ストレッチをするのは、「気持ちが良いから」「運動前の習慣になっているから」「こわばった筋肉をほぐすにはストレッチが良いから」など、さまざまな理由があります。 しかし、ストレッチについて知られていることのほとんどは、希望的観測や古臭い知識に基づいています。その結果、私たちのストレッチ法は間違ったものになり、まったく見当はずれな目的でストレッチをしてしまっている場合が多いのです。

ストレッチは古い習慣や神話にまみれています。言ってみれば、「部分やせ」という"神話"と同じようなものです。どちらも、大げさなキャッチコピーで人目をひきつけておいて、もっともらしいアドバイスを伝授してくれます。 ところが、ロッカールームで広く信じられているこうした神話には、科学的根拠がないのです。

ストレッチの効用について、実は言われているのとは逆効果になる場合も多いのです。以前紹介したように、ストレッチはケガの予防にはなりません。筋肉痛にも効かないどころか、ストレッチのやりすぎが、かえって筋肉痛を引き起こす場合もあります。 運動前にストレッチをしても、運動のための準備としてはほとんど役に立たないうえに、いざというときに力が出せなくなります。 今回は、ストレッチに関して根強く残る、いくつかの神話の真実を暴いていきましょう。

ストレッチで筋肉痛は治らない

スポーツ好き同士の会話で「ここの筋肉に効くストレッチ、知ってるか?」というのを耳にするのは珍しくありません。そうした会話が交わされるのが運動中であれその前後であれ、それはまず間違いなく、その人が「ここの筋肉」の筋肉痛の真っ最中で、何とか治す方法を探している、という意味です。 それはまあ、何となくわかります。筋肉痛のときにストレッチをすると心地良いのは確かです。少なくとも、ストレッチをすれば、何らかの手を打った気にはなれます。

ですが、ストレッチに痛みを長時間にわたって和らげる効果は望めません(ついでに言うと、筋肉痛を予防する効果もありません)。 残念なことですが、筋肉痛になったら私たちにはどうしようもありません。ダメージを受けた筋繊維が修復されるまでには時間がかかるのです。

それどころか、ストレッチをすること自体が、筋繊維にダメージを与えている可能性があります。筋繊維は伸ばすと傷つきます(逆に、収縮させるぶんには、損傷の原因にはなりません。痛みを感じたくないなら、ストレッチに励むなど論外です。

肉離れ(筋違い)でも、筋肉痛と似た痛みがあるため、同じ対応をとる人が少なくありません。つまり、痛みのある筋肉をストレッチしようとするのです。 でもこれは、「筋肉痛にストレッチ」以上に、やってはいけないことです。「離れ」てしまった筋肉は、元通り絡みあった状態へ戻る必要があります。ストレッチをすると、そのプロセスが阻害されてしまうのです。

ストレッチの直後には力を発揮できなくなる(ただし長期的にはプラスの効果が期待できる)

運動前の準備運動の一環としてストレッチを採り入れていると、いざウェイトリフティングや瞬発的な動作をするときに、ストレッチをしなかった場合よりも力が出せなくなります。ただし、こうした影響が残るのは数分のことで、長く見積もってもせいぜい30分程度です。

これを確認するため、ジャンプのようなシンプルな運動を対象として、研究が行われました。そこで、ストレッチをしたあとにジャンプすると、しなかった場合と比べ、高く跳べないという結果が出ています。もちろん、事前のストレッチは数分かけてみっちりやってもらっています。

これらの研究結果が、実際の運動にどこまで当てはまるかは、はっきりとはわかりません。科学誌『European Journal of Applied Physiology』に発表された記事によると、短時間、軽めにストレッチをするだけなら、パフォーマンスを向上させる場合もあるとのことです。

このところ「ダイナミック・ストレッチ」が人気になっているのには、おそらく、これらの研究結果も関係しているでしょう。 従来の方法だと、静止した状態で1種類のストレッチを30秒以上続けていたのに対し、ダイナミック・ストレッチでは、通常の運動を、もっと大きく行い、体を温めていきます。たとえば、ジョギングをしながらひざを高く上げたり、逆にお尻を蹴ったりする、両手両足を使って地面を這う「スパイダーマン」という動作などを行います。

