フリーペーパーを紹介するこの連載も、今回で4回目になりました。前回前々回では東日本、西日本から発行されているフリーペーパーをそれぞれ5誌ずつご紹介しました。

今回はフリーペーパーの発行者に発行の意図やコンセプトを伺う形のインタビューを行いました。お話を伺ったのは大分県速見郡日出町在住の梶原新三さん。日出町役場の政策推進課に配属する梶原新三さんが編集長となり、2013年8月に創刊されたローカルフリーペーパーが『ひじん本』です。free_paper2.jpg

free_paper3.jpg

free_paper4.jpg

上から創刊号となる『ひじん本』第一集、第四集、第五集。全号を通して表紙に写真は使用しないというデザインが特徴の1誌。B5版で64ページのフルカラー。

『ひじん本』を初めて手にしたとき、まずフリーペーパーではあまり見ることのないページ数の多さと表紙の美しさに驚きました。フリーペーパーでは珍しい背表紙もあり、到底無料紙とは思えないつくりです。

実際に『ひじん本』を読んでみると、そこで紹介されていたのは「その町に住む、人々の日常」でした。このフリーペーパー『ひじん本』の舞台となっている日出町は、大分県の北東、国東半島と呼ばれる丸く突き出た半島の付け根にある、人口約2万8000人の小さな町です。

2015年3月31日発行の第五集をもって、惜しくも最終号となってしまったこの『ひじん本』。創刊から最終号まで、別冊を含む計6号が発行されました。日出町をフリーペーパーという形で伝えようと思ったのはなぜなのか? そこにはどんな思いがあって、どのようにして発行されていったのか、編集長の梶原さんにお話を伺いました。

観光ではなく、暮らしを

── まず、フリーペーパー創刊のお話に入る前に、日出町とはいったいどのようなところでしょうか?

梶原氏 : 地元の魅力を伝えるのによく使われる言葉かもしれませんが、住みやすく、自然が豊かな町です。災害が少なく湧き水も多い土地です。ですが、日出町は都会の人が思う「自給自足の田舎暮らし」だけでなく、交通の利便性を生かして大分市方面への通勤や福岡方面へ遊びに行くのも便利ですし、実際住民の方々の生活スタイルはさまざまです。休日や長期休暇の間だけ日出町に暮らす人もいます。

── なるほど。では、どのようなきかっけでフリーペーパーをつくろうと思ったのですか?

梶原氏 : 大分県と言えば「別府」「湯布院」が観光地として有名です。私が住んでいる日出町は大分の中でも本当に良い場所なのに、知っている人が少ない土地です。その土地を多くの人に知ってもらおうとフリーペーパーの創刊を決めました。広報係長となって日出町内で発行されている情報誌をみると観光情報のものしかなく、日出町の豊かな住環境や人の良さが伝わる情報誌が見当たらなかった。生まれ育った日出町の良さを町外の人に知ってもらい、移住してもらうことはもちろん、日出町に住んでいる人にも、日出町がもつ自然環境などポテンシャルの高さを再認識してもらうための雑誌をつくりたいという思いからフリーペーパーの創刊を決めました。

free_paper20.jpg
自然が豊かな日出町。年平均気温は14℃前後と暖温で、1日中陽が当たる。

登山や釣りなど自然の幸も豊富で、こどもからお年寄りまで笑顔が絶えず穏やかな町。

── なぜフリーペーパーだったのですか? 日出町を多くの人に知ってもらう方法としてはイベントやキャンペーン、ウェブサイトをつくったりという方法もあったと思うのですが。

梶原氏 : いくつかきっかけがありますが、身近なところで、妻が本や雑誌好きということがあります。妻が読んでいた雑誌で『クウネル』『Arne(アルネ)』などを私も好んで読んでいました。そういった雑誌の雰囲気を大切にし、そして女性に好まれるような雑誌をつくり、日出町の魅力を伝えてはどうか、と。

もう一つのきっかけは、北九州市の『雲のうえ』や別府市の『旅手帖 beppu』など地方の魅力を紹介するフリーペーパーを読んで刺激を受けたことです。

こういったフリーペーパーをつくって日出町の魅力を伝えたいと思いました。日出町の魅力を伝える方法としてフリーペーパーを選んだ理由は、チラシのように捨てられるのでは決してなく、手元に「モノ」として残る形で、日出町の魅力を伝えたいと思ったからです。有料で出すということはまったく考えておらず、それは私が民間企業に勤めているわけでなく、日出町の公務員ということもあるのですが、試行錯誤した結果、フリーペーパーの形で日出町の魅力を発信したいと思いました。

何もわからず、1からのフリーペーパーづくり

── 梶原さんは今までにフリーペーパー、もしくは雑誌などをつくったご経験はあったのでしょうか?

