前回の東日本編に続き、今回は西日本から5冊をご紹介します。今回の5冊も、もちろんどれもフリーペーパーなので無料のものです。前置きは短くして、それでは早速「西日本」発行のフリーペーパー5選をご紹介します。
1.『雲のうえ』(北九州)(県表記は福岡)

B5判/52ページ/フルカラー
発行:北九州市にぎわいづくり懇話会
配布場所:スターフライヤー、青山ブックセンターなどの書店、図書館やカフェ、雑貨店など
刊行ペース:不定期
刻々と変わり行く北九州市の「いま」を、毎号ひとつのテーマに沿って描き出す情報誌。この『雲のうえ』、どこかで見たことがある人も多いのではないでしょうか。創刊号が発行されたのは2006年10月25日。最新号は、昨日配布開始された2015年3月15日発行の22号。来年で発行されて10年の歴史になるフリーペーパーです。
今でこそさまざまな「地方発」のフリーペーパーがありますが、この『雲のうえ』こそ元祖地方発フリーペーパーと言い切ってしまっても過言ではありません。『雲のうえ』を目標に、『雲のうえ』のようなフリーペーパーを作りたい、そういった思いで発行された地方のフリーペーパーはこの10年で数えきれないほどあります。
特集によって変わる表紙は写真だったり、イラストだったりしますが、そのどの表紙もデザインに優れ、毎号必ず手に取ってみたくなる、なんとも言えない魅力的なたたずまいが特徴です。

若松(本町)、折尾(北鷹見町)の居酒屋、バー、クラブ、JAZZ喫茶などを掲載。
ページをめくると北九州の魅力や空気が、この1冊からあふれ出すように感じることができます。それは、北九州の観光地を紹介するというよりも、地元の人にしかわからないお店やコト、知識など。北九州の駅のホーム、北九州のことば、北九州で活動する合唱団、そして北九州の未登録文化財。そういった視点から伝えられる北九州の魅力の数々。
あまりにも素晴らしいフリーペーパーでファンが非常に多く、なんとこの『雲のうえ』ファンクラブ会報誌まであります。ファンクラブ会報誌の名前は『雲のうえのしたで』。
こちらも『雲のうえ』と同様にフリーペーパーで(つまりフリーペーパーのフリーペーパーです)、『雲のうえ』を応援する人々によって発行され、『雲のうえ』本誌の「その後を追う」といった特集やコラム、MAPなどの内容になっています。

「北九州の魅力」以上に『雲のうえ』を応援する気持ちがひしひしと伝わってきます。
この『雲のうえのしたで』は『雲のうえ』が1号でも長く続いてほしいというファンからの発行継続の願いを示すために発行されています。
そんなファンクラブまで発足させてしまう『雲のうえ』を制作する編集部は、小倉出身の画家・牧野伊三夫氏、アートディレクターの有山達也氏、編集者のつるやももこ氏の3名。この3名が中心となり、毎号、新たな執筆者と写真家を迎え、本づくりがなされています。
僕は、『雲のうえ』が大好きで発行が待ち遠しいという人に何人も会ってきました。僕もその中の1人です。バックナンバーを入手するのは非常に難しいですが、以前発行された号をまとめた『雲のうえ: 一号から五号』が西日本新聞社より発売されています。こちらは有料ですが、全国の書店やAmazonなどでも購入することができるので、気になる方はぜひ一度読んでみてください。
2.『飛騨』(飛騨)(県表記は岐阜)

