アニメやマンガ、最近ではそれらの原作になることも多いライトノベルは、日本発のカルチャーとして世界から注目を集め続けています。そのライトノベルの装丁デザインを業界の最前線で手がけ続け、「1日あたり3~5件は入稿することがある」という超人的なスピードで制作する二人がいます。伸童舎株式会社に所属するシイバミツヲシイバケンヂのご兄弟です。

ライトノベルファンは表紙を見て選ぶ「ジャケット買い」をするとも言われ、また毎月の出版点数もとても多いだけに、一瞬で目を引く装丁やロゴデザインは売れ行きを左右する大切な要素になっています。だからこそ、デザイナーには安定的に優れたアートワークを作り続けられるかが求められます。いかにしてシイバ兄弟は生産性を保ち、仕事をしているのでしょう。

「日本アニメのDNA」を持つクリエイティブ・カンパニー

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2015年夏、東京・森アーツセンターギャラリーで展覧会が行われるほどに、
不動の人気作『機動戦士ガンダム』にも伸童舎は初期の頃から携わってきた。

東京、高田馬場にある伸童舎は、『鉄腕アトム』『宇宙戦艦ヤマト』といった記念碑的な作品にも携わった野崎欣宏氏らが1981年に設立。『ガンダム記録全集』をはじめとしたアニメムック本の編集にはじまり、『機動戦士Zガンダム』シリーズのデザイン協力、ガンダムのプラモデルのパッケージや説明書の制作、アニメ作品の企画、パッケージデザインなどにも関わってきました。

現在は、野崎欣宏氏の息子である野崎伸治氏を代表取締役社長に据え、ライトノベル関連のデザインなどを数多く手掛ける他、動画編集やアニメーション制作の分野にも進出。伸童舎は「童心をもって創造性ある社会をつくる」を理念に、鉄腕アトムから始まる「日本アニメのDNA」を継承しながら、アニメカルチャーの勃興期から成長期、そして現在に至るまで、その発展に貢献し続けているクリエイティブ・カンパニーです。

アニメ化の話題作も数多く手がけたデザイナー兄弟

伸童舎で活躍するシイバミツヲさん、シイバケンヂさんのアートワークはライトノベルの装丁にとどまらず、コミックや画集の装丁、アニメのBlu-ray Discジャケット、チラシ、ポップ、グッズなど、私たちが店頭で目にするものばかり。装丁を手がけたライトノベルの一例を挙げれば、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』『甘城ブリリアントパーク』『これはゾンビですか?』『GJ部』など、アニメ化された話題作も多くあります。ある時には、店頭に並んでいた50冊の新刊のうち、半数が伸童舎によるものだったこともあったそう。

しかしながら、表舞台に出ることはあまりなく、日本のアニメ・マンガカルチャーを影から支える存在として、二人は制作を続けています。今回、ライフハッカーは独占で、自らを「僕たちはデザイナーではなく、デザイン屋でいい」と話す職人肌なシイバ兄弟の仕事術、そしてアイデア発想法を伺いました。

プロフィール

氏名:シイバミツヲ(兄)/シイバケンヂ(弟)

居住地(あるいは仕事場の所在地):高田馬場

現在の職業:デザイナー

使っているモバイル端末:なし。恐ろしいことに携帯電話すら持っていません(ケンヂ)

現在のコンピューター:Mac Pro、Mac Book Pro

自分の仕事スタイルを表すと:いきあたりばったり(ミツヲ)/継続は力(ケンヂ)

依頼以上の仕事をし、経験を活用/共有するから、多作とスピードを実現できる

主にライトノベルの装丁は大きく2つの仕事から成り立ちます。イラストレーター(絵師とも呼ばれます)がキャラクターなどのイラストを描き、その絵を素材にシイバ兄弟のようなデザイナーがロゴや配置を含めて表紙をつくります。刊行点数の多いライトノベルでは、制作物の多さはもとより、「午前中に素材がきて夕方には納品」というほどのスピードが必要になることもあるそう。その状況でも、彼らは「いつも複数のパターンを提出する」といいます。その仕事を可能にするヒミツは、これまでの膨大なデザイン案

