日本初開催となる世界最速のエアレース『レッドブル・エアレース千葉2015』が5月16日、17日に開催されます。最高時速370km。最大負荷10Gの苛酷なレースで操縦桿を操る世界屈指のパイロットは14名。そのなかで、アジア勢で初にして唯一の日本人パイロット、室屋義秀(むろやよしひで)さんが参戦します。
そこで、母国初開催で注目を集める室屋さんに、エアレース・パイロットとして、世界で戦うトップアスリートとして欠かせない自己管理術について聞いてみました。今回のテーマは「判断力」。極限の世界で求められる判断力をいかにして培い、実行しているのか。それは私たちの日常生活にも通じることでした。
世界最速のモータースポーツ『レッドブル・エアレース』とは

まず、判断力について話を聞く前に、室屋さんが戦っている舞台である『レッドブル・エアレース』を理解することからはじめてみましょう。
『レッドブル・エアレース2015』は、全8戦を世界11カ国14名のパイロットで年間チャンピオンを争う、国際航空連盟が公認する世界最速のモータースポーツの世界選手権です。
レースは、高さ約25mのパイロンが設置された全長約10km(5km×2周)のスラロームコースを決められた順序と、機体を回転させたり瞬時に90度に傾けるなど規定の飛行方法にそって次々と通過して最速タイムを競います。
パイロットとして参戦するためには、現役のアクロバット・パイロット(曲技飛行士)であり、世界選手権で上位の成績を収めるなど複数の条件が設定され、クリアした者だけに参加資格であるスーパーライセンスが与えられます。
また、最高時速370kmで操縦桿を操り、最大10G(自身の体重の10倍の重力)の負荷がかかるなど、パイロットには極限の環境下で針の穴を通すような正確な技術と強靱な体力、精神力が要求されるそうです。
操縦桿を握りながら空中で判断を下すことはできない
クルマの運転しかしたことのない筆者にとって、エアレースは想像すらできない未知の世界。どのような場面で判断が求められるのでしょうか?
室屋氏:クルマの運転と大きく違うのは、空中に浮かび上がったら地上に着陸するまで機体を止められないことです。つまり、飛んでいる最中はなにがしかの判断を常にしなければいけないわけです。たとえば、風の向きや強さなど天候の変化、急にエンジンが止まってしまう、自分がいる位置がわからないなど、飛行している最中にはいろいろなことが起こる可能性があります。そうしたときに、パニックになると生還できないことにもつながるので、レースの時は離陸する場面から機体を地上に着陸させて止めるまで、常に判断が求められます。
では、刻々と変化を続ける状況のなかで、どのように瞬時に判断を下しているのでしょうか?
室屋氏:一般的に、人が変化に対して行動を起こすまでの反応時間は0.2秒と言われています。私が戦っているエアレースの最高時速370kmは毎秒100mなので、0.1秒ごとに10m進むことになりますが、0.2秒だと20mも進んでいる。1つ判断するたびにこれだけ進んでしまっていては戦えないので、「飛んでいる最中に突然の判断ができるか」というと、基本的にはできないんですね。空の上ではシビアな状況ばかりですから、そのなかで判断が求められたときにどうするか。地上でイメージトレーニングを繰り返しています。

状況を想定して判断する引き出しをたくさん用意する

プロのアスリートにとって、イメージトレーニングはメンタルを含め、その重要性は多く語られていますが、判断力を養うためにどのような準備を行っているのでしょうか?
室屋氏:レースの開催地によってコースが異なるので、撮影したビデオを見ながら飛行コースやどのタイミングで何をするのか、頭の中で1秒間を10フレームに分けて正確に操縦できるようにイメージトレーニングを行います。また、空の上では常に状況が変化するので、「こうなったら、こうする」というように、さまざまな状況に即した引き出しをたくさんつくっておきます。
そして、判断が求められるいくつもの飛行パターンをコマ送りで頭の中でトレーニングした後は、徐々に1倍速のリアルな状況に戻してカラダに覚え込ませます。
エアレースは1回の飛行が約1分。100分の1秒を争う戦いになるので、一瞬の判断で命運が決まります。その意味では、集中力を高めた中でこうしたイメージトレーニングを行うことはとても重要になります。
室屋さんはパイロットとしてだけではなく、チームの運営者であり、練習拠点としている『ふくしまスカイパーク』の理事を務めるなど、ビジネスマンとしての顔もありますが、そうしたときにもイメージトレーニングで判断力を培う方法は役立っていますか?
室屋氏:判断が求められるのは、ビジネスでも日常生活でも同じです。予想できることはもとより、予想外の変化に直面した状況で正しい判断を下すためには、思考をフラットにして、起こりえるさまざまなことをシミュレーションして答えをたくさん持っておくことは大事だと思います。判断するときの答えは、常に自分の中にある

判断を下すときに最も重要なのは、「それが自分にとって正しい判断、答えなのか」ということです。これは経験の積み重ねのようにも感じますが、室屋さんにとって正しい答えを導くための判断基準のようなものはあるのでしょうか?
室屋氏:判断するときは、誰しも自分の中に答えがあると思っています。「自分は何がしたいのか」「自分の基軸になるものは何か」、よくよく自分の心の中を覗いてみることが重要です。それさえ決まっていれば、ブレずに持ち続けていれば、状況によって変化が起こったとしても、自分の目標や向かうべき方向に進んでいるわけですから、周囲に惑わされることなく判断する際の答えは見つかると思います。
逆に、何がしたいのかが明確でないと、どこへ向かうべきかがわからず、何が必要なのかも見えないので、間違ったものを見つけてしまうかもしれません。ですので、判断するときに迷わないためにも、自分自身としっかり相談して軸になるような確固たるものを持つべきですね。
「福島から世界へ」決戦の日が目の前に迫る!

室屋さんの大きな判断のひとつに「福島から世界を目指す」ことが挙げられます。『レッドブル・エアレース』の開催地は欧米がほとんどで、日本に拠点をおくことはレースを戦う上で不利とさえ言う人もいます。ではなぜ、室屋さんは日本の福島から戦いを挑む判断をしたのでしょうか?
室屋氏:僕は東日本大震災が起こる前の1998年に福島に移り住んで、地元の人に支えられて、『ふくしまスカイパーク』で練習をさせてもらって、なんとか世界で戦えるようになり、2009年から『レッドブル・エアレース』に参戦しています。その恩はどこかでお返しさせていただきたいという気持ちはあります。自分がやっていることと貢献できることの接点を見つけて、何ができるのかを常に模索していますが、今回は日本初開催ということもあり、世界でも注目されているので、福島を拠点に活動していることが国内外に発信され、いま福島が抱えている風評被害を含めた課題を克服する一助になればいいなと思っています。
今回、忙しい時間を割いてレースとは直接関係のないテーマについて、わかりやすく語ってくれた室屋さん。判断力の基にある「自分は何がしたいのか」を問う話は、人生や仕事におけるさまざまな場面に通じることであり、改めて自分自身の考えや存在を確かめてみるきっかけを与えてくれました。
目前に迫った『レッドブル・エアレース千葉2015』。室屋さんは、日本初開催に合わせて新しい機体を導入してレースに挑みます。表彰台を願うばかりですが、レース当日は、飛行中にさまざまな引き出しから繰り出される判断力を駆使して空を舞う勇姿を楽しみたいと思います。
さて、室屋さんが実践する自己管理術についての話は次回も続きます。テーマは「感情のコントロール術」です。お楽しみに。
(文/香川博人 写真/長谷川賢人)