梶原氏 : まったく経験がなかったです。完全な素人ですね。ですので、何もかも大変でした(汗)。ただ「おもしろい」「良い」フリーペーパーをつくりたいという強い思いと勢いだけでつくった感じですね(笑)。

── なるほど。それは相当大変だったと思います。『ひじん本』のようなフリーペーパーは正直、中途半端な思いや勢いだけではつくれるものではないと思います。まずは制作予算の確保、そしてデザイナーなどの制作メンバーが必要になってきます。そういった点はどのようにして集めていったのでしょうか?

梶原氏 : 創刊の話に一度戻りますが、私は日出町に勤める公務員です。役職は政策推進課に配属しています。先ほどお話した『雲のうえ』や『クウネル』のようなフリーペーパーや有料紙をどこかのNPOか民間企業がつくってくれないか、とずっと待っていたのですが、一行にその気配がありませんでした...。

そもそも日出町にはデザインやアート、町づくりといった文化や地域活性の情報発信をすることを主としたNPOが存在しませんでした。では、役所がつくるしかない、と。私が自ら企画をして、編集長となってフリーペーパーをつくろうと思ったのです。私は「観光課」ではなく「政策推進課」なので観光を押すのではなく、日出町の暮らしを紹介し、町に人が来るような内容にしようと思いました。

free_paper21.jpg
『ひじん本』のなかで紹介されているのはどれも日出町の日常であり、

そこには日出町の暮らしと伝統が紹介されている。

町の魅力を外からの目線で伝える

梶原氏 : いちばん重要な制作予算は「緊急雇用創出事業」という予算からいただきました。「緊急雇用創出事業」とは解雇された失業者を救済する目的で実施されている事業で、地方で職がない若者や失業者を雇用することができます。雇用後、長期的仕事への就職や生活の安定につなげることが目的の事業です。

『ひじん本』をつくり、それが次の仕事へとつながる、そういった流れが生まれるのではと思い、役場の会議で提案したところ「緊急雇用創出事業」から予算をいただくことができました。その予算で、デザイナーと2名の女性を制作メンバーとして集めることができました。本来ならカメラマンとライターと編集者は別なのかもしれませんが、今回はその区別がなく、みんなで取材し写真を撮り記事を書くといった1名がなんでもするといった体制でした。今考えると無謀ですよね...(汗)。

── それはたしかに思い切ったことをされましたね(笑)。制作メンバーは3名とも日出町出身の方なのですか?

梶原氏 : いえ、全員日出町出身ではありません。日出町のことを多く人に知ってもらうために制作するので、町内に設置することは考えておらず、「外部からの目」をもって制作することが必要だと感じ、制作メンバーには日出町の人間は入れなったのです。また、『ひじん本』は「県外の30~40代の女性」をターゲットにつくったフリーペーパーです。そのターゲットに合わせ、制作メンバー3名全員も30~40代の女性です。

── なるほど。しかし、全員外部のメンバーだと日出町の魅力をしっかりと伝えるのは難しいのでは、と思います。生まれ育った町を伝えるならともかく、全員が外部の人間ということになると...。

梶原氏 : その通りです。いきなり日出町に来て、日出町のことを書いてくれ、とお願いしても、知らない町のことは何も書けません。ですので、そこはしっかり私と制作メンバー3名で編集会議やリサーチを重ねました。

── どの程度の期間リサーチされましたか?

梶原氏 : 第一集の制作まで3カ月間ぐらいでしょうか。制作予算の「緊急雇用創出事業」からデザイナー1名と女性2名の計3名を集めたとお話しましたが、3名は1年間「日出町の職員」として雇用しています。ですので、実質このフリーペーパーは「日出町の職員」がつくったことになります。

予想以上の反響が

── フリーペーパーという媒体の強さに「無料」というものがあります。価格を無料にすることで、どんな人にも手にとってもらえる。一方で、発行した後の問題もいろいろとあります。まず「配布場所」と「配布方法」について。こちらはどのようにして決定したのでしょうか?

梶原氏 : 私自身、フリーペーパーの制作に実際関わったのは今回が初めてですが、先ほどお話したように、どのようなフリーペーパーをつくりたいのか、という点はある程度の方向性が決まっており、その点は明確でした。『クウネル』や『雲のうえ』のような雑誌を目指すということ。

そして『雲のうえ』はもちろんですが、『旅手帖 beppu』などのフリーペーパーも参考にさせていただいていて、そういったフリーペーパーが配布されている方法として「設置」での配布を決めました。設置する場所は文化施設や学校や図書館、『ひじん本』と相性が良いと思われる書店やカフェ、ギャラリーなどです。設置場所の選定においても3名の意見は非常にありがたかったです。

── 配布場所と方法が決まっても不安な点があります。それは価格をつけない「無料」にすることで費用対効果が具体的にわからないことです。価格をつけると具体的な数として、どの程度の部数が売れたかなどがわかります。発行した部数をすべて設置・配布しても、その部数がどのぐらいしっかりと手元に届いていて、読まれていているのかはわかりません。

梶原氏 : そうですね。結局、効果は具体的には計算できないのが現状です。効果を計算する1つの方法として「メディア掲載」があります。新聞や雑誌、ラジオやテレビなどに『ひじん本』が載ったということ。はっきり言ってしまえばそのぐらいしか、形としての効果はわからないのですが、『ひじん本』を発行してみて、『ひじん本』を持って実際に日出町に足を運んでくれた方が数多くいらっしゃいました。

── それは嬉しい反応ですね!