シイバケンヂ(以下、ケンヂ):HDDは僕らにとってのネタ帳です。HDDに蓄積されたデータが無いと、どうしようもなくなりますね。うちのやり方だと、出版社から依頼があり、素材をもらった上で、装丁する際には2~3パターンくらいを確実に出すようにしています。通らなかったものは蓄積になっていって、次の仕事で使えそうなものがあったら移行していきます。だから、制作で非常に無駄が多いといえば多いのですけれど、それが重要なのかなと。副産物が多いもんね、やっていて。

シイバミツヲ(以下、ミツヲ):一時期はラフを10パターンくらい作っていたので、その時のストックが生きていきます。それを練りなおして組み込んでいくこともある。他社で散々ボツを重ねてからヒット作になったのもあります。『俺の妹がこんなに可愛いわけがない(以下、俺妹)』のデザインの最初のパターンは、いろんな出版社の編集者さんに見せましたが、ずっとボツられてたんです。それを出すたびに少しずつ変えていって、電撃文庫の編集者さんが「面白いからこれでいきましょう!」と。『俺妹』のロゴは可読性がないからと避けられていた「書き文字」。しかも「ロゴが緑色だと売れない」と当時は言われていたんです。それが『俺妹』のヒット以降、書き文字のロゴが増えていったんですよね(笑)。

ケンヂ:『これはゾンビですか?』もたくさんボツになったデザイン。あれはタイトル自体がすごく小さくて、メインタイトルなのにフキダシにしか載っていない。でもアイデアは以前にあったもの。バランスやら何やらを調整して出していたら、富士見書房の編集者さんが「採用」と言ってくれました。やっぱり僕らの仕事としては編集者さん、作家さんと二人三脚でやっていく、そのやりとりが面白いですね。

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(左)『これはゾンビですか?』(木村心一著、富士見書房)
(中)『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(伏見つかさ著、アスキー・メディアワークス)
(右)『甘城ブリリアントパーク』(賀東招二著、富士見書房)

ただ、パターンのアイデアを出すための道のりは、兄弟で異なっているそう。

ミツヲ:僕は会社の近くに住んでいるので、思いついたら夜中でも会社に来て仕事をしますね、忘れないうちに。メモしていても、朝起きて見ると「なんだか違う...」と思ったりするので、起きたらすぐに来て、バーッと手を動かしています。ライトノベルであれば、ゲラ(印刷前の原稿)を見たり、編集者さんに書いてもらったあらすじを読んだりして、イメージをふくらませていきます。でも、弟はぜんぜん見ないんですよ。

ケンヂ:僕はよっぽど依頼や約束事がない限りは、基本的にその作品に関わるものはあまり見ないようにしています。今はコンピューターが進化しているのもあって、デザインラインがすべてのものに対して作られてしまっていますよね。チラシにしろ何にしろ、最初に出るキービジュアルにさえ、デザインの意図が確実に入るようになっているから。そういうのを見ると、そのイメージだけに引っ張られちゃうんです。逆にそういうイメージ自体を壊したいのもありますし、依頼者の意図しているものに寄ってしまって、僕が出したものに対しての驚きが少ないと思うんですよね。そういう意図したパターンをあえて作ることもありますが、自分の作りたいものと両方出してみる。あながち自分のものに決まったりして、そのときは喜ぶと(笑)。

そして、パターンは自らで考えるだけでなく、「共作」や「アイデアの拝借」もよくするといいます。兄弟だからこそのコンビネーションもありますが、伸童舎全体がクリエイティブの集積所のようになっているのもポイントのようです。以下の写真は、伸童舎オフィスの一角。

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所狭しと資料や趣味のグッズ、これまでの制作物で埋め尽くされています。

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各自の机はまるで「要塞」。奥の棚に収められたDVD関連もすべて伸童舎の制作実績です。

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ちなみに、オフィスの2階には昨年9月に立ち上げたアニメーション制作室があります。業界でも異例の速さで事業化し、すでにアニメ作品も複数公開しています。そして、3階と4階は「見せきれない」というほど、さらにたくさんのモノが収められているそう。

