私はなぜこの本を書こうと思ったのか? それは駆け出し時代の私と同じような境遇にある人の役に立ちたいからだ。

私には人脈もなければ、助言者もいなかった。

どうすればキャリアをスタートできるのか、見当もつかなかった。

あるのはただ成功したいという思いだけだった。(「[序章]3つの質問」より)

こう語るのは、『ルイ・ヴィトン元CEOが教える 出世の極意』(マーク・ウェバー著、須川綾子訳、飛鳥新社)の著者。「カネも知識もコネもなく」雑用係から出発し、世界有数の紳士服メーカーであるフィリップス・ヴァン・ヒューゼン(PVH)のCEOに。さらには世界一の高級ブランドグループ、モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)の米国法人に就任した人物です。

いかにも華々しいサクセスストーリーの持ち主。しかし実際には、33年間勤めたPVHのCEOを突然解任されたという過去の持ち主でもあります。つまり屈辱を味わいながらもそれを乗り越えた結果、現在の地位にたどり着いたということ。だからなおさら、本書を通じて若い世代に力を貸したいのかもしれません。

だとすれば、挫折についてどのように考えているのかを知りたいところではあります。そこで「パート2 挫折を乗り越える」に目を向けてみましょう。

人間の真価は「どん底での行動」で決まる

「あとから振り返れば人間の本質を知るいい機会でもあった」。そうはいうものの、解任直後の著者に対する周囲の反応はぎこちなく、まるで腫れ物のように扱われていたのだとか。少し前までは大手上場企業の要職にあり、各方面から引っ張りだこであったにもかかわらず、一夜にして誰もが手のひらを返したように冷たくなったということです。

将来を憂いて涙を流したこともあったそうですが、それでも著者は「ここで終わってたまるか!」と自分を奮い立たせます。なお、そのとき大きな心の支えになったのは、陸軍大将ジョージ・パットンの次のことばだったといいます。

「人の成功を測るものさしは、頂点に立ったときになにをするかではない。どん底を経験したあとでどれだけ這い上がれるかだ」(134ページより)

とはいえ就職活動の経験もなく、解任されたのも初めて。そこでどうすべきか考えたあげく、会社の経営戦略と同じように自分のキャリア戦略を立てることにしたのだそうです。

まず行ったのは、「友人知人」「助けを求めれば誰かを紹介してくれそうな人」「興味のある企業」と3つのリストをつくること。そしてリストができてからは、羞恥心をかなぐり捨て、「30日で30年分の」電話をかけまくったのだといいます。ただしそれでも、最初に訪れたチャンスに飛びつくつもりはなかったといおうのですから驚きです。なぜなら可能性を探すことが楽しかったし、学べることはすべて学び取りたかったから。

逆境にあってもこのような考え方ができるからこそ、最終的に著者は成功に行き着いたのでしょう。(134ページより)

限界状況での拠り所は「自尊心」

職探しを始めてから3カ月を経てもなお、著者は引き続き人脈を広げ、面接を受け、投資の機会をうかがっていたそうです。が、一度は頂点を極めた人間にとって、それがいかに苦しいものであるかは想像に難くありません。事実、そんな就職活動は内臓をえぐられるようなつらさを伴うもので、プライドも打ち砕かれることに。

しかし、そんなときこそ大切なのは、気持ちを強く持つことだと著者はいいます。自分がどんなに有能で、スキルや才能、経験に恵まれているかを考えることが大切だというわけです。それはいうほど楽なことではないでしょうが、事実そのような姿勢が、著者に大きなチャンスをもたらすことになります。LVMHグループの子会社であるダナ・キャラン・インターナショナルがCEOを探しているということを知るのです。そしてそれが、大きなチャンスにつながっていくことになります。

要するに、私は自分の専門分野を知り尽くしていた。そのことを心に留めておくことが重要だった。なぜなら、私はクビになったせいで本来の自信を失っていたからだ。自分が何者であり、どれだけの能力やスキル、才能、経験を持ち合わせているか忘れてしまう。そういったことは改めて思い出さなくてはならない。職探しは苦しく骨の折れる作業だが、大事なのは自信を取り戻すこと。とにかく私はそうした。(150ページより)

経験や能力があればあるほど難しいことですが、しかしこうした時期は、自分が思っている以上に多くを学ぶ機会でもあると著者。また、努力を重ねるほど幸運が増すと知ることも重要だと主張しています。(141ページより)

決して自分を安売りするな

ここまでのプロセスを経た結果、LVMHとは基本合意に達したものの、ダナ・キャラン・インターナショナルの次期CEOの最終決定にはダナ・キャラン本人の承諾が必要。そこで面会の場が設けられますが、このとき著者は「こうした場面では、弱さを見せたらその時点で負けだ」と感じていたのだといいます。

私は事前に、この場をどう仕切るべきかを入念に考えていた。ダナに対しては、裁判で自分に不利な証言をしようとする証人と向き合うように接するつもりでいた。私がCEOになることに彼女が反対していると聞いていたからだ。(166ページより)

意識の根底にあったのは、「いかなるときも自分を安売りしてはいけない」という思い。充分に経験を積んで自分の仕事に精通していれば、実績によって認められるはずだという思いがあったからだといいます。

そこで著者は妥協せず、自信を持ってダナ・キャランとの面接に臨みます。初回の面接において彼女は、著者に失格の烙印を押そうと躍起になっていた状態だったといいますが、続く2回目で遠慮なく反撃に出て、ダナ・キャランのビジネスの問題点を指摘。「自分のように経営を熟知している人間が必要だ」と伝えます。そして3度目の面接では、絆が生まれるのを感じることに。自信に満ちた態度の考え方が、ダナ・キャランの思いを変えたわけです。(163ページより)

確信があるときは一歩も退くな

ところが意外なことに、それから連絡が途絶え、数カ月が経過すると「ダナ・キャランのCEO探しはめどが立っていない」と業界紙が報道されたのだといいます。しかしそれでも「最後にはうまくいく」と信じていたという著者は、ようやく設けられた話し合いの場で、結果が出せないダナ・キャランを強く説得します。

「リーダーシップを欠いている現状は誰にとっても負担になっている。私ならきみの会社を改革できる。会社を成長させ、息の長いブランドにしたいとすれば、それができるのは私だ。(後略)」

すると彼女は口を開いた。「やってみましょう」

こうして話が決まった。われわれは手を組むことになったのだ。(178ページより)

ここに至るまでには著者の焦り、苦悩、そして自信が交互に見え隠れするため、とてもスリリング。以後の展開も含め、読み応えは抜群です。(176ページより

著者のメッセージは力強く、そして自信に満ちあふれています。そして、その前向きな姿勢は、私たち読者に勇気を与えてもくれます。それは著者自身が0からスタートし、挫折から這い上がってきたからでしょう。だからこそ、うまくいかないと悩んでいたり、現状をなんとかしたいと思っている方には、ぜひとも読んでいただきたいと思います。

(印南敦史)