梶原氏 : はい。観光をメインにする内容ではなく、日出町の暮らしや人々の魅力を伝える内容にしたことが、しっかりと評価されたということだと思います。とても嬉しかったですね。

他にもハガキや手紙、メールも多くいただきました。予想外の反響として、日出町出身ですがずっと帰っていないという方からの「懐かしく読ませていただきました」という内容のお礼の手紙だったり、高齢者の方からのお礼も多くいただいたのですが、中には寄付金を送ってくださった方もいました。

もっと予想外の驚いた効果は、『ひじん本』を読んだことがきっかけで、日出町の職員になった方がいたことです。

── それはすごい!

梶原氏 : その方は今もしっかり日出町の職員として働いています。「日出町に住みたい」「日出町で働きたい」という意志を持った新しい人を呼ぶことは非常に大変なことなんですが、それが『ひじん本』をつくったことにより実現できたのです。

生きている日出町をこれからも

free_paper22.jpg

── 最後に『ひじん本』を通して伝えたかったこと、『ひじん本』を実際発行してみて考えたこと、感じたことをお聞かせください。

梶原氏 : 『ひじん本』を通して伝えたかったことは「豊かな自然環境と住環境の良さを、そこに住んでいる人の言葉を通して伝えたかった」ということです。日出町は自然が豊かで住みやすいですよ、と言っても日本全国にそういった土地は数多くあります。そこに実際住んでいる人の生活や体験を、肌感覚と言葉で伝えたかったのです。

実際発行してみて考えたこと、感じたことは、一言で、やはり想像以上に大変でした(汗)。私は実際の取材やデザインは緊急の場合を除き、ほとんど任せていましたが、3名のスタッフが頑張ってくれたのが本当に大きかったです。3名のスタッフと私が頑張ってこれたのは「この土地の、日出町という町の魅力を伝えたい」という一心が勝ったことですね。

本当は『ひじん本』は1年で終わる予定だったのです。それが好評で2年目も続けられることになり、途中でスタッフの変更などもあったのですが、2年間で計6号を発行することができました。初期の目標には達したことから、第五集が最終号となってしまったのですが、今後、もし日出町に民間で雑誌創りをする会社やNPOなどができたら、私も何らかの形で関わっていけたら、とも思っています。町は生きものなので、伝えたいことはまだまだありますね。

なぜフリーペーパーをなのか? 今回、実際に地方のフリーペーパーができるまで、そして発行を終えてのお話を聞くことができて思ったことは、手元に残る形として「伝えたい」という、純粋な思いを届ける手段としてフリーペーパーが選ばれているということです。

無料だと売り上げは? という疑問がある方も多くいらっしゃると思いますが、有料にすると、実はまた違った問題が出てくるというのが、フリーペーパーを発行する経緯のおもしろさだったりします。

『ひじん本』の発行部数は第一集~第三集までが7000部(第一集は初刷り5000部、増刷で2000部)、第四集と第五集が5000部。部数からするとベストセラーとはほど遠い部数です。しかし、そこには発行部数以上の何かが確実に存在します。『ひじん本』は発行を終えてしまったけれど、これからも『ひじん本』を通して新しい物語が生まれそうな気がします。

『ひじん本』の、そして『ひじん本』を通してのこれからの展開に注目したいと思います。

『ひじん本』(2015年3月をもって発行終了)

B5版/64ページ/フルカラー 

(第四集、第五集は判型、ページ数が異なります。)

発行 : 日出町役場

編集 : 日出町役場 政策推進課

〒879-1592 大分県速見郡日出町2974番地の1

電話番号:0977-73-3111(代表)

FAX番号:0977-72-7294

HP : http://www.town.hiji.oita.jp/

※2015年6月23日現在、『ひじん本』第一集、第二集、別冊はHPよりPDFでご覧いただけます。その他の号は送付用切手を同封すれば、お取り寄せが可能です。詳細はHPをご覧ください。

石崎孝多(いしざき・こうた)

1983年、福島県生まれ。フリーペーパー専門店「Only Free Paper」元代表。新聞のみの「Only News Paper」、Amazonにない本を紹介する「nomazon」、 漫画と音楽の企画「ミエルレコード」(OTOWAとの「紙巻きオルゴール漫画」で 第17回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 審査委員会推薦作品選出)など。企画とディレクション。本とさまざまなコトの周辺で日々動いています。

日出町

Photo by hijinbon