明日に備えて、今日はよく寝ること。
昔から、大きな大会やイベント前に必ず言われるアドバイスです。
しかし、たとえばベストな靴ひもを選んでいたらうっかり寝るのが遅くなり、次の日睡眠不足のままスタートラインに立った場合、実力を出せないものなのでしょうか?
睡眠不足が運動に与える影響
睡眠不足による精神面への影響は、よくご存じでしょう。イライラ、判断ミス、ベッドに戻りたいという圧倒的な衝動などが起こります。しかし、走ったりトレーニングをしたりするだけなら、脳のすべての部位が必要なわけではありません。それに、運動をすることで目が覚めるという効果もあります。そのため、よく言われる悪影響が、多少和らぐことだってあるかもしれません。つまり、睡眠不足による運動への影響は、そんなに単純なものではないはずなのです。
睡眠不足だと、動きが遅くなるのでしょうか。学術誌『Europea Journal of Applied Physiology』に投稿された論文では、同じ人物が徹夜明けの状態とよく寝た状態で、ランニングマシンで30分間走った距離を比較しました。その結果、通常時の平均6.21kmに対して、徹夜明けときの平均は6.04kmと、わずかな差しか見られませんでした。
一方、学術誌『Aviation, Space, and Environmental Medicine』に発表された論文では、自転車を使って同様の実験を行いました。その結果、徹夜明けのときは、あまり走れなかったという感覚はあったものの、実際には走行距離の変化は認められませんでした。
つまり、ランニングやサイクリングのような有酸素運動においては、睡眠状態によるパフォーマンスの差はほとんどないことがわかります。単に睡眠が少ないときでも、徹夜のときと同様の結果が得られます。学術誌『Physiology and Behavior』に掲載されたレビューは、部分的な睡眠不足に関して以下のような結論を導いています。
- 有酸素運動(長距離走など)と無酸素運動(短距離走など):睡眠不足による違いは「ごくわずか」で、気がつかない程度
- 反復的無酸素運動(重量挙げなど):疲労が増す
- 戦略や集中を要するスポーツ:判断力が鈍る
- 高い集中力を必要とするスポーツ(的を狙うものなど):ミスが増える
これは、古くから言われているランナーのルール「あらかじめ寝だめをしておけば、大会前夜の睡眠時間は気にしなくていい」と一致します。
パフォーマンスに影響を及ぼす要素はほかにもあります。それは、運動をする時間帯。多くのスポーツに共通していることですが、選手が最高のパフォーマンスを出せるのは、午前中よりも午後か夜になります。しかし、睡眠不足の状態だと、午後のパフォーマンスが鈍ります。学術誌『Journal of Strength and Conditioning Research』に発表された武術に関する研究によると、柔道大会の選手は、よく眠れた日の午後なら強さと筋力を発揮できるが、睡眠不足の日の午後は、午前中と同等のパフォーマンスしか出せないそうです。
マラソン大会の多くは午前中に行われますが、それ以外のスポーツ大会は、午後に行われます。また、トライアスロンのように耐久力を必要とするスポーツの場合、何度か集中力に波が訪れるでしょう。開始時間を選べるなら、なるべく遅めにしたほうが良さそうです。ただし、前日の夜にぐっすり寝られる場合に限ります。
前日によく寝られなかった場合は?
早朝に大会が開催されるときなど、睡眠不足で挑まなくてはならないかもしれないと予想できる場合があります。そのようなときは、現実問題として、興奮せずに眠れるのか、移動や準備などの理由で夜更かししてしまわないか考えてみてください。
睡眠不足になることが予想されるなら、数日前から寝だめをしておきましょう。マラソンのような大きな大会に出る場合、少しずつ運動を減らし、大量の水を飲み、炭水化物をしっかり取るといった計画をすでに立ててあると思います。スマートなあなたは、この時期には睡眠も重視するようにしてください。
睡眠情報ジャーナル『Sleep』に、こんなストーリーが掲載されていました。当初は自分たちが睡眠不足だと思っていなかったバスケットボールの選手たちが、毎晩10時間以上寝るようにしたところ、短距離走が速くなり、シュートも入るようになりました。さらに、「身体的、精神的な健康状態を示す指標が、全体的に改善した」そうです。
夜更かしをして遅く起きるか、早寝して早起きするのか選べるなら、柔道選手を対象に行われた研究が参考になるでしょう。その研究では、夜更かしよりも早起きのほうが、午後のパフォーマンスに悪い影響を与えたそうです。数時間の移動が必要なら、夜のうちに移動しておいて、起きる時間をなるべく遅めにしたほうがいいのかもしれません。
起きるときのポイントは、出勤日のそれと同じです。すなわち、スヌーズ機能は使わない、すぐに日光を浴びる、ヘルシーな朝食を食べるなどが効果的でしょう。
いろいろ理由はありますが、朝食時にはコーヒーを飲むのがオススメです。1つ目の理由は、カフェインが目覚めを助けるから。2つ目の理由は、カフェインが持久力を必要とするスポーツのパフォーマンスを改善するからです。大会当日に新しいことをするべきではありませんが、唯一、走る前のカフェインは、試してみる価値があるでしょう。トレーニング中にカフェインを摂取していたのなら、本番でも同じように使いましょう。その場合、いつもと同じぐらいの量(エナジードリンクなどにも入っていることがあるので要注意)を心掛けてください。それから、コーヒーを飲むとトイレが近くなるので、タイミングを考える必要があります。
3つ目の理由として、カフェインには、睡眠不足による精神面への影響を抑える働きがあることが挙げられます。つまり、判断力が向上するので、戦略を必要とするスポーツには適しているのです。正確性を必要とするスポーツに適しているかどうかは、はっきりしていません。ラグビー選手には効果を発揮したものの、テニス選手には効果がなかったという実験結果が出ています。
トレーニングをスキップすべきとき
大会に向けた計画は大事ですが、どうしても疲れていて日常のトレーニングをできそうにないときは、どうしたらいいでしょう。
スケジュール変更が難しい大きなトレーニング日(マラソン前の重要なロングランなど)なら、疲労が改善されないまま目が覚めた場合でも、本番と同じ気持ちで臨みましょう。気分は最悪でも、いつもと同じパフォーマンスを出せるはずですし、運動によって得られるメリットも変わりません。気楽に構えて、トレーニングをやり抜くことだけを考えてください。
眠い日のパフォーマンスは、精神的にも肉体的にも朝が1番良くて、時間とともに低下します。つまり、できるだけ先延ばしせずに、何よりもトレーニングを優先したほうが良いことを意味します。でも、現実的には、朝にトレーニングするぐらいなら、その時間を睡眠に充てたり、あるいはチャンスがあるならパワーナップ(戦略的睡眠)をしたりしてもいいでしょう。
いずれにしても、まずは自分が疲れている理由を考えることから始めましょう。たまに疲れるぐらいの頻度だったら、迷わずにトレーニングを休んでもいいでしょう。10回に1回さぼったところで特に影響はありません。しかし、日常的にトレーニングをさぼるようになってしまったら、何かを変えなければならないのかもしれません。たとえば、決まって仕事が忙しくなる曜日に大きなトレーニングを計画しているなら、トレーニングの曜日を変えるべきです。とは言え、1番大事なことは、徹夜などしなくて済むようにタイムマネジメントをしっかりやることです。
Beth Skwarecki(原文/訳:堀込泰三)
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