はじめての社内起業 「考え方・動き方・通し方」実践ノウハウ』(石川 明著、U-CAN)の著者は、元リクルート新規事業開発室マネジャーで、自身も総合情報サイト「All About」を社内起業した実績の持ち主。これまで100社・1500案件の新規事業に携わり、3000名以上の企業内起業家(イントレプレナー)を育ててきたのだそうです。いわば本書は、そのような実績に基づいた「社内起業(新規事業開発)指南書」。

私の仕事は「インキュベータ」。これは「卵を孵化させる者」という意味です。つまり、新規事業案という卵を孵し、実現させる、という仕事です。

新規事業を立ち上げる人に寄り添い、時にはメンバーとしていっしょに企画を考え、時には斜め後ろあたりにピタリとついて支え、時には必要な知識や有効なスキルをレクチャーし、事業化までを支援するのが私の仕事です。(「はじめに」より)

しかしそもそも、「社内起業」についてどう考えればよいのでしょうか? 第1章「新規事業の基礎知識」を見てみましょう。

独立起業にはない「社内起業」のメリット

「起業」にはゼロから会社組織を立ち上げるイメージがありますが、実際には、すでにある起業を母体として行う「社内起業」の方が圧倒的に多数派なのだそうです。そして著者は、世の中の多数を占める社内起業の件数こそが、社会活性度を示すと考えているのだとか。では、独立起業と社内起業にはどのような差があるのでしょう? このことを考えるにあたり、無視できないのが次の3つの壁。

1.資金(初期費用、事業運営のための現金、黒字化までの会社維持資金)

2.人材(採用による「数」と「質」の確保)

3.信用(新規取引の難しさ)

(28ページより)

著者によればこれらは、そのまま社内起業の利点として置き換えることができるのだそうです。それぞれについて見てみましょう。

まずは1の「資金」。独立起業に際して資金を調達するときには、金融機関とゼロから折衝しなければなりません。しかし社内起業の場合に必要なのは、「社内での予算獲得」。だからといって決して容易ではないとはいえ、独立起業時の資金調達にくらべればはるかに楽。自己資金だけではじめる独立起業より、社内資金の余裕があれば初期投資もより大きくできますし、黒字化までに時間的な余裕があるぶん、大胆な策も可能になるわけです。

次に2の「人材」。新たに事業を運営するためには、その分野の専門知識はもちろん、物流、決済、経理、総務、人事、法務など多くの知識が必要。しかし社内起業なら、各分野のプロが社内にいるため圧倒的に有利。人材獲得についても、新規採用よりはるかに機動的に人材を獲得しやすいといいます。

そして3の「信用」。社内起業の最大のメリットが「信用」だと著者はいいます。独立起業の場合、起業した当事者はもちろん、取引先もリスクを負うことになります。取引先も、信用があってこそリスクを取ってつきあってくれるということ。

新規事業担当者は、この3つのメリットを充分に認識し、それらを生かすことを心がける必要があるわけです。社内から会社を動かし経営資源を動員することは、新規事業開発者の重要な仕事。(28ページより)

「社内起業」ならではのハードルを越える

ただし、利点があるなら「壁」もあって当然。だからこそ重要なのは、その壁を認識し、対策を打つことだと「著者。たとえば以下の5つのケースは、会社組織ならば必ず起こりうることだといいます。新規事業担当者はこれらを「想定内」と捉え、事前に対応策を考えておく必要があるということです。

1.既存事業とのカニバリゼーション(社内競合)

まず考えられるのが、既存事業と新規事業との社内競合関係。社内競合を避けようとし、顧客不在で既存事業との差別化を意識してしまうケースもありますが、それでは本末転倒。また既存事業との兼ね合いは、価格にも影響するもの。価格を低く設定して既存製品に取って代わってしまうと、数量が変わらなければ売り上げは減少することに。そんなこともあって後発製品はあえて高価格化を志向しがちですが、顧客ニーズと乖離してしまうケースも少なくないそうです。社内競合を避けつつも、社内事情に偏って「顧客視点」を見失わないよう注意が必要だということ。

加えて、経営資源の配分でも競合が起こるもの。会社側は未知数の新規事業より、投資対効果の読みやすい既存事業を優先しがちですが、強気で経営資源獲得に努める必要があるというわけです。

2.過剰な保守意識

人間は本来、「できることなら変わりたくない」と考える保守的な生きもの。長い時間をかけて最適化してきたものを大きく変えることに抵抗を持つのは当然で、そうした合理的な理由だけではなく、「愛着」という非合理な要素も加わることになります。しかし社内起業を実現するためには、その壁を突破することは不可欠。

著者もこの点について、会社内における保守性を破るためには、大きな勇気と決断が必要だと断じています。ある程度の摩擦が起こるのは覚悟のうえで、周囲に対して現状の課題を伝え、将来への展望を語り、変化を促す必要があるのです。

3.スピード感

大きな組織ほど、経営の判断と実行のスピードは遅くなるもの。階層が増え機能が細分化しており、段階ごとの決裁、広い範囲への確認や報告が必要になるからです。とはいえ新規事業には、スピード感が不可欠。誰もが未体験の領域へと踏み出す以上は、トライ&エラーのサイクルの早さと回数が勝負を決めるというわけです。

また、会社にはそれぞれの「体内時計」があり、自然に染みついたその時間感覚を変えることは容易ではありません。いうまでもなく体内時計の遅い会社は注意が必要となるため、たとえばトップとのホットラインを設けるなど、自ら社内に働きかけて検討体制をつくり上げておく必要があるといいます。

4.危機感

多くの壁を乗り越え推進していくための最大の原動力は、現状に対する「危機感」を持つこと。しかし現実的に、長きにわたって掲げている経営課題がなんら変わっていない起業において、社内に危機感を持たせることは至難の技。しかも危機感は、トップが声高に叫ぶだけでは浸透していかないもの。担当者自らが市場で起きているさまざまな事実を社内に提示し、「変わらなければいけない意識」をつくり出す気概が求められるわけです。

5.インセンティブ

ベンチャー起業のストックオプションのような金銭的インセンティブの提供は、一般起業ではなかなか困難です。そこで周囲のモチベーションを上げるために考えるべきは、協力者それぞれの「やりがい」を知ること。入社動機、会社でやりたいこと、仕事に対する誇りなどがどこにあるのかなどをヒアリングしながら把握し、それらを充足する仕事に機会を提供する必要があるということです。

(36ページより)

著者自身が新規事業ならではの苦労を経験してきただけに、ひとつひとつのメッセージには強い説得力が備わっています。だからこそ、社内での新規事業開発担当者、そして将来的に社内で起業したいと考えている方は、ぜひ読んでおくべきだといえます。

(印南敦史)