日本書紀にも登場し、日本最古の温泉だといわれる愛媛・道後温泉で、2014年、道後温泉本館改築120周年を記念したアートフェスティバル『道後オンセナート2014』が開催されました。

気鋭のアーティストと道後エリアのホテル、旅館のコラボレーション企画「HOTEL HORIZONTAL」をはじめ、道後温泉本館はもちろん、エリア全体にアート作品を散りばめたこのイベントは、4月中旬から12月末までの約9カ月にわたって行われ、前年比で道後温泉旅館宿泊客数の伸び率108.6%、金額にして約12億2300万円の経済効果があったといいます。このイベントで、若干31歳(当時)にして地元の運営責任者として活躍した松波雄大さんにお話を伺いました。

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『道後オンセナート2014』の地元運営責任者を務めた松波雄大さん。
シェアオフィスにフリースペースを併設した「THE 3rd FLOOR」の代表でもある。

原点は銭湯。誰もがいいと思える場所をつくりたい

愛媛出身の松波雄大さんは、大学進学を機に上京。飲食、ファッション、アートなど、幅広いジャンルでプロデュースを行う企業でアルバイトしながら約7年間を東京で過ごし、国内外を約1年間バックパックで旅したあと、生まれ故郷に戻りました。

松波さん:帰郷したとき、中心市街地にあったファッションビルが閉館したこともあって、街から人が激減したように感じたんです。街に活気を取り戻すには、どこか1カ所だけが頑張るんじゃなくて、街全体が平均的に盛り上がっていかないとダメだよねと同世代の友人たちと話しているうちに、地域を盛り上げるための仕組みや仕掛けづくりを行っていきたいと思うようになりました。

僕の祖父母は銭湯を営んでいたんですけど、銭湯って今でいうシェアスペースのようなものじゃないですか。敷居が低くて誰でも入れて、地域の人たちが自然と集まる場所。70歳でも10歳でも、「お風呂って気持ちいい」という共通した感覚がある場所でもあります。それで僕も、誰もが共通していいなって思えるような何かをしたいと思って地元での活動を開始したんです。

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足を傷めた白鷺が岩間に見つけた温泉で傷を癒したという伝説をモチーフに、道後温泉・椿の湯の壁面に彫刻された作品。「FABULA - 寓話 - 」リリアン・ブルジェア©LILIAN BOURGEAT/Dogo Onsenart 2014

松波さんは同世代の友人たちと共に、松山大街道商店街のアーケード周辺を舞台にしたイベント『MATSUYAMAまち サーベイ』など地域に密着した数々のイベントを企画。商店街に活気を取り戻そうと活動を始めます。そのうちに持ち上がったのが、道後温泉本館の耐震化に伴う保存修復工事の話。工事を行う場合、道後への観光客が減少する=愛媛への来客が減少することも想定されるという危機感を感じました。

松波さん:そもそも道後温泉の宿泊客は一時の年間120万人をピークに、近年では80万人にまで落ち込んでいました。旅館をはじめ、地域の人たちはこの状況に漠然とした不安を抱えていた中で、この保存修復工事が地元観光に及ぼす影響が徐々に現実的に思え、「いよいよ何かをしなければならない」という機運が道後のなかでも高まりました。集客ターゲットを「流行等に敏感な女性等」に設定し、テーマを「アート」にしようというところまでは、早い段階で決まったと聞いています。アートの業界に精通している「スパイラル/株式会社ワコールアートセンター」と行政が出会い、この「道後オンセナート 2014」がスタートすることとなりますが、地域での事業展開、継続可能仕組みづくりが課題としてあったため、地域で活動していた我々にも声がかかり参画させていただくことになりました。

コンセプトは「知る、創る、残す」

行政に地元プログラムを提案するにあたって、松波さんがまず行ったのが徹底的に道後温泉の歴史について調べるということ。特に、120年前に道後温泉本館の改築工事を行った当時の町長からは、学ぶことが多かったのだと言います。

松波さん:120年前、道後温泉本館の改築工事を決行した当時の伊佐庭如矢町長は、当時の町の年間予算の数倍の額を改築費用にあてたそうです。財政に余裕があったからではなく、「この町の将来のために改築しなければならないんだ」と町民を説得し、あちこちから資金を工面して、町民からも相当な非難を受けながら。そして同時期に松山市と道後エリアを結ぶ鉄道会社を設立して、ちゃんと道後に人が流れる仕組みを作った。だったら僕たちも2014年版の未来に残るものを作っていかなければならないと、提案のコンセプトを「知る、創る、残す」に決めました。歴史的な裏付けに基づいた提案だったからこそ、行政側に受け入れてもらうことができたんだと思います。

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『道後オンセナート2014』の作品のひとつ「新・道後温泉絵図」のモチーフにもなった浮世絵は、描かれた当時、観光ポスターとして使用されていたのだそう。©YUJI SUMIKAWA/Dogo Onsenart 2014

アートは問題解決でなく、問題提議をするための手段

このイベントの大きな軸であるアートの魅力を共有するには、少し時間がかかったようです。

松波さん:アートを取り入れるだけで単純にお客様が増えるのかといえば、そうでもないと思うんです。ただ、何もないところにアートを取り入れることで、まず「要る、要らない」の論争が生まれ、アートを良いと思うのか不快に思うのかという感情が生まれます。アートは問題を解決する手段ではないけれど、アートで問題提議をすることはできる。道後温泉の抱える課題はもちろん集客なんですが、根本的な問題は、地域の人たちが何を問題として捉えるべきなのかということ。だからアートには可能性があるんだということを根気強く議論した結果、地元の協力を得ることができました。

