勉に働くことはとても普通のことですが、それが普通ではない人もいます。私たちのスタッフは、ロシア、中国、イギリス、アメリカ、カナダ、などの21カ国から来ていて、すべての人が異なる独自の文化のある国から来ていると言えます。しかし、ほとんどのデベロッパーはスウェーデン出身でスウェーデンの文化がわかっているので、どのように働けばいいかを理解するのは簡単ですが、ときにはそれでも困難に直面するときもあります。ですから、やはり1人1人と面と向かってちゃんと接することがとても重要になります。私自身もよくスタッフに直接仕事のやり方について理解をしてもらえるように話したり、逆に話を聞くことで仕事がまわるようにしています。

── 最後にこれからのFEO Media ABの目標や予定されているリリース情報などあったら教えてください。
ウィルステッド氏:目下にあるのは、新たなクロスワードパズルゲームのリリースです。これはとても面白いものになります。それにあわせて新たなデベロッパーを雇うことも計画しています。もしかしたら、新たに古風なモバイルゲーム専門のプラットフォームをつくるかもしれません。こういったゲームは簡単でリラックスしながらできますが、当社の価値観である「知的で教育的なゲーム」ではないので、長期的に取り組んでいくわけではありません。もう1つは、スウェーデンのメタルバンドと組んで、彼らのファンのためのプロダクトを作ることも考えています。というもの自分もメタルバンドをやっていて、まだつながりがあるからです。
―― 長時間のインタビュー、ありがとうございました。日本に帰ったらクイズクラッシュで対戦相手を探してみますね!
(聞き手・文・写真/米田智彦、通訳/構成/両角達平)
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