AppleやGoogleといった企業が優れた人工知能の開発に膨大な資金とリソースをつぎ込む中、SiriやGoogle音声検索のように身近な形で人工知能に触れる機会も増えてきました。今から20年後、30年後の未来にはそもそも外国語を勉強する必要はあるのでしょうか? 今回ライフハッカーでは、そんな疑問の答えを探るべく、世界的な語学アプリ『Duolingo』の現役エンジニアである、萩原正人さんにお話をうかがいました。(インタビューの前編はこちら)
機械学習や自然言語処理の専門家で、日中英のトライリンガルでもある萩原さんに聞いた「外国語学習の未来」。昨今の技術的進歩を踏まえれば、そう遠くない未来なのかもしれません。
2009年名古屋大学大学院情報科学研究科博士課程修了。博士(情報科学)。Google、Microsoft Research、バイドゥ、楽天技術研究所(ニューヨーク)にて、検索エンジンおよび自然言語処理の研究に携わった後、2015 年 2 月より Duolingo にてソフトウェアエンジニアとして自然言語処理技術を活かしたバックエンドの開発に従事。統計的自然言語処理、特に、形態素解析、翻字、外国語学習、大規模コーパスからの語彙知識獲得などに関心がある。訳書に、オライリー『入門 自然言語処理』(2010)、『入門 機械学習』(2012)がある。
人間が外国語を話すシチュエーションはなくならない
── 機械学習や自然言語処理を研究されてきた萩原さんならよくわかると思うのですが、近年のクラウド技術の進歩には目覚ましいものがあります。例えば、SiriやGoogle音声検索のような人工知能を使った技術に触れる機会は増えてきたし、今後さらに改善されていくと言われています。この時代に生きている私たちからすれば、20年後、30年後に人類は外国語を学んでいるのだろうか?という疑問が浮かんでくるのも無理はないことです。そこで敢えてお聞きしたいのですが、そもそも私たちは今がんばって外国語を勉強する必要はあるんでしょうか?
萩原:まず、最初に言っておかないといけないのは、20年後、30年後のコンピューター技術がどうなってるかは誰にもわからない、ということです。私は、この分野の進歩がいかに速いか、身をもって知っているだけに言うのが難しいという現状があります。ただ、外国語をツールとして見たとき、例えば海外旅行で訪れた街でご飯を注文するとか、外国人に道を聞くとか、そういった簡単なレベルで言うところの言語の問題であれば、機械翻訳などの技術である程度解決してしまうのではないか、とは思っています。
考えられるのは、技術を使った外国語への接し方が多様化することです。例えばこれまで旅行に行ってレストランで注文するだけの課題だったとしても、基本的には人間が外国語を勉強する必要がありました。
でも例えば、機械と人間が半々で解決する、という可能性もありえると思います。例えばこの例が来るかどうかわからないですが、Google Glassみたいな体に装着する系のウェアラブルデバイスがあって、その力を借りながら外国語へ接する。例えば、話すとか会話をするっていうところは機械と人間が半分半分で、自分がわかるところは自分が話して、わからないときに上からヒントが出てくるとか。
ちょっとまだ分からない文法項目があるっていう人に対しては、よく日本人の受験生向けに英文読解の教科書で見られるような英文にいろいろな印が入る解説がありますよね。英文のこの部分は主語と動詞だとか、この関係代名詞がこれに係るとか、このitはこれを指しているとか、そういうのが例えばGoogle Glassみたいなデバイスがあって、聞いた文に対してそこに勝手に出てくるとか、そういうソリューションもあると思うんですよね。
そういう可能性を考えたときに、単純に機械翻訳が全部置き換えるわけではない、と私は思います。それよりは、翻訳とは違った方法でサポートする技術も進化していくと思います。
仲のいい友達と外国語で話すとか、言葉が異なる国で仕事するとか、人間が外国語を話すシチュエーションはなくならないので、深い意味での外国語を学ぶ必要性はなくならないと思っています。
語学で挫折する人は減るかもしれない
── Duolingoがどんどん最適化されていった場合、いずれは英語の先生は必要なくなってしまうと思いますか?