A5判変型/28ページ/フルカラー
発行:飛騨産業株式会社
協力:飛騨を考える会
配布場所:書店、家具店、雑貨店など
刊行ペース:年3回
『飛騨』は1920年(大正9年)に創業された家具メーカー、飛騨産業株式会社が発行する、紙のぬくもりを感じることができる贅沢なつくりの小冊子です。飛騨産業株式会社は90年を超える歴史と、蓄積された「飛騨の匠」という確かな技術から飛騨の木工文化とモノづくりの技術を世界へ発信している企業です。
この『飛騨』、どこが贅沢なつくりかというと、毎号丁寧に封筒に入れられていて、さらに中を読む際にはペーパーナイフでカットしないと読めないというつくりになっています。カットされていないアンカット製本の状態、簡単に説明すると袋綴じの状態です。
この袋綴じを専用のペーパーナイフでカットし読んでいく、というなんとも粋なつくりです。ペーパーナイフの素材は圧縮したスギを使用。ペーパーナイフにも「飛騨の匠」の技術が発揮されています。
ペーパーナイフは希望者に通販で販売を行っています。

わくわくも体験することができる、この点も『飛騨』のおもしろさの1つです。
内容は飛騨の文化、暮らし、風土、手仕事の世界を伝えるもの。エッセイ、コラム、写真、イラストを織り交ぜて紹介される飛騨の「うまいもの」「伝統」「生活」は飛騨に足を運びたくなるような、そんな気持ちになります。
このフリーペーパーを歴史ある家具メーカーが発行していることがなによりも素晴らしいことだと僕は思います。封筒には毎号こう書かれています。「これからの飛騨について語る本」。歴史と伝統を重んじながらも、飛騨の未来を思うその発行意図が、何よりもこの1冊の魅力だと思います。
3.『judd.』(鹿児島)

A5判/30ページ前後/フルカラー
発行:株式会社ジャッド
配布場所:鹿児島を中心に、東京、大阪、神戸、福岡などの書店、雑貨店など
刊行ペース:年2回(春・秋)(現在は不定期)
『Judd.』は鹿児島のデザインオフィス「Judd.」が発行するフリーペーパー。タイトルにもある「かごしまの私たちの周辺」という言葉の響きがとても心地よい1冊です。
「すごくおもしろいフリーペーパーがある」。そんな噂を聞いたのは4年前だったか、5年前だったか、いつのことだったか...。その噂のフリーペーパーがこの『Judd.』です。東京だとなかなか入手するのが難しくて(配布場所や部数などから)、どこかでやっと手に入れた1冊は確か2011年に発行されたNo.4だった気がします。

「良いフリーペーパー」「おもしろいフリーペーパー」は、まずその「存在感」が全然違っていて、それはデザインや判型、装幀が関係してくるのはもちろんかもしれませんが、『Judd.』はその「存在感」が抜群に素晴らしかったのを覚えています。
内容は発行元がデザイン会社ということもあり、鹿児島の良さを伝えるだけでなく、デザインやクラフト、音楽フェスのレポートなども掲載。鹿児島で生まれ育った人が誇りに思うもの、他所から鹿児島に来た人がうらやましく思う、鹿児島の「よかもん」を紹介する「よか十(じゅう)」のコーナーは毎号個人的に楽しみなコーナーです。最新号のNo.10では「よか汁」と変題し、薩摩汁を紹介しています。
最新号のNo.12は2年ぶりの発行。あまりに次号が発行されないものだから、毎号巻頭にコラムを書いている岡本仁氏が『Judd.』がこのまま発行されず、なくなってしまうことをマズいと思い、編集/発行人の清水隆司氏にはっぱをかけるつもりで、「いつまでも『Judd.』をつくらないのならワークショップを開いて受講生たちと一緒につくっちゃうぞ」と言ってみたところ、「助かります!」と即答されて、ワークショップ受講者たちと制作したというエピソード付きの1冊です。
4.『Region(リージョン)』(鹿児島)