ケンヂ:以前に作ったロゴを覚えていて、「この形でつくって」とお願いして、兄弟で共作することもありますね。ロゴは兄で、装丁は僕というように。しかも、そのロゴ自体をリファインして返ってくるようなところがあると、すごく面白いんですよ。「気に入らなかったら変えていいよ」というのはお互いに了解しているから協力できる。「このデザイン、かっこいいからちょうだい!」といえば、「それはボツ案だからいいよ」とくれることもありますし。

ミツヲ:スタートはひとりで考えるのが基本だけれど、直しあったり、意見を求めたりすることはあります。自分と違うバランスを持っている他人に、自分の中にないものをドンと返されると、「うわぁ!やられた!」と思うんです。あとは、会社の中でもデザインコンペをすることはありますね。先方に3パターン出す場合に、1人1パターンを出して、それがあとでネタになったりもするしね。他人が出してきたもので、「こういうやり方があるのか、よし次に使ってみるか」って思ったり、わからないときはやり方まで聞きにいきますから(笑)。

超多作にできるコツの1つは「求められる以上の仕事を常に続け、その経験を活用/共有する」ことだといえそうです。

多作でも能率を保つためには「前倒してぶっ壊す」

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打ち合わせスペースの棚には伸童舎のスタッフが手がけた制作物が、おさまりきらないほど並んでいた。

アイデアの着想だけでなく、二人は仕事の進め方も異なっていました。ただ、共通点もあります。それが、もう1つのコツである「前倒してぶっ壊す」

ミツヲ:自分の仕事のやり方は、Aという仕事をやっていて、疲れてきたら、息抜きにBという仕事をやるんですよ。Bに疲れたら、Cにいく。4つくらいの仕事をぐるぐる回しながらやるのが、自分にとってはラクなんです。ごちょごちょいじっているのが好きなんでしょうね。あとは、ある程度の時間を置けるのも良いです。Aの仕事を終わらさずに、Bの仕事に取り掛かると、Aの仕事のことを「忘れちゃう」ような感覚もあって、また戻ってきたときにデザインのアラも見えてくるんです。別の人間の感覚になれるというか。

ケンヂ:僕は1つのものを終わるまで、じっくりやっているタイプ。「置くのなら明日の朝やろう」と1日置いて修正しますね。ただ、これは兄も僕もそうなんですが、早めにデザインが出来上がったら、一度ぶっ壊します(笑)。ぶっ壊してナシにして、再構築するんです。最終的に、最初に作ったものへたどり着いたのなら自分も納得できるからいいんですけれど、まずは最初に作ったものをあえて壊して、別の道を作り直します。

ミツヲ:うん、壊します。出来上がったものが「面白くないな」って感じるからでしょうね。他の社員に見せて、意見をもらうこともありますよ。

ケンヂ:自分の中で最初に考えたやつだから、本当にまとまっていて、割と安定した物を作ってしまう。特に僕は1つの仕事にカッチリと没頭する方なので...「あぁ、こういうのを先方は求めているんだろうな」って考えられるくらいにデザインが固まってしまってつまらない。だから、しょっぱなに作ったものは、時間さえあればたいてい壊します。

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ぎっしりと詰まった書棚。伸童舎の手がけた作品は日々、増え続けている。

さて、これら2つのコツだけでなく、シイバ兄弟流のインプット術や生産性向上ワザも、数多くのアイデアを生み出すのに役立っているようです。彼らのアイデアを支えているその源は、学生時代にまでさかのぼります。

ツールはデジタルへ。でも、インプットはアナログで

シイバ兄弟はいわゆるデザイン事務所に席を置いた経験がありません。兄のミツヲさんは高校卒業後に上京、専門学校の「東京デザイナー学院」に入学。好きだったアニメに影響を受けたのもあり、アニメーターになるために絵の勉強をはじめます。