行政主導でのアート事業は、実は他ではあまり見られない事例で、予算を代理店に一括委託して、その中でやりくりすることが多いといいます。『道後オンセナート2014』の場合、事業主体を行政と道後温泉旅館組合等を含めた実行委員会としているので、行政と旅館組合・道後商店街振興組合からの負担金、企業からの協賛金を資金としました。なおかつ、事業をアートの制作事業とブランディングという大きな2軸にわけて、総合プロデュースは東京の「スパイラル/株式会社ワコールアートセンター」、ブランディング事業は私たち松山市内の事業者、地元イベント運営も松山市内の組織から公募したということも『道後オンセナート2014』の大きな特徴だと思います。

行政と民間がつながることで、地域とアーティスト、観光客がつながる

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草間彌生氏×宝荘ホテルの客室「わが魂の記憶。そしてさまざまな幸福を求めて」は、旅館の女将が草間氏のファンだったことから実現した企画。当初は2015年1月12日までの展開予定だったが、好評につき8月末まで延長されることが決定した。©YAYOI KUSAMA/Dogo Onsenart 2014 & HOTEL HORIZONTAL, All Rights Reserved

「HOTEL HORIZONTAL」は道後エリアの9軒の旅館、ホテルが、草間彌生氏や荒木経惟氏、谷川俊太郎氏など9名のアーティストとコラボレーションして、客室自体をアート作品化した『道後オンセナート2014』の中のひとつのプログラム。実際に宿泊できるアート空間として大きな話題になりました。

松波さん:「HOTEL HORIZONTAL」はスパイラルが企画し、アーティストへのフィーと制作費を行政が負担し、施工費を各旅館が負担することで実現した企画です。施工費だけとはいっても安価なわけではないですから、もちろん初めは難色を示す旅館が多かったと聞きました。後日談として、ある旅館の方から聞いたのが、施工費の半分を広報宣伝費として捉えるという考え方。たとえば施工費が500万円だとしたら、その半分の250万円を施工の実費として、残りの250万円を広告宣伝費としてマネタライズしたらどうかと。元々、それぞれの旅館には年間を通した広報予算があったので、これまでは媒体費として使っていたその予算を、今まで以上の効果が見込めるであろうこの企画に使ってみるという考え方ですね。それならば費用を捻出できると、多くの方に参画いただき企画を進めていくことができたそうです。

アーティストと旅館のマッチングの部分では、プロデュース側がアーティストに手がけてみたい空間(部屋)の条件を聞き、その条件を満たす旅館に打診して実現したものもあれば、旅館の女将がファンだというアーティストとのコラボレーションが実現したものもありました。どちらにしてもただ見学する、ただ宿泊するだけでなく、旅館側が自分ごととして楽しみ、お客様にそれぞれの作品の説明をすることで、新たなコミュニケーションが生まれることが大切だと学びました。

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客室すべてをキャンバスに見立てて絵具で塗りつぶした、谷尻誠氏×道後プリンスホテル「Sketch」。海外メディアからも「アメージング」だと評価を受けた。
©MAKOTO TANIJIRI/Dogo Onsenart 2014 & HOTEL HORIZONTAL, All Rights Reserved

道後から愛媛に、愛媛から四国に広げるまちづくり

大きな成功をおさめた『道後オンセナート2014』。松波さんに道後エリアでこのイベントを開催できた意義を伺ってみました。

松波さん:『道後オンセナート2014』では、全国からの観光客が増えただけでなく、愛媛在住でこれまで道後に来たことのなかった人たちが道後に来るきっかけづくりができたということも大きな意義になりました。今年も『蜷川実花×道後温泉 道後アート2015』という形で継続するので、アートという視点はそのままに、今後はその切り口を食やプロダクトにまで広げて、街全体が面白い場所だと言われるように底上げを図っていければと思っています。また『道後オンセナート2014』をきっかけに、四国の他県のさまざまなジャンルで活動する若い世代との交流も広がっています。道後エリアだけでなく、四国4県の魅力をそれぞれが協力しながら発信していける仕組みづくりにも挑戦していきたいですね。

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今年は『蜷川実花×道後温泉 道後アート2015』と名前を変えて、取り組みを継続。街を走る路面電車は蜷川実花氏の作品イメージでラッピングされている。©mika ninagawa,Courtesy of Tomio Koyama Gallery

松波さんを中心とした30代前半の若いチームが『道後オンセナート2014』を楽しみながら運営できたのは、行政や道後温泉旅館組合・道後商店街振興組合それぞれが、正しいビジョンを描くためのアイデアをそれぞれの納得のいく形で協議できたこと。地域の人々の想いをきちんと理解し行動することで信頼関係を築けたことが大きな要因だったのだと思います。

松波さんは今年も引き続き、アートを切り口とした地域活性のためのイベント『蜷川実花×道後温泉 道後アート2015』に携わっています。。2015年は、道後温泉本館の暖簾や浴衣が蜷川実花氏の作品イメージで彩られるほか、7月からは「HOTEL HORIZONTAL」も展開され、会期中に作品が徐々に増えていく予定なのだそう。会期は2016年2月29日まで。この機会に道後エリアを訪れてみてはいかがでしょう。

(編集/松尾 仁、文/宗円明子)