AB判/40ページ前後/フルカラー
発行:渕上印刷株式会社
配布場所:鹿児島銀行(本店・全支店)、ファミリーマート(鹿児島県内全店)、鹿児島県外では料理店、ミュージアム、バーなど。
刊行ペース:季刊
『Region(リージョン)』は新たな鹿児島の可能性を探るブランディング情報誌。鹿児島を元気にしてくれる取り組みを行っている人、あるいは商品や企業、技術などを紹介しています。
『Region(リージョン)』は鹿児島の今を紹介しているのはもちろん、鹿児島の歴史もしっかりと伝えている点に特に注目しています。創刊号から続いている「薩摩のイノベーター」という連載コラムは歴史家・作家の加来耕三氏が毎号薩摩の歴史で重要な人物を紹介。薩摩を創っていった偉人たちの生涯を知ることができます。
過去の歴史だけでなく、『Region(リージョン)』は未来のことも伝えます。日本に2つしかないロケット発射場は、その2つともが鹿児島県にあるのをご存知でしょうか? それは種子島宇宙センターと内之浦宇宙空間観測所。2014年に発行されたNo.35では「宇宙に一番近い場所」という特集で、その2つの発射場を大きく特集しています。

過去、未来を紹介しながらも、次号になると「或るレトロなビルのお話」という特集になったり「ラジオが好き」という特集になったり、鹿児島の魅力をさまざまな角度から、実にバラエティに富んだ内容で伝えるのが『Region(リージョン)』の魅力です。
『Region(リージョン)』は今年で創刊から10年。10年間、この充実の内容で誌面を作り続けたことに感服するばかりです。
5.『あおあお』(徳島)

A5判/20ページ/フルカラー
発行:徳島県・文化県立とくしま推進会議
配布場所:徳島県内各市町村の庁舎・図書館を中心に徳島県内の書店、雑貨店、ギャラリー、徳島県外では一部の書店・カフェ・雑貨店・各種施設
刊行ペース:隔月刊
『あおあお』は徳島の文化情報誌。あおい海や川、あおい山のような、徳島の暮らしの身近にあるものの大切さに気づいてもらえたら、という思いのもと制作を行っています。個人的に最近特に注目している1冊です。
最新号の7号 特集「食八景」が写真、文章ともに素晴らしく、毎号内容のクオリティがあがっていると感じる1冊です。最新号の特集「食八景」より、内容を少しご紹介します。「食八景」とは「鳴門うどん」「赤飯とごま砂糖」「そば米」「そばとめし」「山のお茶」「コーヒー」「お好み焼き」、そして「すだち」。
これらのことばが並んでいるだけで、おなかが空いてきそうです。

『あおあお』はすべてが徳島に暮らす人の目線で、「ささやかだけど大事なものなのかもしれない」ことにまつわる記事で構成されています。
「私たちが見つめ、触れ、感じた、小さな気づきのひとつひとつをこの冊子に込めて」という発行意図が実に明確で、小さな徳島の魅力が満載です。小さな魅力かもしれないけれど、それは確かな魅力で、それが何よりも重要なことを『あおあお』は教えてくれます。次号の発行も期待して待ちたいと思います。
前回は「東日本」をテーマに、そして今回は「西日本」を、それぞれ5冊ずつの、計10冊のフリーペーパーをご紹介したのですが、地方発行の、こういったフリーペーパーの魅力を改めて考えてみました。
「この土地の、このまちの、そしてここにいる人々の魅力伝えたい」おそらくこういった思いがあって、発行されているフリーペーパーがほとんどだと思います。
フリーペーパーという、紙の冊子として発行される意義は非常に大きいと思っていて、それはWebサイトやSNSで伝えることももちろん素晴らしいですが、それら以上に受け手にとって純粋に「届く」ということが魅力だと思います。
フリーペーパーは無料であるという意味以上に「自由」な媒体です。自由になれば、さまざまな制限がつきますが、「この土地の素晴らしさを1人でも多くの人に」という思いは、その意図がきちんと伝えられれば、きっと多くの人の手に渡り、いつまで多くの人の心に響き、かけがえのない1冊として残されていくのではないでしょうか。
1983年、福島県生まれ。フリーペーパー専門店「Only Free Paper」元代表。新聞のみの「Only News Paper」、Amazonにない本を紹介する「nomazon」、 漫画と音楽の企画「ミエルレコード」(OTOWAとの「紙巻きオルゴール漫画」で 第17回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 審査委員会推薦作品選出)など。企画とディレクション。本とさまざまなコトの周辺で日々動いています。
Photo by Shinya Rachi