ミツヲ:昔は情報量が少なく、ネットもありませんでしたが、都会に出てくると面白いものがいっぱいあったんですよね。映画も芝居もあって、第三舞台とか第三エロチカとか、あのへんの演劇団が集まって野外劇をやっていた頃なので、芝居にハマって。友達が劇団をやるというので、そのときに見よう見まねでチケットなどを作ったのがデザインの始めかな。僕はデザインが好きではなく、「絵が好き」なところからはじまったんです。絵を見ていると、その絵に付随してデザインがついてくるじゃないですか。それで全てが整ってかっこいいと感じられる。そこからデザイナーにも興味が出始めたんです。20歳くらいの頃ですね。

その後、ミツヲさんは縁あって伸童舎へ入社。弟のケンヂさんも上京し、「東京デザイナー学院」を卒業した後、伸童舎に「プラモデルの色塗り」といったデザインとは関係のない手伝いで出入りするうち、先代の野崎欣宏社長に「手伝う気があるならずっと雇ってやるよ」と誘われて入社することに。「運が良かったですね。こんなだから、伸童舎の社員は誰も履歴書がないんですよ(笑)」

そこからは、野崎欣宏氏が「ファンクラブ会報誌のレイアウト仕事があるぞ! 見本があるし、わからないところは知り合いが教えてくれるからやろう!」と取ってくるさまざまな仕事を、印刷会社や友人デザイナーに教わりつつどうにか成し遂げ、二人は仕事を覚えていきます。やがて、出版社からコミックの表紙デザインの仕事が舞い込みました。二人の転機になったのはコミックス『ガンドライバー』の仕事。デジタルと手作業が入り混じり、本格的にデジタルへ移行するきっかけになったといいます。「コンピューターが使えると思った瞬間はこの作品でしたね」と、ミツヲさんは当時を振り返ります。

そこからはマニュアル本についていた『Photoshop』の体験版を、手探りで使いながら覚えていく日々。現在でも使う『Photoshop』『Illustrator』、そして『QuarkXPress』を経て『InDesign』と、ツールの使い方を身につけていきます。ツールこそデジタルになったものの、二人のインプットはあくまで今でも「アナログ」なものが主流。ミツヲさんは「気分的には中学生や高校生と頭の中は変わっていないんです」と笑います。

その笑顔の理由を聞いて、納得しました。アニメや芝居、映画にハマっていた上京したての素直な感性を、今でも持ち続けているようなのです。以下、彼らのクオリティを保つマインド、インプット術、生産性向上ワザについて、僕らにも取り入れられるであろうポイントを5つにまとめてみます。

1.見たもの全てを資料にする

2.自分の「好きなもの」を愛する

3.時間を気にせず、街に出て心をときめかす

4.「カッコイイ」ものだけを目指せ!

5.「何にも見ていない」に陥らない

1.見たもの全てを資料にする

作業をするMacやストックの詰まったHDD以外にも、なくてはならないツールに、ミツヲさんはウェブやアプリでAM/FMラジオが聴ける『radiko』を挙げます。

ミツヲ:『radiko』は欠かせませんね。仕事中はかけっぱなしにして、さまざまな局をザッピングしています。常に他の人も仕事しているのがわかるので寂しくならないのと(笑)、音楽だけだと内に内にこもっていってしまうのが良くないですね。ラジオなら、気になる単語に出会ったらすぐに検索して調べていけるのと、全然関係ないところから仕事に使えそうなネタが見つかったりするんですよ。検索して調べるのが趣味みたいで、好きなんです。検索先からさらに飛んでいって、海外の本屋や古道具屋に到達して、Amazonでも売っていないような本や、中学生の頃に欲しかった本を買ってしまうこともありますね。

ケンヂ:たしかに、見たものすべてが資料になっているかなという印象はあります。調べたものを書きとめることはあまりなく、頭の中にぶっこんでおいて、いつ出てくるもわからないくらいでいい。気になるものだけはブックマークをつけますね。

ミツヲ:あとは、おもちゃも必須。こねくり回して遊ぶんです。とりあえず、なんでも。好きなものなら、なんでも。基本は特撮や怪獣が好きなんですが、ぬいぐるみなんかも気になったらこねくり回してます。「このぬいぐるみの質感が面白いな」と感じれば、デジカメでアップに撮ってみて、こっそり仕事の素材として使ったり。