萩原:コンピューターが語学の先生を置き換えるか?と聞かれたら私は違うかなと思っています。教室に学生が座ってて、目の前に先生じゃなくてコンピューターが置いてあって全部できるかって言われたらそうではないと思うんですよね。実際に今、特にアメリカの学校とかで外国語が教えられる状況はかなり変化してきていて、昔の日本みたいにひたすら文法項目とか単語を暗記して訳させるという方向ではもうなくなってきています。先生っていうのは知識を一方的に学生に伝えるっていう役割ではすでになくなっていて、どちらかと言うと学生が自主的に学ぶプロセスをサポートするような役。まさに、パーソナルトレーナーですよね。そんな風になってきています。
Duolingoの目標は、アプリを使って先生を置き換えることではなく、あくまでユーザーが言語を習得してもらうというところに尽きます。言語を学ぶために高い教材を買ったりとか、高い試験を受けたりしないといけない現状を崩すのが目標なんです。もちろん、ひょっとしたら結果的に先生を置き換えてしまう可能性はありますが、そこを第一目的としてるわけではないのです。例えば、田舎の学校の英語教師がDuolingoをサポートとして使って生徒に英語を教えるっていう形が最適解に落ち込むかもしれないですね。私もそんなパーソナルトレーナーとして技術的なサポートをしていく形がDuolingoに合っていると思います。
── そうなると、語学を勉強する目的も変わってくるかもしれないですね。道を聞かれるかもしれないから外国語を勉強するのではなく、ただ軽い会話をするだけのためでもなく、意見を交換したり、仕事をしたり、深い会話をしたり、そんなもっと深い意味のために外国語を勉強するようになるのかもしれませんね。
萩原:そうですね。そしたら、語学の失敗率も減るかもしれないですね。道を聞くとか、簡単にレストランで注文するためだけに外国語を勉強する必要はなくなるので、例えば日本で特に英語を使わないのに勉強させられてるような方っていうのはもう勉強しなくていいわけです。簡単な問題解決は機械に任せて、本当に必要な人だけが勉強すればいいということになる。そうなれば、語学で挫折する人は減るかもしれないですよね。日本人は英語学習から学べることが多い
萩原:逆に、日本人はみんな半ば強制的に英語を勉強させられているので、外国語学習に対して優位性を持っている、とも言えます。先ほども少し触れましたが、日本語と英語って世界の言語の中でもかなり言語学的に距離がある言語で、こんなに違う言語を強制的に勉強させられるとやっぱり発想が変わるというか、世界にはこんなに違う言語があるんだ!って思うわけですよ。
これがアメリカの場合、だいたい第1外国語はスペイン語なのですが、英語とスペイン語ってけっこう似てるんです。日本語と韓国語くらい似ています。それで、アメリカで英語ネイティブでスペイン語を勉強した経験しかないと、世界の言語がどれぐらい多様なのかということがわからないのです。
例えば、外国語を学ぶための1つの技術があるとすれば、それは「言語はそもそも違うものなので、単語を翻訳すればいいわけではない」と気づくことです。これ、英語を学んだことがある日本人なら、ほとんどわかっていることです。日本語の助詞に対応する英語はないし、英語には日本語にはない冠詞がありますよね。
── 英語を勉強したあとにもう1つ何か言語を勉強したいとなったときに、すごくスムーズに入れる可能性がある、ということですか?
萩原:そうです。特に、日本人で英語をある程度勉強した経験があると、2つ目以降の言語を勉強しやすくなるっていうのはもう事実だと思いますよ。スポーツでも同じで、1つのスポーツが得意な人ってほかのスポーツも得意ですよね。── 最後に、ライフハッカー読者にメッセージをお願いします。
萩原:もし少しでも海外や英語圏で働いたり住んだりすることに興味があるなら、日本人にとって英語はどれだけ勉強し過ぎても、し過ぎることはないと思っています。かけた時間の分だけちゃんとリターンがありますから。あと、海外で働く敷居っていうのは、これからひたすら下がり続けていきます。今だったら情報もすぐ手に入りますし、海外にいても生活はそんなに変わらないです。インターネットにつながりますし、みんなFacebookやってますし。だから、やっぱりどんどんチャレンジしてほしいなと思います。
個人的にはインターンを勧めています。インターンを募集してる海外のIT企業って本当たくさんあって、意外と日本からでも行けたりするんですよね。特にインターンならビザの関係とかも簡単ですし、正社員で雇うのとは比べものにならないほど手続きも簡単だったりします。そして、そういう機会を1つ見つけられると、そこから芋づる式にチャンスが巡ってきたりします。インターンじゃなくても、実際に旅行に来ていろんな人に話を聞くとかでもいいと思います。それだけでも挑戦してみると見えてくることがあると思いますよ。
(聞き手:大嶋拓人)