キャリアに関するアドバイスの多くは「自分の心に従おう」とか「自らの情熱に従おう」というスローガンを核にしています。イギリスのライターAlan Watts氏のナレーションで「お金が目的でなかったら何をする?」というYouTube動画が人気ですが、「どんなことでワクワクするか?」と自分に問いかけて、その答えを追求しないと、「人生は完全に時間の無駄になってしまう」と言います。

しかし、これを文字通りに受け取ると、自らの情熱に従うというアイデアはひどいアドバイスです

「好きな仕事」の問題点

2011年に私は「80,000 Hours(8万時間)」という名の非営利団体を立ち上げました。満足できるキャリアを見つけたい人を支援して、見つけたキャリアで最大限の社会的インパクトを得られるようにすることに注力する団体です。その名の「80,000 Hours」とは人が一生で仕事に費やす時間のことです。

この4年間、既存の研究を深めると同時に幅広いキャリアの人たちを何百人もインタビューしてそれ以上の人数に対してコーチングを施しました。その結果、発見したまぎれもない事実は、「情熱」を追求しようとするのは、自分が楽しめるキャリアを見つけて、世の中に大きな影響を与えるには完全に間違ったやり方だということです。なぜでしょうか? まず、ほとんどの人の情熱(大好きなこと)は仕事の世界には当てはまらないからです

カナダの大学生の研究によれば、84%の学生には情熱を傾けられるやりたいことがあり、その90%はスポーツ、音楽、芸術に関することです。しかしスポーツ、音楽、芸術産業に関わる仕事は仕事全体のたった3%だけです。結果として数少ない貴重な仕事に就くのは高い競争率となります。そして、例えば音楽に対して情熱があるからといって、ことさらに素晴らしいプロの音楽家になるとは限りません。

興味や情熱も時間とともに変化します。自分で思っているよりはるかに大きく変わることを心理学が証明しています。10年前に一番興味があったことを思い出してみてください。現在興味があることとは全く違うかもしれません。子供は絶対にいらないと思って人生設計をしても、30歳になると好みが劇的に変わっていることに気づくかもしれません。

そういうわけで、自分の好きな仕事を見つけるには「直観に従う」という考えも、とんでもないアドバイスです。人は自分がどうしたら幸福になれるか推測するのが下手だと物語る証拠があります。私たちは悪い変化が人生に与えるネガティブな影響を過剰に大きく見積もっています。なぜなら、人生において変化が起こっているときでも変わらずに同じ状態にあり続ける「良いこと」を見過ごしてしまうからです。さらに言うと、新しい状況に対する精神的適応力を評価し忘れています。これは、自分を幸せにしてくれることはこれだ、と直観的な判断が目の前の状況に影響を受けていることを意味しています。人は今まで慣れ親しんできたことが好きで、進むべき道を変えることで発生するリスクを過剰に恐れるのです

だから自分の「情熱」や「直観」に従うのは、長期的にはもう興味が持てなくなるかもしれないプロジェクトにコミットするリスクを犯すことになります。充実したキャリアを見つけるのにもっと良い方法がきっとあるのではないでしょうか。

積極的に取り組めること

仕事で満足が得られるかどうかを一番正確に予測するには、あらかじめ抱いている情熱の問題というよりも、仕事自体の性質を見ることだと気づきました。人が探し求めているのは積極的に取り組もうと思える仕事だということが研究により証明されています。そういうものを見つけてください。そうすれば、その仕事に長い間情熱を燃やし続けられるでしょう。

仕事への積極的な取り組みは次の5つの要素に細分化されます。

・独立性:仕事の進め具合をどの程度自分でコントロールできるか。

・達成感:自分の仕事は全体を完成させるのにどのぐらい関わっているか。自分の貢献度が簡単に目に見えるか。

・することに幅がある仕事か:その仕事をするのに、さまざまなスキルや才能を行う活動の幅はどのぐらいあるか。

・仕事のフィードバック:自分の仕事ぶりの良し悪しを知ることができるか。

・貢献度:自分の仕事が世の中にどのぐらいの変化をもたらして他人を幸福にしているか。

上記の項目の1つ1つがモチベーション、生産性に影響しています。その他の要因で仕事の満足感を高めるものには、仕事の達成感を得られるか、同僚からどのぐらいサポートしてもらえるか、ということと、不当な給料や長すぎる通勤時間などの「環境要因」が含まれます。お気づきの通り、どれ1つとして「情熱を傾けられること」とはそれほど関係ありません。

個人の適正

どんな人にも通用する「完璧な仕事」などありません。個人的な要因が正しいキャリアを選択する際は重要なのです。人によって強みが違いますから、自分の強いところで勝負して職場で有利な立場になりましょう。これが仕事を楽しむ上で、もう1つの重要な部分です。

この理由で、「80,000 Hours」は「個人の適正」と呼ばれるものに大いに注目しています。キャリアと個人の適正を計るために、カギとなる質問はこれです。

時間をたっぷりかけられるとして、このキャリアでは他のキャリアを選んだときと比べてどのぐらい上達できると思いますか?

肝心なのは、上達できることは何かであり、それは必ずしも現在得意なことではありません。大学を出たばかりの人がその時点での自分の強みだけを見ると、自分のキャリアの選択として最善なのは、音楽や野球や哲学だと思うかもしれません。しかしこの方法で選択肢を狭めていくと、重大な過ちを犯します。間違いなく、あなたはまだマネジメント、マーケティング、プログラミングといった実際に必要とされるスキルは持っていません。しかしだからと言って、こうした分野で上達して人より優れていくことができないわけではないのです。

自分がどのぐらい上達できるか予測したいなら、最初にすべきことは、できるだけその仕事のことを知ることです。その仕事に就いている人たちと話して、成功するのに一番大切な特性は何だと思うか質問してください。そして、自分はどの程度その特性を備えているか考えてみてください。なぜその仕事を辞める人が出るかも聞いてみましょう。自分と似た人が過去にどのような業績をあげているか調べてみてください。

ずいぶん努力が必要であるように聞こえるかもしれませんが、今問題にしているのはあなたの人生の8万時間ですから、少し時間を使ってリサーチするだけの価値はあります。

前もって計画する

歴史上今ほどキャリアを自由に選択できるときはありません。だから「情熱に従うこと」を語るのがこれほど人気があるのかもしれません。本業として楽しく働けること追い求めて、さらに良い給料ももらうという空想にふけることができるのもそのせいです。

現実には、野球や芸術のように「情熱を傾けられる好きなことを基盤にした」分野の仕事はとても少なくて競争率が高いです。こういう仕事に就けるだけの能力を(あるいは運を)持ち合わせているのはごく少数の人だけです。あとの人たちは何年も頑張ったあげく大した成果を上げられないままでしょう。

でも、これが全てではありませんし、満足できるキャリアを見つけるベストな方法ですらないということです。自分が人より秀でられる仕事を探してください。それが今すぐ情熱を傾けられる仕事でなくてもです。こうした仕事についてできるだけ知識を得て、成功が約束されそうなことは何でも試してみましょう。その仕事が前述の「取り組める仕事」の条件に適っているか確認しながらやってください。

これは「情熱に従う」ことの半分もワクワクしないことかもしれませんが、キャリアで長続きする深い満足感を得ていくのにはベストな方法です。結局のところ、長続きする深い満足感以上に大切なことがあるでしょうか。

The Many, Many Problems With "Follow Your Passion|99u

William MacAskill(訳:春野ユリ)

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