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ミツヲさんが「面白い」と感じて、デスクに置いていたぬいぐるみ。
アートイベントの「デザイン・フェスタ」にも足を運び、ピンと来たものを買い求める。

2.自分の「好きなもの」を愛する

シイバ兄弟だけでなく、伸童舎のスタッフはモノと情報の収集を日々欠かしません。二人に「いつもどのようなものを見ているか」を聞くと「なんでも、カッコイイもの」とのこと。

ミツヲ:仕事はデジタルでやっているけれど、紙に印刷されているものが大好きなんです。だから、雑誌とかでも気になるところやロゴでもなんでも、ビーッと切り抜いて、箱に貯めたり、スクラップにしたりしているんですよ。「資料」とかそういうつもりじゃなくて、単純にロゴが好き。マンガのロゴって、雑誌の連載が終わったりすると、コミックス版では差し替わってしまうことがあるんです。だから、もったいないなぁ、とりあえず取っておこうと。何を見ても「カッコイイ!」と思っちゃうんですよ(笑)。

ケンヂ:得な性格かはわからないんですが、マンガでも小説でも、マニュアルでも解説本でも、読み始めているとなんでも面白くなってしまうんですよね。マンガなら絵が好みじゃなくても、興味とかもなく読み始めると面白いんですよ。とはいえ、ある程度の「カッコイイ=自分の好きなもの」という基準はあります。それが時期的なもの、時代的なものに合うと、良いアウトプットができたりしますよね。

ミツヲ:建築の本はカッコいいのが多いですね。御茶ノ水にある建築専門の本屋さんとか行きますよ。小説でも「装丁がカッコイイ!」って思って読んだら中身が面白かったみたいなことがあるから、5年前に買った本の面白さに後で気づくなんてときもあります。

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気に入ったロゴはどんどんスクラップ。ゲーム、アニメ、映画...ジャンルは問わない。
右のマンガ1ページは「ロゴの配置も含めてこれ全体がカッコイイ!」と、そのまま切り取った。

お話を伺っている中で、何度も出てきたのが「カッコイイ」という言葉。二人はその言葉に触れるものを次々と手にする習慣があるようでした。

ミツヲ:自分の好きなもの、ブームって毎年変わりますよ。ここ数年追っかけている、外国の絵描きさんでBrandon Ragnar Johnson(ブランドン・ラグナー・ジョンソン)という人がいるんですが、カッコイイんですよ、この人! 僕はカラーが苦手なので惹かれる。ラグナーの色使いはカッコイイんですね。最近はこういう色を使う人って日本人でも増えてきましたけれど、やっぱり外国の方がカッコイイな。アメコミ(アメリカン・コミック)は、話は読めないのですけど、絵がカッコイイのと、タイトルの入れ方とかもカッコイイんですよ。Dave McKean(デイブ・マッキーン)がやっている、写真や絵をコラージュで作っていく作品があるのですが、日本のマンガにしたら原稿料1枚でいくらになるんだと心配になるくらい1枚の完成度が高すぎる。あとはKevin Dart(ケビン・ダート)。この人は『パワーパフ・ガールズ』の特別編のアートディレクションをやっていて、作品ではこの絵が動くという。もう文句なしに「カッコイイ...!」と。今、気になるのはWalt Disney Animation Studiosに所属するアーティストのEvon Freemanです。

ケンヂ:たしかにアメコミはよく見ますね。アメコミを注文するための雑誌あたりからも情報が入ったりしますし。

ミツヲ:疲れたらなと思ったら、ラグナーの本を引っ張りだしてます。うちに『BIGCITY』だけでも4冊ありますよ、いろんなところに置いてあるから。自分にとってはネタ帳...というか、刺激される本ですね。うちの兄弟はそういうの多いですね。会社では置く場所が違うだけで、兄弟そろって同じものを買うこともある(笑)。あとは自分で「これがいいな」と思えば、人にあげてしまうことも多いです。「カッコいいから読め!」って。