けれども、これを「ストレッチ」と呼ぶこと自体に、「運動前にはストレッチが必要」という私たちの思い込みが現れているのではないでしょうか。同じ時間を、有酸素運動や筋力強化運動に費やしたとしても、おそらく同じ効果が得られるでしょう。 結局、ウォームアップの主目的は、血流を良くし、筋肉組織を温めて、細胞のカロリー消費のメカニズムがうまく働くようにすることなので(これが軌道に乗るまでには数分かかります)、目的に合っていれば運動の種類は問わないのです。

ところが、そこにはパラドックスが存在します。ストレッチを習慣にしている人は、そうでない人に比べて、最終的には筋肉が鍛えられるのだそうです。一時的には体力を失っても、長期的にみるとそうなるのは、なぜなのでしょう? 

これはおそらく、上述した、筋肉のダメージが原因でしょう。ウェイトリフティングもストレッチも、どちらも筋肉にダメージを与えるため、自己修復につながり、これが筋肉を増強します。そして実際、ストレッチは筋肉の肥大化(成長)を引き起こします。おそらくこうした理由から、ストレッチを長く続けると鍛えられるのでしょう。

ストレッチで筋肉は伸びない

「ストレッチをすると、筋肉が伸びる」と思っていませんか? 私たちはそれを大前提に、ストレッチが効くと思っているわけですが、最近の研究によると、この説は正しくないらしいのです。となると、巷で言われている「ストレッチをすべき理由」のほとんどに、疑問符がつくことになります。

最近有力な説のひとつは、ストレッチで筋肉が伸びるわけではない、としています。ただし、ストレッチをすると痛みの感じ方が変わるので、運動で筋肉が実際に引き伸ばされたときに、痛みを感じにくくなるのだ、とストレッチの効用を説明しています。 この説に従えば、ストレッチで怪我を防げない理由も説明できるかもしれません。ストレッチをしたからといって、関節や筋肉の動きは何も変わっていないからです。

筋肉を伸ばすことは可能かもしれませんが、ストレッチだけでは無理です。遠心性収縮運動(筋肉を引き伸ばしながら力を入れる運動)などを取り入れてみれば、このような運動が筋肉を伸ばしていくことが実感できるはずです。たとえば、バレエやヨガなどのスペシャリストは柔軟性が極めて高いですが、彼らはレッスンの中で、まさにこのような運動を何百回も繰り返しているのです。

ストレッチをすべきときと、すべきでないとき

さて、ストレッチについての正しい知識を得たならば、どんなときにどんなストレッチをすべきかという考え方も、これまでとは変わってきます。

  • ウェイトリフティングや短距離走をはじめ、瞬発力を必要するスポーツをする前なら、最大限に力を発揮できるよう、運動前の静止型ストレッチはやめにしましょう。 代わりにダイナミック・ストレッチを行っても良いですが、ストレッチを完全にやめてみるのもおすすめです。
  • 運動後や、運動しない日にストレッチをするのが好きならば、それは害も利益もないでしょう。もしかしたら柔軟性が高まるかもしれませんし、体力がつく可能性もあります。 体力への影響を気にしないのなら、軽い運動前にストレッチをしても良いでしょう。
  • 筋肉痛や肉離れを起こしているのなら、ストレッチはやめましょう。やるとしてもごく軽いものに。筋繊維をこれ以上傷つけることなく、一時的に痛みを和らげたいのであれば、ウォーキングのような軽い有酸素運動でも、似たような効果が得られます。
  • 長期間かけて柔軟性を高めたいのなら、ストレッチは効果があります。しかし、筋肉を引き伸ばしながら力をかける遠心性収縮運動のほうが、おそらくもっと効果があります。

運動前や筋肉痛を和らげたいときに、ストレッチではなくフォームローラーに頼る人は、ジムであなただけかもしれないし、少し浮いてしまうかもしれません。それでも、筋肉はきっと喜んでくれるはずですよ。

Beth Skwarecki(原文/訳:風見隆/ガリレオ)

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