人が第三者に評価されるときは常に二つの視点―「強さ」と「温かさ」からはかられています。「強さ」と「温かさ」は、そのどちらかだけを備えていても、魅力に欠けてしまいます。両者のバランスが、人を惹きつけるポイントなのです。(「はじめに」より)

人の心を一瞬でつかむ方法―人を惹きつけて離さない「強さ」と「温かさ」の心理学』(ジョン・ネフィンジャー、マシュー・コフート著、熊谷小百合訳)の著者はそう主張しています。とはいえ、そのふたつをよいバランスで、同時に発揮するのは困難なこと。

そこで本書では、最新の社会科学の研究結果や著者自身のスピーチコーチとしての指導体験を活用し、「強さ」と「温かさ」を同時に発揮していくプロセスを解き明かしているわけです。「PART1 人は人を『強さ』と『温かさ』で評価する」から、基本的な考え方を引き出してみましょう。

「強さ」は2つの要素から成り立っている

「強い人」は、意志の力で物事を成し遂げることができるもの。「強さ」は、その人がどれだけ世のなかを思いどおりに動かせるのかを測る尺度。著者はそう説明しています。強さを感じさせる人が世間の注目を集めるのは、「その力がどのように使われるのか(自分にとってプラスに働くのか、それともマイナスになるのか)」が多くの人の関心事であるから、だとも。そういう人物の例として、ここでは日産を立てなおしたカルロス・ゴーンや、アップルを世界的企業に成長させたスティーブ・ジョブズなどの名が挙げられています。

重要なポイントは、「強さ」とリーダーシップが切っても切れない関係にあるということ。人は常に強いリーダーを求めており、強い人間は集団を脅威から守ってくれるからだといいます。そして「強さ」は、世界を動かす「能力」と「意志の力」から成り立っているものなのだとか。

ちなみにこの場合の「能力」には、世界を動かすために必要なあらゆる資質(体力、技術的スキル、社交術、ノウハウなど)が含まれるそうです。いわば「能力」は、物事を成し遂げるための「ツール」であり、対する「意志」はツールを動かすための「動力」だということ。(30ページより)

「温かさ」とはなにか?

「温かさ」は、親近感や愛情を表す際によく使われることば。研究によれば、世界中のどの言語でも「温かい」ということばは「愛情」を表すのに使われるそうで、いってみれば「温かさ」と「愛情」は人々の心のなかで分かちがたく結びついているということです。

また、相手が自分と同じような関心や不安を抱いていることがわかったとき、私たちはそこに「温かさ」を感じるもの。このことについて著者は、人に温かさを感じさせる感情は、おもに「共感」「親しみ」「愛」の3つだと記しています。(35ページより)

1. 共感

「共感を示す」とは、その人の身になって考えること。しかし必ずしも楽しいことだとは限らず、痛みを分かち合うことも含まれるといいます。そして共感は、2つに分かれるのだといいます。まず最初が、「情緒的共感」。誰かがあくびをすると、こちらまであくびをしてしまうというたぐいのもので、「笑う」「泣く」「歓声を上げる」などの自発的に見える行動も、こうした伝染力を持っているのだそうです。

これに対する「認知的共感」は、「頭で理解しようとすること」によって生じる共感。相手の視点に立ち、積極的に感情移入することを指すわけです。互いの背景が違えば違うほど、共感するためには大きな努力が必要ですが、だからこそ共感し合えたときにはより大きな連帯感を得ることができるということです。

2. 親しみ

見慣れない人やものに出会ったとき、たいていの人は最初、防御体制を取ろうとするもの。警戒心を解くのは、無害な相手だとわかってからのことです。逆に、なじみ深いものごとは、私たちをリラックスさせてくれます。それが「親しみ」。

たとえば人は、自分と似た人物に出会ったとき、彼らに親近感をおぼえ、おのずと引きつけられることになります。それは心理学で立証されていることで、根拠は「似ている=見慣れている」と錯覚するから。そして研究によれば、母親は自分と容姿がいちばん似た娘をかわいがる傾向があるそうです。「似ていること」は、本質的に人と人を結びつける働きを持っているということでしょう。

3. 愛

誰かに温かい感情を抱いたとき、私たちはそれを「愛」と呼びます。が、「愛」ということばがつくもののなかには、「温かさ」以外の要素を含んだものもあるといいます。たとえば「恋愛」「性愛」「愛着」の3つは、ひとつひとつがまったく別のホルモンを生成し、異なった感覚を生み出しているというのが研究者の見解だと著者。しかし、ここでいう「温かさ」の概念に最もふさわしいのは、もうひとつの感覚。家族や親友などに対する「愛着」だといいます。

ビートルズとアイン・ランド

1960年代にリバプールから登場したビートルズは、ロックンロールを「短い単純なラブソング」から脱却させ、時代風刺的なテーマを歌詞のなかに取り入れていきました。たとえばベトナム反戦の声が高まるなかでリリースした「愛こそはすべて(All You Need Is Love)は、当時の社会に広がっていた半暴力のメッセージを体現したもの。この世に必要なものは愛=「温かさ」だけだと宣言したわけです。

そしてこの対極にあるのが、ロシア革命の激動を生き抜いたユダヤ人女性であり、小説家・思想家として知られるアイン・ランドのサクセスストーリー。レーニンやスターリンによる強制的な社会変革を目の当たりにしてきた彼女は、「個人の権利を何よりも尊重する世界観」を武器としてアメリカで文壇デビューを果たしたことで有名。当時のアメリカの徹底した個人主義においては、「強さ」こそが絶対だったというわけです。

そして、アイン・ランドとビートルズは、「強さ」VS「温かさ」という二元論を象徴していると著者はいいます。アイン・ランド派が「温かさ」とは「弱さ」の代用品である一方、他人のいちばんいいところを見ようとするビートルズ派は、「強さ」に警戒心を抱くもの。「強さ」と「温かさ」は、なかなか両立しづらいということです。(45ページより)

どうすれば「強さ」と「温かさ」を両立できるのか?

しかし、どちらか一方をフルに発揮しているとき、もう一方の特性も同時にアピールできるようになることもあるそうです。たとえば「強さ」の絶対性を説いたアイン・ランドの並外れた「強さ」は多くの支持者を次々に引き寄せ、彼らの間に連帯感を生み出したといいます。いわば、究極の「強さ」が求心力となって、「温かさ」を生み出したわけです。

一方、圧倒的な「温かさ」を発揮することによって、無視できないほどの影響力を得たのがビートルズ。彼らは究極の「温かさ」によって圧倒的な「強さ」を生み出したということです。

そして著者は、日常生活でこうした実例を見いだすことも可能だとしています。たとえば有能な人物が職場にいた場合、同僚たちが「自分もあんなふうになりたい」と憧れを抱く可能性はあります。いわばそれは、有能な人物の「強さ」が「温かさ」を生み出しているということ。同じように、職場の同僚に愛されている人は、誰かと意見が衝突した際、大勢の味方を得ることができるはず。その人の持つ「温かさ」が「強さ」につながっているわけです。

このように、「強さ」と「温かさ」は不思議な関係性にあるということです。(49ページより)

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「プロローグ」には、自身の「強さ」と「温かさ」を視覚的に把握できるチェック表もついています。つまり、自分がどんなタイプなのかを把握したうえで、効率的に読み込んでいくことができるということ。スピーチの席などで人の心をつかみたいと感じている人にとっては、格好の教科書となるはずです。

(印南敦史)