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ブランドン・ラグナー・ジョンソンの画集『BIGCITY』と、転機となった『ガンドライバー』
あらゆる情報ソースがふたりのクリエイティブに生かされていく。

3.時間を気にせず、街に出て心をときめかす

上京したての若い頃、二人は自ら「心ときめくもの」「カッコいいもの」を求めて、街に繰り出していました。その姿勢は今でもそれほど変わらないようです。

ミツヲ:東京へ出てきたばかりのとき、芝居や映画を見たり、ライブハウスに行きまくったりした時期がありましたね。映画は1日1本ずつくらい観ていた。京橋の「フィルムセンター」は150円で映画が観られたので、それでもう毎日通って。通学定期を遠回りにして、1日2回の上映を行きと帰りで観たり。今でも、仕事がないときは平日の昼間でも仕事場からいなくなっちゃいますから。モノを見に行ったり、ふらふらしたり。商店街や地方のストアみたいに、いろんなものがあるっていうごちゃごちゃ感が好きなんです。あと、デパートをめぐったりするのもいいですよ。まずはいちばん上の階まで行って、ぐるっと降りて戻ったり。化粧品の瓶なんてカッコいいじゃないですか! あと、かわいいものも好きなんで、女性用の服とか、子どもの服とかもかわいいですし、その服をディスプレイしている人の趣味が変わっているのか、ちょっとしたヘンなぬいぐるみなんかが側に置いてあって、面白いなぁと(笑)。とりあえずは「仕事に使えるかな?」って考えながら、好きなものや心動かされるものをふらふらしている。

ケンヂ:私も、締め切り日や約束以外の時間は、あえて気にしないようにしています。締め切り日や約束はほとんど予定が動かないし、それ以外を気にしてスケジュール立てしない方が、自分的には前倒しで進めていけることが多いんですよ。頭に締め切り日だけを入れておけば、その中で時間節約術を使えるかなって。あまり、スケジュール立てしても計算通りにいく仕事でもないですからね。複数の案件が動くことが多いので、気にしているとストレスが掛かってしまうから、「最後に間に合わせる」くらいでいい。あとは、仕事の能率を保つために、働いたら30分でも1時間でも休むようにはしているんですよ。時間の使い方が自由すぎるっていうのもあります(笑)。その時には、好きなことを見聞きしたり、昼寝をしたり、思い切り仕事からは離れます。そうしていないと、能率が格段に下がってしまうので。

4.「カッコイイ」ものだけを目指せ!

ライトノベルのターゲットは10代から20代の若年層。小説やイラストの「旬」もあり、流行り廃りが激しいジャンルといえます。その中で、業界の前線に立ち続けてきたシイバ兄弟は「自分の感性が若い人とズレていってしまう」という恐怖を覚えたことはないのでしょうか。率直な疑問をぶつけてみると、二人はひたすらに手を動かしながら、シンプルな信念を胸に制作を続けているようでした。

ミツヲ:あまり考えてないんですよね。ぶっちゃけ、自分自身は「自分が上手い」と思っていなくて、下手くそな方だと。だから他の人のやったものって、「こういう考え方があるんだな」と、すごく面白いんですよね。よく嫉妬する人っているじゃないですか、それが全然なくて。反対に、「自分にこの発想がなかった」というのがちょっと悔しい。だから、自分で作るよりも人の作ったものを見るのが楽しくて楽しくて(笑)。それは、「デザイナー」を目指して、デザインの仕事をしていないからだと思うんです。人のつくったものも楽しいし、自分でつくっていても楽しい。でも、出来上がったものが「うーん...もうちょっと頑張れたら...」と満足できないというのはよくある。少し経つと、アラと言うか、ダメな部分が自分で見えてきたりするので...。今は時間がなくてやっていないのですが、昔は1回OKが出て納品したものを「個人的に」直す、というのもやっていました。どこに出すでもなく、個人的に直すだけなんです。あの当時はここまでしかできなかったけれど、今ならここまで作った!と自己満足するだけなんですけどね。

ケンヂ:私もあまり考えないようにしていますね。ただ、ある程度は「現在見ているもの」を信用して、デザインとして昇華してはいます。やっぱり「自分でカッコイイものを作ろう」というのが出発点ですから。「うまい」というのもあやふやだからねぇ。自分の中から出てしまう、自分の中で昇華したものは、どんどん古くなって見えていきますね。ただ、古くならないデザインをしたい、という思いは常にありますね。やり方のひとつとしては、クラシックなもの、割とスタンダートなものって意外と古くならないんですよ。本当に微妙な配置とか文字の選び方とかは、そのやり方に入っていきますね。たとえば、ミルキィ・イソベさんなんて、見ていて飽きない仕事をされますね。マニュアルなんかでも、よくできているものはすごいです、古くならないですし。それを「流行り」にまで昇華できるといいんでしょうけどね。そのせめぎあいの部分をどう落ち着けるかにかかっているんですよ。

ミツヲ:以前、伸童舎にいて、いまは小説家になられた千葉暁さんというなかなかスゴイ方がいたのですが、この人から心に響くひと言をもらったことがあります。いろいろレイアウトやデザインを提出して見せていた時に「全部ダメだ」と返され、最後に言われたのが「カッコよければいいんだよ!」。途中の過程なんかはいいから、カッコイイもの見せろと。それで、「そうか、とにかくカッコよければいいのか!」と(笑)。

5.「何にも見ていない」に陥らない

新しい世代の作品にも触れ、常に変化し続けているシイバ兄弟。「後輩に対してのアドバイス」をもらうと、情報があふれ、容易に得られる現代だからこそ、大切にしたい言葉をくれました。

ミツヲ:そうですね...教えるどころか、こちらが教えてもらいたいと思うことばかりなんですけれども...強いて言えば、今は「何でも見られるけど何にも見ていないな」と感じることはあります。すべてがネットのせいだとは言い切れないですが、たとえば、名画座(旧作をたくさん上映する映画館)がなくなっちゃってるじゃないですか。DVDとビデオで自由に見られちゃうのがもったいないというか...これは年寄りの戯言というか愚痴にしかならないのですが、見たくて見たくて仕方なくて探しまわってたっていう時期があって、そうしてまで作品を見ると、見るところが違ってくるのかなと思います。今まで上映されていなかったような映画とか、あとは芝居に関しては二度と見られないものっていっぱいあるので、そういうものは時間があるのであれば、本当に金を他人に借りてでも見に行った方がいいと思いますね。

ケンヂ:見られるものだけを見るのではなく、見たいと思うものをね。最近だと割と露出が多いから、その情報を見ていけば「見た気になっちゃう」というのがあるよ。「本当に、それ、見たの?」ってことが、自分にだって起きるから気をつけないと。

好きなことを仕事にするには「関わり続ける」こと

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日々、ここから日本と世界のファンたちに向けて、作品が作られていく。

アニメ、マンガ、映画、芝居、イラスト、デザイン...あらゆるものに夢中になった兄弟が、そのままずっと大きくなって、突き抜けていってしまったようでした。シイバ兄弟は職人のごとく制作を続けながらも、自分の美学と素直に向き合い続けています。「誰しも子どもの頃は天才である」とはよく言ったものですが、仕事とプライベートの垣根すら超えた「カッコイイ!」「楽しい!」という無垢な情熱こそが、平凡と非凡とを分ける要素にあるのかもしれないと感じました。

好きなことを仕事にしたいと思っている若い人がいたら、何と言ってあげますか。ケンヂさんは「続けることですね」と答えてくれました。

ケンヂ:続けていると、良い方に転がります。私の仕事のスタイルにも書いたのですが「継続は力」です。やっぱり続けてなんぼだったかなと思うんです。続けていれば何らかの形にはなると思うので、「関わり続ける」ことかなと。それが仕事になるかどうかはまた難しいですけれど、私たちもひょんなことから仕事になっているところもあるので(笑)。ただ、「関わろう」として動いていた部分はあると思うんです。伸童舎にアニキがいるし、遊びに行ってみようかなって居着いていたら、私は正社員になれましたから。

伸童舎

(長谷川賢人)